第五章 part7:新年
誠は病室のベッドに横になり入院生活を過ごしていた。
湊は毎日お見舞いに来てくれて退屈しない。
瞳もたまに湊と一緒に来る。ギプスに落書きしたりとやりたい放題だったが。
湊とは仲直りし、元の関係に戻ることができた。
やはり家族はいい。孤独を味合わなくてすむ。なにより温かい。心を癒し、寂しさを感じさせない。
誠は湊が隣で椅子に座りながらフルーツをナイフで皮を剥いているときに言った。
「そういえば、明日は大晦日だな。まさか今年の最後を病院で過ごすとわな」
「大丈夫だよ。私も大晦日はここにいるから」
「え? いいのか?」
「うん。騒がなければいてもいいって先生が言ってた」
「そうか。ありがとう、湊」
「当たり前じゃない。私たちは家族なんだから」
湊は満面の笑みを浮かべる。誠もそっと笑みを返した。
「ああ。そうだな」
大晦日。二人はテレビで紅白を見ていた。
そして、午後11時55分。今年もあとわずかとなった。
「今年もあと少しで終わりだな」
「うん。いろいろあったね」
「ああ。本当に……」
誠はそっと今年の出来事を振り返っていた。
湊はそっと口を開いた。
「初詣はどうする?」
「行けたら行きたいな。でも、この状態じゃあな」
誠はあらためて自分の状態を見た。左腕と両足の膝下を骨折している。
「じゃあ、私もここにいる。……ずっとね」
そして、時計の針は0のところで合わさった。新年の始まりである。
「明けましておめでとう、兄さん」
「おめでとう、湊」
誠は大きく背伸びをすると欠伸をした。
「さて、もう寝るか。なんか眠いし」
「ねえ、兄さん」
「ん?」
誠は眠たい目をこすりながら湊を見た。湊は少し頬を赤く染めながらもじもじしていた。
「その……一緒に寝ちゃ、ダメかな?」
「え? でも、このベッド小さいぜ」
「くっつけば入るよ。お願い」
湊は照れながらも手を合わせてお願いした。誠はふと笑みを浮かべてうなずいた。
「ああ、いいよ。こっちこい」
湊は嬉しそうにうなずき、電気とテレビを消すと、笑顔で誠のベッドの中に入った。
「こうすると暖かいね」
「ああ。でも、何年ぶりかな。一緒に寝るのは」
「う~ん。私が小学5年生のころからは寝なくなったかな」
「けっこう一緒に寝てなかったんだな」
「うん。でも、今はずっと一緒に寝てもいいかな」
湊は誠の体に顔をうずめた。
「ふふ。兄さんの匂いがする。本当に落ち着くよ」
湊は目を閉じ、気持ち良さそうに笑みを浮かべて寝ていた。
誠はそっと湊の髪を撫でた。本当によかった。家族がいてくれて、湊がいてくれて。
少しして、湊が小さく呟いた。
「兄さん」
「うん?」
「……好きだよ」
「え? そ、それってどういうこと?」
「ふふ。家族だからに決まってるでしょ」
「そ、そうだよな。……ははは」
「恋人としての好きが良かった?」
「え? えと、ああ、その、……早く寝よう」
「もう。ちゃんと答えてよ」
「ノーコメント」
「じゃあ、兄さんは私のこと嫌いなの?」
「そ、そんなわけないだろ!」
「じゃあ、言ってよ。私が言ったみたいに」
「……す、好きだよ」
「それはどっちの意味で?」
「か、家族に決まってるだろ!」
「ふ~ん」
「な、なんだよ」
「いや、兄さんかわいいなって」
「……お前のほうがかわいいよ……」
「え? 今なんて言った?」
「何も言ってない」
「なんか言ったでしょ。ねえ、もう一回言ってよ」
「もういいだろ。ほら、明日起きられなくなるぞ。早く寝よう」
「もう~」
湊は一人小さく笑みを浮かべて呟いた。
「……ありがと、兄さん」
「明けましておめでとう!」
元気良く大きな声で瞳が病室に入ってきた。
「瞳、ここは病院だよ。静かにしなきゃ」
「ごめんごめん。湊に会えると思ったら嬉しくて」
「ありがとう。大晦日は何してたの?」
「もちろん、紅白見たり、年越しそば食べたりしたよ」
「楽しそうだね」
「それで、湊。大晦日はここに泊まったんでしょ。何もなかった?」
「な、何もないよ」
「ふ~ん」
瞳は疑いの目じっと湊を見た。湊は苦笑いを浮かべた。
「瞳、俺には一言もないのかよ」
「あれ? いたんですか?」
「俺がいなくてここにくる意味があるのか」
「そうですね。おめでとうございます、お兄さん」
「おめでとう。今日は何しに来たんだ?」
「決まってるじゃない。湊と初詣に行くんですよ」
「え、えと、瞳。初詣はちょっと……」
「え? どうして? 一緒に行こうよ」
「でも、兄さんが……」
湊はちらっと誠を見た。
誠は湊の表情を見て、自分を気づかっているんだと悟ると笑みを浮かべた。
「いいよ、湊。行ってこいよ。俺は大人しくここにいるから」
「え? でも、……いいの?」
「いいから行ってこい。あっ、あと、ほら」
誠は小さな袋を取り出すと湊に渡した。それはお年玉だ。
「楽しんでこいよ」
「兄さん、ありがとう」
「あと、これは瞳のな」
「え? 私にも?」
「ああ。その代わり、ずっと湊の親友でいろよ」
「うん。約束します」
「じゃあ、行ってくるね。ありがとう、兄さん」
「行ってきま~す」
二人は手を振って病室を後にした。
誠は二人が出て行くとベッドに横になった。
「ああ~、俺も初詣行きて~。この足じゃ行けないし。早く治らね~かな~」
誠は吊り下げられてある足をぶらぶらした。
湊と瞳は楽しそうに近くの神社に足を進めていた。
「ふふふ。まさかお兄さんから貰えるとは思わなかったな」
「あれ? バカ兄じゃないの?」
「湊なんてこと言うの! あんな優しいお兄さんにむかってバカなんて」
「瞳が言ってたんじゃない……」
「それより、おいしいものたくさん食べよ。さ、行こう!」
二人は桜楼町にある桜神社に着いた。神社はいつも以上に人が多く、屋台もたくさん出ていた。
「けっこう多いわね。さっそくお参りしましょう」
瞳に引っ張られながら二人は本堂の前に立つと5円玉を放り投げ手を叩いた。
湊は願いごとを唱えた。
兄さんの怪我が早く治りますように。お願い事と言えばこれしかなかった。
湊はチラッと瞳を見た。
「お金がたくさん貰えますように。おいしいものをたくさん食べられますように。素敵な彼氏ができますように。それから、それから……」
瞳は口に出しながらいくつものお願い事をしていた。
「瞳欲張り……」
そのあとは、恒例のおみくじを引いた。
「やった~。大吉だよ!」
瞳は見事に大吉を引いた。
「ええ~と、学業は毎日積もれば上がる。病は何事もない。恋愛はあと一歩。願い事は努力すれば叶うだって。なんか頑張れば大丈夫って感じね。湊は?」
「うん」
湊はそっとおみくじを開いた。
「あ、私も大吉だ。学業は今までどおり。病は何もない。恋愛は自分のことを一番に考えてくれる人が見つかる。願い事はきっと叶うだって」
「いいことばかりね、湊は。私の恋愛はあと一歩ってなによ!」
「はは。あっ、ついでに兄さんのも引いてみようか」
「そうね。せっかくだし。湊引いてみてよ」
「うん」
湊は念入りに奥の紙を引いた。
「これは帰ってから明けよう。兄さんに渡してから」
「そうね。それじゃあ、次は屋台に行きましょう!」
二人は屋台でいろいろ買うと、再び病院に帰っていった。
「兄さん、ただいま」
「お兄さん、生きてますか?」
「生きてるよ。おかえり。初詣はどうだった?」
「うん。楽しかったよ。私も瞳もおみくじは大吉だったよ」
「へぇ、よかったじゃん」
「これは兄さんの分ね」
湊はポケットからおみくじを取り出すと誠に渡した。
「俺に? でも、自分で引かないと意味ないだろ」
「いいじゃない。ほらほら、開けてみて」
瞳にあおられ、誠はおみくじを開いた。
「あっ」
「どうだった?」
「俺は末吉だ」
「末吉ってどのくらいなの?」
瞳が言うと、湊は考えながら言った。
「えっと、上から、大吉、中吉、小吉、吉、末吉、凶、大凶だったかな」
「下から三番目なんだ。あんまり良くないですね」
「なになに、学業は散々な目にあう。病は遅いが治る。恋愛は努力すればなる。お願い事は叶うものは叶う。なんか微妙だな」
「でも、怪我は治りそうだね。よかったね、兄さん」
「まあな」
そのあとは、二人が買ってきた屋台のものを食べ、元旦は終わった。