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第五章 part5:真実

 誠は決心した。


すべて話そう。いや、話すしかない。


一番恐れていたことがとうとう訪れた。いつかは来ると思っていた。


逃れない事実から。怖くて何度も避けてきた。だが、とうとう捕まってしまった。


湊が望んでいるなら仕方ない。これは知らなければならないことだ。


誠は重い口をそっと開いた。


「……湊。今から言うことはすべてお前のことだ。お前が知りたいことを全て話す。……いいか?」


 湊は少し怖気づいているが、ゆっくりとうなずいた。誠は少し震える腕を抑えながら話した。


「まずは、親父とお袋のことを話そう。2人は死んだのは知ってるな。交通事故で2人は亡くなった。俺が小学2年生のときの……クリスマスの日だ」


 誠はそのときのことを思い出しながら湊に話した。




 あれは、寒いクリスマスの夜だった。


外では白い粉雪が舞っており、行きいく人たちは体を丸めながら歩いていた。どこの家も、家族と一緒にケーキやご馳走を食し、楽しい一時を過ごしていた。


 誠は一人暖房の点いた温かい家の中で楽しそうにクリスマスの飾りつけをしていた。


ツリーを飾ったり、本を見ながら料理を作ったり。


今日は親2人ともいつもより早く帰って来る。同じ職場である2人は、クリスマスには早く帰ると約束してくれた。


誠は久しぶりに家族で楽しめると想い、嬉しい気持ちが隠せなかった。


この日は最高のパーティーになる。きっとみんなのように楽しく過ごせる。


……そのはずだった。


 誠は病院に来ていた。病室の中で、誠は二つ並んでいるベッドの中に膝をつき、2人の手を泣きながら握っていた。


「……お父さん、……お母さん」


 何度も声をかけているが、二人からの返事はない。


最初は酸素マスクを着けられていたが、今は外されている。


白いベッドの上で、2人は安らかに眠っていた。


「ねぇ、起きてよ……。僕を一人にしないでよ……」


 誠は2人の手をぎゅっと握った。握り返してくれない冷たい手。生気を感じられず、これがさっきまで人の手だとは思えなかった。


それでも、誠は起き上がってくれることを信じた。


「誠くん……」


 後ろでは担当医の医師と看護婦が哀れな目で見ていた。隣りにいた若い看護婦はそっと誠に近寄ると頭を撫でて慰めてきた。


「……誠くん。誠くんのお父さんとお母さんは天国にいったんだよ。2人の分まで、誠くんは一生懸命生きなきゃ。いつまでも泣いてたらお父さんとお母さんは悲しむよ」


 誠は首を振って否定した。


信じたくない。2人はまだ死んでなどいない。それを認めたら、暗い空間に閉じ込められそうで怖かった。何もなく、自分一人の無の世界に。


「誠くん」


 担当医の先生が誠に近寄ると一枚の紙を渡した。


「君のお父さんとお母さんからだ。最後に力を振り絞って書いたんだよ」


 誠は目から溢れる涙を袖で拭うと、手紙を受け取った。


『誠。お父さんとお母さんは死ぬかもしれない。何もできなくて本当にごめんな。一緒に遊ぶことも、一緒にご飯を食べるのも、他と比べたら少ないな。いつも一人にして悪かったな。


 誠はスカイを知ってるか? この島で生まれたものにしか使えない魔法だ。皆それぞれ持っており、一生に一度だけどんな願いでも叶えることができる。お前の望みは何だ、誠。本当に必要なときに使いなさい。遊び半分や、おもしろ半分で使うのはダメだ。お前が困ったとき、きっと助けてくれるはずだ」


 そこで手紙は終わった。ところどころ血がついており、字も汚く、震えているようだった。


誠はその手紙をぎゅっとい握り、くしゃくしゃになったが、その場にうずくまり声を上げて泣いた。


 自宅に着いた誠は、誰もいない部屋を見渡し、自分は一人になったんだとあらためて感じた。


病院に急いで駆け込んだから、クリスマスのお祝いの準備をしたままだった。それが何もかも無駄になってしまった。


誠はソファに座ると空腹を告げる音が腹から鳴ったことに気づいた。そういえば、何も食べていなかった。


誠はテーブルの上に置いてある料理をレンジで温め、一人静かに食事を始めた。


大好きなからあげを口に運んでいく。そして、白く炊けたお米も一緒に食べる。味が舌に感じると、虚しい気持ちが溢れていく。


一人で食べるのは慣れていた。毎日のように忙しい両親と夕飯を一緒に食べたことなどそうそうなかった。もう慣れていた。


しかし、それはいつか一緒に食べることができると信じていたからだ。自分の料理を食べて、褒めてくれると信じていたからだ。


だが、その二人はもういない。もう逢えない。


誠は食べながら涙を流した。悲しいというものを、寂しいというものを嫌というほど実感した。何度涙を拭っても止まらなかった。


とうとう誠は、持っていた箸を投げ捨て、大声を上げて泣いた。


こらえていた気持ちを思う存分吐き出した。この感情を抑え切れなかった。


 そのとき、ふとある言葉を思い出した。


『お前の望みはなんだ……』


「俺の……望み……」


 誠はその場に膝を着くと、手を握り合わせ、目を瞑り、天に向けて心から願った。


「お願いです。俺の望みを叶えてください。それは……」




「そのときに、俺は願った。家族が欲しいって。……俺は孤独に耐えられなかった。家族、安心できる俺の身内が欲しかった。そこで俺の目の前に現れたのが湊、お前だ」


 湊はそこで驚きの表情を隠せず、恐る恐る口を開いた。


「私……、スカイで生まれたの?」


 誠はうなずいた。


「ああ、俺そのとき妹が欲しくてな。だから妹が現れたと思う。スカイは、俺の願いを叶えてくれた。湊は、この島でちゃんと生まれたわけじゃないからスカイは使えないんだ。だから、湊の誕生日はクリスマスだし、幼いころの写真も、親父やお袋の思い出もない。……これで……わかったか?」


 誠はそっと湊の表情をうかがった。湊は口を閉ざしたままだった。


それはそうであろう。今まで信じていたことが全て間違っていたのだから。受け入れるのも時間がかかる。


誠は湊の反応が気になった。そのとき、湊の口が小さく動いた。


「……ねえ、私はどうしたらいいの? ……私はいったい誰の子なの?」


「湊?」


 湊はすっと顔を上げ、怒りの込められた表情に誠を睨んだ。


「私に家族はないの? 私の居場所はいったいどこなの?」


「ま、待て、湊」


 湊は誠の言葉も聞かず、声を張り上げた。


「私はいったい何なの? スカイで生まれたって、人間じゃないっていうの? 私はこれからどうしたらいいの? 私の家族は誰? 私の居場所はどこ? 私は……兄さんの何なの!」


 湊は泣きながら出て行ってしまった。誠は追いかけることができなかった。


誠は拳に力を入れると布団に振り落とした。何度も叩きつけた。


こうなることを恐れていたのに。何もできない。あのときの願いは間違いだったのだろうか。


でも、人は決して孤独には勝てない。


ああするしかなかったんだ……。




 湊は一人歩いていた。


誠からの聞かされた真実が頭の中で繰り返されていく。これからどうすればいいのだろうか。自分の居場所はどこだろうか。


怖い。知りたかったことは知ることはできた。でも、その結果は恐怖心が芽生えただけだ。


自分は普通の人ではない。スカイで生まれた人。他の人とは違う。自分はいったい、誰なのだろうか……。


「湊?」


 湊はそっと下を見て落ち込んでいた顔を上げた。


目の前には瞳がいた。買い物をしていたのだろうか、手には買い物袋が提げられている。


「どうしたの? ひどい顔してるよ」


 瞳は湊の顔を覗きこんだ。


「瞳、……瞳!」


 湊は瞳に抱き着くとおもいっきり泣いた。


「え? ちょ、ちょっと、湊?」


 瞳は湊を自分の家に招きいれた。


湊は今では落ち着いており、肩を落としながらソファに座っていた。


瞳は奥から出てくると紅茶を持ってテーブルに置いた。


「はい、湊」


「……ありがとう」


 湊は紅茶を一口啜った。


「それで、どうしたの? 何かあった?」


「……うん」


 湊は迷った。話してもいいのだろうか。話したら瞳はどんな反応するだろうか。


きっと自分を避けるだろう。普通の人間ではないのだから。


「湊」


 湊はそっと顔を上げた。瞳は一心に湊を見つめていた。


「しょうじきに話してよ。私たち親友でしょ? 何があっても私は湊の味方だよ」


 瞳はそっと微笑んだ。その笑顔を見て湊は安心した。


「うん」


 湊は全て話した。誠に何があったのかも。そして、自分のことも全て。


「そんなことがあったんだ。あのバカ兄の考えそうなことね。でも」


 瞳は湊の頬を引っ張ったり、髪の毛を持ち上げたりといろいろいじくってみた。


「どう見ても普通の人間よね」


「瞳……」


 湊は瞳を放すとため息を吐いた。


「私、……これからどうしたらいいのかな? 今まで信じていたことが違って……、本当のこと知って……」


 湊は顔を手で覆ってうずくまった。


「もう、どうしたらいいのかわかんないよ……。私……どうしたらいいの? これからどうすればいいの……?」


 瞳はやれやれといった感じでため息を吐くと答えた。


「湊、あんたこういうことには頭悪いのね」


「え?」


 湊は手を顔から離し、呆然とした表情で瞳を見た。瞳は湊に人差し指を立てて言った。


「あのバカは何て言って願ったの?」


「え、それは、家族が欲しいって……」


「その願いで出てきたのは誰?」


 湊はそっと指を立てると自分を指した。


「わ、私……」


「スカイの願いは絶対。だったら、あんたはあいつの家族、湊はあいつの妹でしょ」


「瞳……」


「あんたは正真正銘のあいつの家族だよ。家族が苦しんでいるときにその家族は何をするの? 助けるでしょ。湊が今しなければならないのは、あのバカの手助けをすることでしょ」


「瞳……、うん」


 湊は涙を拭くと笑みを浮かべてうなずいた。


そうだ。このままでいいはずだ。自分がスカイで生まれようと、スカイが使えなくても、誠の家族であることは変わりない。私は、誠の家族なんだ。


「それでこそ、湊ね。今日は泊まっていって。明日一緒に病院に行きましょう」


「うん。ありがとう、瞳」


 湊は心から瞳が親友で良かったと思った。


そして、明日自分の兄に謝って、もう一度家族でありたいと願った。

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