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第五章 part9:好意

 誠のリハビリが始まり、その間、湊は毎日手伝いに来た。


誠の体を支え、ゆっくりと歩いていく。


「頑張って、兄さん」


「ああ」


 前と比べたら随分歩けるようになった。最初は転倒ばかりだったが、今では数メートルは自力で歩ける。


誠は治っていることを自覚し、嬉しさがこみ上げてくる。


少しずつでも、歩けるようになることは湊との約束も近づくことになるのだ。


「一緒にいこうな、湊」




 リハビリをしない間は病室でゆっくりと過ごす。たまに学校からの面倒なプリントもする。


誠はベッドで横になっていた。隣には、椅子に座って誠を看病する湊がいる。


湊は本当によくやってくれた。家から退屈しないものを持ってきたり、果物を切って食べさせてくれたり。


そんなことを毎日のようにするのは大変だろう。大好きな部活も休んでいるようだ。


「湊、吹奏楽部のほうはいいのか? 大会とか近いんじゃないの?」


「大丈夫だよ。今のところ大会はないし」


「そうか。それならいいんだけど」


「うん。だから、兄さんは怪我を早く治すことだけを考えて。私も協力するから」


「ああ、ありがと」


 湊はニコッと笑顔を見せた。


誠はこのとき、信じられないことを聞かされるとは思いもしなかった。




 学校にいるとき、湊は大いに頭を悩まされていた。


誠に大会はないと言ったが、近いうちに大事な大会がある。


湊は先輩たちに部活に来るように言われているが無視して休んでいた。


しょうじき、今は大会よりも誠の体のほうが優先である。でも、今自分が抜けると、フルートは一人かけてしまう。


人数はぎりぎりなのだ。それに、自分は中学のときに最優秀賞を獲得しているので、みんなから期待されている。


でも、誠のことを気にかけながら楽器は吹けない。


やはり大会は諦めるしかない。


湊は決心した。


「今度の大会は諦めよう……」


 湊は放課後、顧問のもとに向かうと、そのことを告げた。


そしてそれを、瞳にも話した。


「そ、それ本当なの?」


 教室で一緒にお弁当を食べているときに、瞳は驚嘆な声を上げた。


「うん。仕方ないよ。だから、このことは兄さんには内緒にしてね」


「でも、湊頑張ってきたじゃない。この大会のために今まで頑張ってきたんでしょ?」


「うん。1番大きな大会だからね。でもね、もういいの。今は、ずっと兄さんのもとにいたい。兄さん今すっごく頑張ってるんだよ。けっこう歩けるようになってるんだから。先生も驚いてたよ。それでね」


「湊!」


 瞳は立ち上がって大きな声を出した。その場にいる生徒たちが何事かと思い見ている。


「湊はそれでいいの? いくら兄妹だからって、普通そこまでしないよ。お兄さんだって、絶対喜ばないよ」


 湊は箸を置くとうつむいた。


「……私だって、大会には出たいよ。中学みたいに、また賞を取りたい。でも、兄さんがああなったのは私のせいなんだよ? なのに、ほったらかして自分だけ好きなことなんてできないよ……」


「湊……」


「だから、いいの。私は、兄さんがよければそれで……」


 湊は立ち上がると教室から出て行った。瞳はその後ろ姿をじっと見ていた。


「湊……。私、そんなことしても、お兄さんは怒るだけだと思うよ」


 瞳は知っていた。湊がどれだけ努力してきたか。毎日口が痛くなっても拭き続ける湊は、誰よりも頑張ってきた。ずっと瞳はそばで見ていたから。


その努力を、無駄にさせたくない。


「ごめんね、湊」




 誠は何もせず、ゆったりと寝ていた。


すると、ドアが開かれる音がした。


「おっ、湊か」


 しかし、そこにいたのは湊ではなく、瞳だった。


「あれ? 湊は一緒じゃないのか。珍しいな、お前が一人で来るなんて。何もあげれないぞ」


 瞳はいつもの元気はなく、落ち込んでいるのか、肩が下がっていた。そんな状態でそっと口を開いた。


「ねえ、お兄さんは知ってるんですか?」


「え? 何が?」


「湊が大会を欠場したことです」


「は? 何言ってんだよ。大会は今のところないって湊言ってたぞ」


「そんなのウソに決まってるます。湊優しいもん。お兄さんのこと気遣って大会は欠場するみたいなんです」


「そ、そんなこと知らないぞ」


「だったら欠場しないように言ってくださいよ。湊、この大会のために頑張ってきたんです。今度は一番大きな大会で、また最優秀賞取るんだって毎日遅くまで練習してたんですから」


「そ、そうだったのか……」


「……私が言いたいのはそれだけです。それじゃ、お大事に」


 瞳は部屋から出ようとした。そしてドアを閉める直前で誠に向き直った。


「お兄さん。悪いけど、私、約束守れそうにないです……。ごめんなさい……」


「え?」


 瞳は最後にそう言い残し、ドアを閉めてしまった。


「どういうことだ? それよりも、湊のやつ……」




「具合はどう? 兄さん」


 今日も湊はいつものように来た。可愛らしい笑みを浮かべ、元気に振舞っている。


その心の奥では何を考えているのだろうか。


「湊。ちょっと話があるんだけど」


「ん? なに、兄さん」


 湊はカバンを置くと椅子に座った。


「お前、……大会欠場するのか?」


「え?」


 湊は予想外の言葉に動揺を隠せなかった。


「……そ、それ、誰から聞いたの?」


「……瞳」


 湊はぎゅっと拳を握った。心の奥では怒りで煮えたぎっていた。


 瞳……、どうしてそんな余計なことを……。


「湊。もうここには来なくていい。大会があるなら、今からでも練習して出るんだ」


 湊はぎゅっと唇を噛んだ。


予想した通りだった。言えばそんなことをいうだろうと思っていた。誠は優しいから。


「大丈夫だよ、兄さん。気にしないで。私は兄さんの看病がしたいの。大会だって、まだ来年あるんだし」


「そういうことじゃないだろ!」


 誠のいきなりの怒声に、湊は口を閉ざした。


「に、兄さん……」


「お前が休むことによってみんなが迷惑してるんだ。部活はみんなでするもんだ。自分勝手な行動がどれほど困らせるのか分かっているのか」


 誠の言葉で湊は肩を落としてうつむいた。


「……ごめん。兄さん」


 誠は小さく笑みを浮かべると、湊の頭を優しく撫でた。


「頑張れ、湊。お前なら、きっといい演奏ができるから」


 湊は顔を上げると、嬉しそうにうなずいた。


「うん」




 次の日から、湊は毎日吹奏楽部の練習に顔を出し、フルートの向上に励んだ。昼休みまでも使い、遅れた分を取り戻そうと必死だった。


あれから瞳とは一言も話してはいない。瞳は湊を避けていた。


湊はそれで構わなかった。心の奥では、瞳に多少の怒りを覚えているから。


瞳が言わなければ、今ごろは誠のそばにいたはず。大好きな兄のもとに。


 湊は昼休み、屋上で練習をしていた。ちょっと肌寒いが、一番の練習場所だ。


綺麗な音を奏で、風に乗って校庭に響き渡る。その音を、近くにいるものは耳を傾き聞いていた。


その中に瞳もいた。瞳は屋上の入り口で見つからないように隠れ、その様子を見ていた。


「ごめん、湊……」




 大会当日。


湊たち、桜楼学園吹奏楽部の生徒は、ステージに立ち準備を始めた。


湊は椅子と楽譜の準備を終えると、フルートを取り出してチューニングを始めた。


 少し緊張していた。この大会を目指していたことは事実。しょうじき、また賞を取りたい。


しかし、それには練習量が少なすぎた。もっと頑張れば良かったかもしれない。


そうすれば、今こんなに緊張もせず、リラックスして望めただろう。


 湊はふっと息を吐いた。今回は諦めよう……。


そのときだ。


「湊! 頑張れ!」


 湊ははっと顔を上げて観客席のほうを見た。


「兄さん……」


 一番後ろには、松葉杖を持って立っている誠の姿があった。


「頑張れ、湊! お前なら絶対できるぞ!」


 その様子を見て、周りの人たちはクスクスと笑い始めた。すぐに警備員がきて、誠は注意された。


 湊はぎゅっとフルートを掴むと小さく笑みを浮かべた。


「来てくれたんだ……。ありがと、兄さん」


「これより、桜楼学園吹奏楽部の演奏を始めます」


 湊は一つ深呼吸をしてフルートを構えた。


もう、緊張はしていなかった。




「最優秀賞は、桜楼学園吹奏楽部、清水湊さん」


「はい」


 そのとき満場の拍手が湊に送られた。湊はステージの中央に立つと賞状とタテを貰った。


 湊は観客席に振り向くと、大きく手を振った。


「兄さ~ん!」


 誠も大きく手を振り返した。


「よくやったぞ! 湊!」


 大会も終わり、誠と湊は一緒に病院にむかって帰っていた。


「わざわざ来てくれてありがとね、兄さん。外出許可は下りたの?」


「いや、抜け出した」


「え! そ、そんなことしていいの?」


「いいんだよ。湊の大事な大会に、のん気に寝てられるか」


「ふふ、ありがと」


「あっ、そうだ。写真撮らせてくれよ。せっかく賞を取ったんだからな」


「うん」


 誠は携帯を取り出し、湊は少し離れて賞状とタテを持ってピースした。


「いくぞ」


 誠は満面の笑みを浮かべ、嬉しそうにしている湊を撮った。


そのとき、誠はドキッとした。


心臓? いや、心がきゅっと締め付けられ、鼓動が激しく高鳴っている。


「綺麗に撮れた? ……兄さん、どうしたの?」


「あ、いや、なんでもない」


「そう」


 湊は軽く笑い、誠の手を取って歩き始めた。


 そこで誠ははっきりとわかった。


 やっぱり俺は、湊が好きだ……。

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