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第一章 part4:感謝

 今日は休むことなく真面目に学校にきた。


もちろん授業はまったく聞いていない。


「う~ん。やっぱりあのいじめられたやつが泉なのかな~」


 友達やクラスの人たちに来なくなった女子生徒のことを聞いてみたが、何を聞いても泉のことのように思える。


「じゃあ泉の父さんは犯罪者なのか~。それもかわいそうだな~」


 授業はまったく聞かず、あれこれ考えたら時間はすぐに過ぎていった。




 放課後になると、誠はめずらしく図書室に向かった。


意外に広い桜楼学園の図書室は昔の新聞記事も保管しているのだ。


これで泉の父親について調べようと思ったのだ。まだ泉のお父さんだと確信はないが。


 泉は三年前からいじめられたから、三年以降の事件を調べればいい。まだいじめられていたという確信はないが。


 小さいことなら載ってないかもしれないが可能性はある。


誠はそのうちの一つを取り出し、椅子に座って読んでみた。


中は綺麗に日付順に並べてあり、一つのファイルに一週間分収められていた。


 誠は大きくため息を吐いて天井を見上げた。


一つで一週間分ならどれだけのファイルを調べなければならないのだろうか。先が思いやられる。


しぶしぶファイルを開くと、誠は一つ一つ見落としがないようにページを一枚一枚捲っていった。




 今日はなにも収穫がなく終わってしまった。


仕方なく、明日も図書室に通うことにした。


これから泉のもとに向かうことにした。


 泉は小屋の中で本を片手に料理をしていた。


今日は肉じゃがを作っていた。米とお味噌汁はすでに出来上がっており、茶碗についでいた。


泉は誠に気づくと、そっと口を開いた。


「……お、おかえり……なさい……」


 泉が初めて誠に挨拶をした。誠は嬉しくなり笑顔で返事をした。


「ただいま、泉」


 夕食は泉と一緒に食べた。


ちゃんと湊には連絡した。ちょっと残念そうな声だったが。


泉の作った肉じゃがはおいしかった。野菜も柔らかく、汁も辛すぎず甘すぎず丁度よかった。


ご飯も味噌汁もよくできていた。


 泉は少しずつ誠に話すようになっていた。


これなら、泉はすぐに元気に明るくなるだろう。


誠は安心して夕食を食べていった。


 誠はこれで帰ることにした。


湊がまた心配してしまうだろう。


泉に別れを告げ小屋を後にした。


家に着くと誠はすぐに眠りについた。




 今日も図書館で事件調べをした。


昨日と同じように、収穫は無し。


今日も諦めて泉のもとに向かった。


 泉は布団の上に正座をして待っていた。


「……おかえり、なさい……」


「ただいま」


 まるで夫婦のようだった。


誠は恥ずかしくなり頬を染めながらにやついてしまった。


 今回、夕飯は一緒に食べなかった。


たまには妹の手料理も食べなくてはかわいそうだ。


泉の夕飯が終わるまで誠は携帯をいじっていた。


その携帯を泉は物珍しそうな顔で見ていた。


連絡手段で泉の携帯を買ったほうがいいのかもしれない。明日は土曜日で学校は休みだ。


誠は泉とまた買い物に行くことにした。


 泉が今日の日記を書いているときに誠は家に戻った。


お腹が空いてきて夕飯が食べたくなってしまった。


誠はすぐに帰って夕飯を食べた。


わざわざ湊も誠が帰って来るのを待っていたそうだ。


久しぶりの家族での夕飯はいいものだった。


やはり家族は温かく、安心できる。


泉にもそれを分かって欲しかった。




 土曜日は約束どおり泉と街へ出かけた。


まずは携帯ショップで泉の携帯を買うことにした。


せっかくだから、最新機種でワンセグが使えるものを買った。


いろいろな手続きは誠の住所や電話番号、名義も誠の名前を書いた。


泉はすでに携帯に目を輝かせていた。


 店から出るとさっそく誠の携帯番号とメールアドレスを登録した。


それから簡単な操作とテレビの見方の説明をした。


あの小屋は電気が通っていないので、充電池をもう一つ買い、一つは誠の家で受電して次の日に交代で変えることにした。


泉は丁寧に礼を言った。


しかし、泉は笑うことはなかった。


嬉しいことはわかる。だが、心から言える満面の笑顔を見せることはなかった。


 次は必要なものをまたあのデパートで買い、テーブルや本棚も買った。


いつかお金が減っていることを湊が気づくのではないかと心配になってきた。


 小屋に着くと、新しいテーブルと本棚を置いて誠は布団の上に倒れた。


ここまで運ぶのはさすがに堪えた。肩や腕は筋肉痛でこっていた。


すると、泉はそっと誠の肩を揉んだ。それなりに感謝はしているようだ。


「ありがと、泉」


 泉は頬を赤らめながら首を縦に振った。


「なあ、泉。今日の買い物でいろいろ思ったんだけど、今から自分について困らないことは今決めよう」


 泉は誠が言っていることが理解できず、首をかしげていた。


「例えば、誕生日とかだな。自分のプロフィールを考えるんだ」


 泉はようやく誠が言っていることを理解し首を縦に振った。


「そうだな、泉の誕生日は……四月九日でいいんじゃないか? 俺と泉が出会った日だ」


 泉は素直にうなずいた。


「あとは……歳は十六。特技は料理。長所は優しいところだな。趣味は何かな?」


「……日記?」


「日記は趣味に入るのかな? まあ、いいか」


 それからも、泉のことを考えいろいろと決めていった。




 今日は泉と一緒に夕飯を作った。


誠の大好きなカレーだ。


泉は起用に野菜の皮を剥き、適当な大きさに切っていった。


誠は肉を炒めたり、米を炊いたりした。


完成したカレーはすごくおいしかった。


 時刻は夜の9時を回っていた。


泉は依然と携帯でテレビを見ていた。


誠は眠くなり、そろそろ帰ることにした。


「じゃあな、泉。そろそろ俺は帰るよ」


 小屋を出ようとドアに手をかけた。


「……ま、待ってっ」


 突然泉が声を上げ、誠は泉のほうを振り向いた。泉はじっと誠を見ていた。


「今日は……ここに……いて……」


 泉の顔は真っ赤になっていた。


しかし、泉はいつものように俯くことなく顔を上げて誠をじっと見つめていた。


泉が自分の要望を口に出すことは今までなかった。


誠は泉の誠意が伝わり、微笑むと快く承諾した。


「わかったよ。今日はここにいる」


 泉はコクッと首を縦に振った。


「……あ、ありがとう……」


 誠はさっそく湊に連絡し、友達の家に泊まると伝えた。


やることがないので泉の日記をすることにした。


泉は黙々と書いていた。


一度見せて欲しいと言ったが泉は首を振り、頑として見せようとはしなかった。


 時刻が11時を回った。眠くなったので今日はもう寝ることにした。


泉はいつものように布団で、誠は以前泉が使っていた毛布に身をまとった。


 そういえば女の子と一緒に寝るなんていつ以来だろうか。


何回かは幼いときに湊と寝たことがある。


しかし、もう当分そんなことはなかった。


そう思うと少し緊張してきた。


泉も同じなのだろうか、さっきから誠に背を向けたままだった。


なにも話さない静寂な時が刻一刻と過ぎていく。


しかし、なかなか寝付けない。


興奮しているのだろうか、目が覚めたようにサッパリしている。


子供が明日は遠足だからわくわくしているという感じだ。別に明日はなにもないのだが。


せっかくなので、なにか話そうと思い話題を考えてみた。


「えっと……なぁ泉、まだ起きてる?」


「……うん……」


 泉も眠れないようだ。なにか話さなければ。


「この小屋も最初と比べたらずいぶん良くなったよな。十分暮らせるぞ」


「うん……」


 会話が途切れてしまった。次の話題を考えなければ。


「心配したときや寂しくなったら、いつでも気軽に俺の携帯に連絡していいからな。すぐに飛んで来るから」


「うん……」


 また途切れた。次は何を話したらいいんだ。考えれば考えようとするほど思いつかない。


すると、次は泉のほうから話し掛けてきた。


「……誠……くん」


 誠は驚いた。


泉が始めて名前を呼んだのだ。


今まで一度もなかったのに。


誠は嬉しくなり、元気よく返事をした。


「なんだよ泉、なんでも話してごらん」


 誠は肩肘を立て、その上に頭を乗せ待った。


泉は少し小さな声で話した。


「……ありがとう……」


「え?」


「ありがとう。これまでよくしてくれて。いろいろなものを買ってくれて、食事もお風呂もお金を払ってくれて。……本当にありがとう……」


 泉は泣いているようだ。肩が小刻みに震え、何度も鼻をすすっていた。


「私……自分のこともよく知らないのに……。でも、優しくしてくれて、すごく温かくて。家族がいるって、こういうことなのかなって思えて……。誠くんがいるだけで、安心できて……。……でも、迷惑だよね。お金もなくなってしまうのに、一人のためにこんなに使ってしまって。正直……いないほうがいいよね……」


「そんなことない!」


 誠は突然叫んだ。


泉の体が一瞬びくついたのがわかった。


しかし、おかまいなしに続けた。


「俺、迷惑だなんて思ったことないぞ。泉と一緒にいるとすごく楽しいし、おもしろいし。助け合うのは当たり前だろ。お金のことは気にしなくていいんだ。泉は俺のそばにいるだけでいいんだよ」


「……うん。……うん」


 その夜、泉のすすりなく声は一晩中続いていた。

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