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第五章 part6:意味

 誠はベッドの上で震える体を両腕で抑え、込み上げてくる孤独感に耐えていた。


どんなに強く抑えてもいうことをきかない体がうずき、心臓の鼓動が早まっていく。


静寂な空気に包まれた病室内にその音だけが耳に届いていた。


もう、湊とは一緒にいられないのだろうか。そう思うと、走馬灯のように楽しかった日々が甦ってきた。


 自分がスカイを使って二人の生活が始まった。


最初は戸惑った。家族ができたのは嬉しかったが、何をしたらいいのかわからない。


目の前には可愛らしい女の子。きょとんとしており、じっと自分を見つめる。


 誠はまず名前をつけた。


湊。


意味は別にない。ぱっと思い浮かんだのがこれだった。


それから一緒にご飯を食べた。お風呂にも入った。そのあとは一緒に寝て。


それから誠もできるだけ考えられることを湊としてきた。


 しかし、湊はなかなか感情を表に出さず、何を考えているのかわからなかった。


嬉しいのか、怒っているのか。それとも戸惑っているのだろうか。


だから、できるだけ誠は優しく、そして温かく接した。


 それから少しずつ湊は口数が多くなった。いつしか家事や掃除をするようになった。


そして満面の笑顔でこう呼んだ。


「兄さん」


 自分のことを呼んでくれたときが一番嬉しかった。


そのときやっと近づけた気がした。家族になったと実感した。誠は涙が溢れるほど感激した。


 それから学校にも通わせ、いろいろなお祭りなどの行事も一緒に参加した。


自分が親になった感じがした。それから孤独の怖さがなくなった。


もう自分は一人ではない。自分には家族がいる。自分には湊がいる。もう失いたくない。もう味わいたくない。


一生守ってやると心に誓った。


 でも、今自分のそばには誰もいない。また一人になってしまった。


いつも一緒にいた湊は……もういない。


 誠はふっと息を吐き、天井を見上げた。そのとき目から一筋の涙が流れた。


「あ~あ、また俺は一人か……」


 いろいろあった。湊が現れて9年間いろいろあった。


でも、最後は一人。寂しい。それしか思えなかった。


「俺、もう孤独には耐えられそうにないな……」


 誠は何かを決心すると、書置きをして車椅子に乗り病室から出て行った。




「ほら、湊。行くよ」


「う、うん……」


 湊と瞳は病院の前にいた。


瞳はフルーツの盛った籠を持っている。湊は綺麗な花を持っていた。


湊は入り口の前で複雑な気持ちになりうつむいていた。


瞳と一緒に見舞いに来たのはいいが、どんな顔して会えばいいのかわからない。


自分の兄に何て言えばいいのだろうか。あんなことがあり、どう接すれば……。


そんな湊を見て瞳が声をかけた。


「湊。そんなしょぼくれた顔しない。あのバカがまた心配するよ」


「う、うん……」


 それでも湊は緊張しているのか、なかなか顔を上げようとしない。


 二人は誠の病室に向かい、中に入った。


「お兄さん、見舞いに来てあげたよ。ほら、湊」


 瞳は病室のドアを元気良く開け、未だ廊下で立っている湊を前に出した。


「に、兄さん……」


 湊は少しドキドキしながらそっと中に入った。しかし、そこに誠の姿はなかった。


「あれ? どこいったのかな。トイレかな? ん? これなにかな」


 瞳はベッドの上に置かれた紙を拾い、湊に渡した。


湊は受け取ると中を開いて読み始めた。


『湊へ いろいろ黙っててごめん。でも、俺はどうしても家族が欲しかった。どんな形であろうと欲しかった。一緒に笑って、泣いて、ケンカもして、それでも最後は一緒にいる。そんな家族が欲しかった。でも、お前は俺のそばから消えてしまった。俺はまた一人になった。もうこの孤独に耐えられない。お前が俺と一緒にいたくないのなら、それは仕方ない。もう会えないかもしれない。でも、これだけは言っておく。お前はどんな形であろうと、スカイが使えなくても、俺の妹、家族であり、一人の人間だ。今までありがとう。……さようなら』


「兄さん……」


 湊の手は震えていた。


もう会えない? もう一緒にいられない? 


嫌だ。会いたい。また一緒にあの家で暮らしたい。


湊は手紙を強く握ると病室を飛び出した。


「み、湊!」


 湊は病室から出ると誠を探し始めた。


「兄さん、どこ……。どこ……」


 誠は足を怪我している。おそらく移動手段は車椅子。そう遠くには言ってないはず。


「兄さん……会えないなんて嫌だよ」




 誠は車椅子をこぎ、ある場所に向かっていた。


それは病院の屋上。一番空を近くで見上げられる場所。その場所へ車椅子を進めていく。


 こっそり病室を抜け出し、エレベーターに乗ってばれずに済んだ。


しかし、エレベーターは屋上の直前で止まり、行くには階段を使うしかない。そのあとどうやって車椅子に乗れば。


いや、そんなことはどうでもいい。再び病室に戻ることはもうない。


少しずつ自分の親のもとに向かっていると思えば苦にならなかった。


「親父、お袋、もうすぐそっちに行くよ……」


 そのころ湊は廊下を走っていた。息が切れようと、体が悲鳴を上げて疲れていようと、湊は我慢して走り続けた。


誠が行きそうなところを考えるがまったく思いつかない。ただがむしゃらに走っていく。看護婦に注意されようと無視し、辺りを見渡していく。


「兄さん……。どこなの……」


 誠は階段を一段一段腰を降ろし片腕を使って登って行く。


今まで何気なく登っていた階段が天高くまで伸びているように感じた。痛く動かせない足を補い、屋上目指して行く。


そして、とうとう屋上へと辿り着いた。青空が広がり、輝く太陽が照らしていた。何もないコンクリートが目の前に現れ、先の景色は街中が見渡せた。


「こんな景色を見るのも今日で最後か……」


 誠はふっと笑みを浮かべると、膝をつきギプスで固定している部分をつけないようにし、片手を前に出し支えにしてゆっくりと前に進んでいった。


 湊は壁に手をついて切れた息を整え考えた。


どこにもいない。いったいどこにいるのだろうか。こんなに逢いたいと思ったのは初めてだ。それほど誠の存在は自分にとって大きかった。


「兄さん、どこにいったの……」


 湊の目から光り輝く涙を落ちた。そのときぱっと思い浮かんだ。


「屋上……」


 湊はいそいで屋上へと走り出した。


 ようやく奥までに着くと誠は止まった。目の前は盛大な景色でいっぱいで、手の前は何十メートルの高さに自分はいるとわからせる。


落ちれば一回で命を落とすような白い絶壁。寒い風がなびき、誠の体を揺らしていた。


「俺の人生もここまでか……」


 誠はそっと目を閉じた。思い浮かぶのは湊ばかり。


世話もかけたし、迷惑もかけた。でも、一緒に過ごせてよかった。


楽しかった。嬉しかった。本当に、幸せだった。もう悔いはない。これでよかったんだ……。


 誠は溢れ出てくる涙を拭い、空を見上げて呟いた。


「さようなら、湊。……ありがとう」


 誠はそっと体を前に傾けた。上半身が屋上から出て行く。少しずつ下へと落ちていく。


これで……家族に会える。


そのときだ。


「兄さん!」


 後ろから湊が誠に抱きついた。


「湊?」


 湊は体重を後ろに傾けた。誠はぎりぎり落ちず、湊によって屋上のコンクリートの上に寝そべった。


顔を上げると湊を見た。


「……湊?」


 湊は再び誠に抱きついた。


「バカ! どうしてそんなことするの? 自殺なんて、……バカがすることだよ!」


 湊は涙をこぼしながらぎゅっと抱きついた。


「湊、お前、どうしてここに……」


 誠はいるはずない湊を見て混乱していた。自分を嫌っているはずなのになぜ……。


湊は肩を震わせながら口を開いた。


「……嫌だよ。私、嫌だよ……。私を、一人にしないでよ。私の家族は兄さん一人なんだよ。私の家族は……兄さんだけなんだよ……」


「湊……」


 湊は腕の力を抜くと、そのまま誠の胸の中にうずくまった。


「私……寂しいよ。一人なんて、寂しすぎるよ……。兄さん、孤独が嫌だから私を願ったんでしょ? ……だったら、……私を一人にしないでよ……」


 湊は声を上げて泣き出した。誠は呆然とした表情で湊を見、そしてそっと呟いた。


「……俺、……いてもいいのかな。……これからも、……湊と一緒にいても……いいのかな……?」


 誠の目から何粒もの滴が出てくる。誠は唇を噛み締め、片手で顔を抑えた。


「俺……、こんなダメな兄だけど……。迷惑ばっかかけて……、だらしなくて……、わがままで……。それでも……、俺、湊の家族でいいのかな……?」


 湊はぎゅっと誠の服を掴むと首を縦に振った。


「うん……うん……」


「そっか……」


 誠はそっと目を閉じ、湊を抱きしめた。


今自分が包んでいるのは大事な家族。ただ一人の、かけがえのない存在。


 帰ってきた。戻ってきてくれた。そう思うと、すごくほっとする。湊がどれほど自分の心の支えか。


もう、離したくない……。二度と、そばから離すことはしない……。


「湊、……ごめん」


 湊はそっと顔を上げた。


「ううん。私のほうこそ、ごめんね。本当に、……ごめんね」


「いや、俺が悪かったんだ。俺、自分のことばかり考えてたから……」


「いいんだよ。助け合うのが家族でしょ? だったら、私は兄さんのためなら何でもするよ。だから、……私、戻ってきてもいいかな?」


「……ああ」


 誠は再び湊を抱きしめた。


きつく、強く、ぎゅっと締め付けた。この温もりを、この感触を、忘れないために……。


「ありがと、……湊」

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