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第五章 part4:正体

 時刻は午後9時を過ぎた。


誠が湊の言うことを聞くのも残り十二時間となった。今は居間で一緒にテレビを見ている。


外は雪が降っており、結露がすごかった。中は暖房で温かく、寒さは感じられなかった。


「湊、もう何かして欲しいことはないのか?」


 誠はソファに座りながら、隣に座っている湊に問い掛けた。


「う~ん、今のところはないかな。あっ、そうだ。お風呂沸かしてきてよ」


「それがあったか。わかった」


 誠は立ち上がると風呂場にむかった。そして、沸かし終えると居間に戻ってきた。


「沸いたぞ。先に入れよ」


「うん」


 湊は立ち上がると風呂場にむかった。そのとき、居間から出ようとすると立ち止まって誠を見た。


「一緒に入る?」


 それを聞いて誠は一瞬で顔が赤くなった。


「バ、バカか! さっさと入って来い!」


「そんなに怒らなくてもいいのに。じゃあ、お先に」


 湊は可笑しそうに笑いながら風呂場にむかった。


 時刻は11時。二人とも風呂に入り終わり、何もすることなくテーブルを囲む木造の椅子に座っていた。


湊はチラッと誠を見た。


誠には聞きたいことがある。しかし、それを聞いてもいいのか迷った。もし、これを聞いて信じられないことになったら。


……少し怖い。でも、自分のことは知りたい。


湊はそっと口を開いた。


「ねぇ、兄さん。私の言うことなんでも聞いてくれるんだよね?」


 誠はテーブルに肘をつき、眠たい目を擦りながら曖昧に返事した。


「ああ……、そういう約束だからな」


「じゃあ、聞きたいことがあるんだけどしょうじきに話して。いい?」


「ん? なんだよ」


 このとき、誠は何も思わなかった。自分が一番恐れていたことが聞かれるとは思いもしなかった。


「あのね、へんなこと聞くかもしれないけど……いい?」


「なんだよ。言ってみろよ」


 誠はテレビを見ながら聞く。湊は少し緊張した面でそっと言った。


「うん。あのね、……私の幼いころの写真は、どこにあるの?」


「え?」


 誠はそっと湊の顔を見た。


湊の顔は真剣そのものだった。冗談ではなく、本当に知りたがっている。


誠は生唾を飲み込むと答えた。


「いや~、ごめん。アルバムどこにしまったか忘れたんだ。それにもうないかもしれないし」


「そのアルバムって、どんなやつなの?」


 湊は少しうつむきながら言った。


「ああ、たしか一つのケースの中に五冊くらい入っているやつだったかな。それがどうかしたか?」


 そのときは何も思わなかった。しかし、話したあとに一つの仮説が浮かんだ。


もしかして……。


「湊……、お前……」


 誠は強張った表情になっていた。湊は誠を見るとはっきりとうなずいた。


「うん。見つけたよ。兄さんのベッドの下から」


 誠は心臓が激しく脈打つのがわかった。とうとう来てしまったのだろうか。


恐怖が甦る。汗がこめかみを流れるのがわかる。今自分は見るからに動揺しているだろう。どうにかしなければ。


誠は無理に笑みを作った。


「そうか……。見たのか……。お、お前の写真はあったか?」


「その答えは、兄さんが知ってるよね?」


 湊は今までに見たことがない冷たい目を誠に向けていた。


冷酷な目。それは真実を求めている。


誠は拳を固く握り、再び無理に笑みを浮かべた。


「な、懐かしかったろ? 自分の幼いころの写真を見るのもたまには良いもんだな」


「ごまかさないでよ!」


 湊が突然声を上げた。誠は体をびくつかせると口を閉ざし湊を見た。


「湊……」


「一枚も……、一枚も私の写真は……なかった。あるのは兄さんとお父さんとお母さんの写真ばかり。私は……どこにも映ってなかった」


 湊の瞳から一滴の涙が流れた。テーブルの上にある手はふるふる震えている。


誠は考えた。


壊したくない。今の状態を、今の関係を壊したくない。どうにかしないと。


そう思うだけでいい案は思い浮かばない。焦りが募るばかりだ。


「ねぇ、……本当のこと言ってよ。私は……いったい誰なの?」


 湊は涙目で問い掛けてくる。誠は硬く目を閉じたあと口を開いた。


「いや~、親父自分の娘にべた惚れだったからな。もしかしたら、別にしまってあるのかも。今度探してみようぜ」


「だからごまかさないで!」


 湊は拳でテーブルを叩いた。その音で誠は黙った。もう、打つ手がない。


「お願いだから、……本当のこと言って。私は、……私はいったい……いったい誰なの……」


 涙を流しながら真剣な目つきで湊は誠を見た。


誠はうつむいたまま答えない。


迷っていた。言うべきか、言わないべきか。いや、言わないほうがいい。こんなこと言えば、湊はきっと驚いてしまう。自分を信じられなくなるかもしれない。それに誠の言葉を信じてくれるかもわからない。


誠はただ黙ることしかできなかった。


「もういいよ!」


 湊は椅子から立ち上がると居間から出て行き家を飛び出した。


「湊!」


 誠は急いで後を追った。今自分にできることは追いかけることしかできなかった。


 外は大雪が降っていた。さっきまで暖かかった体温をどんどん奪われていく。


湊は目に涙を浮かべながら走っていった。行く当てもない。ただがむしゃらに走っていく。


わけがわからなかった。何もかもわからない。自分の居場所はどこなのか。自分の家族は誰なのか。自分はいったい何者なのか。


 湊のあとを誠は必死になって追っていた。


湊に何度も大きな声で呼んでいるが聞こえないのか反応はない。それなら追いつくしかない。誠は寒さに耐えながら力の限り走っていった。


 湊は商店街にむかっていた。無意識に走っていると身近なところに行ってしまう。


誠も必死になって後を追っている。残り数メートル。あと少しである。


しかし、湊はペースを緩めようとはしない。誠は逃さないように走った。


 そして湊は横断歩道を渡った。


そのとき誠は目を疑った。信号は赤だ。それに気づかず湊は渡っていく。


そのとき横から光が目に入った。大きなトラックが走っていく。


誠は息を止めて横断歩道むかって激走した。


 湊は横断歩道の真ん中のところでクラクションの音が耳に入るのがわかった。


はっとした湊は横を向いた。そこで今の自分の状況を理解した。目の前に大きなトラックがある。しかもそれが刻一刻と近づいてくる。


運転手は慌ててブレーキを踏んでいる。しかし、雪のせいでタイヤが滑って止まらない。


湊は慌てて逃げようとした。しかし、恐怖のせいか力を入れても体が動かない。


もうだめだ……。


自分の命を諦めたそのときだった。


後ろから強い力が加わったのがわかった。背中に力が加わり、そのまま前に飛んでいく。


そして横断歩道から外れると雪で道の上を滑り、起き上がるとさっと後ろを振り返った。


そこには手を伸ばして自分を押している誠の姿があった。誠は湊の無事を確認するとそっと微笑んだ。


「……兄さん」


 その瞬間、視界が誠からトラックに変わった。それと一緒に聞きたくない音が耳に入る。誠の姿が見えない。


「に、兄さん……」


 湊は恐る恐るトラックの進んだ方向を見た。いつのまにか人だかりができている。


「兄さん……」


 湊は重たい体を上げるとその人だかりめがけ、ふらついた足取りで歩いていった。


人だかりの何人かが湊の存在に気づく。それが少しずつ増え、一つの道ができた。


その先には求めていたもの、そして認めたくない真実があった。


一人の男が横たわっている。息があるのかわからない。ぐったりとしており、生気が見当たらない。


真っ白だった雪が赤い血だらけだった。頭のほうからじわっと広がっていく。


湊は横に膝をつくと顔を覗いた。それは確かに誠だった。ところどころ傷だらけだが、自分の兄に間違いなかった。


湊は信じられなく、目から溢れてくる涙を流しながら叫んだ。


「兄さん!」




 誠は目を開けた。頭がぼーとする。目の前が白い。ここがどこかわからなかった。


誠はそっと横を向いた。そこには顔を手で抑えて泣いている湊の姿があった。腕や足に包帯が巻かれてある。


「湊……」


 誠がそっと呟くと、湊は覆っていた手を離し誠を見た。


「兄さん……。兄さん!」


「湊……、大丈夫か?」


「私のことよりも自分の心配してよ。先生! 先生!」


 湊は医者を呼びに病室から出て行った。


誠はそこで気づいた。ここは病室だったのか。


それよりも、湊が無事でよかった。もう大切な人を失いたくなかった……。


 少しして担当医である先生がきた。先生が言うには、雪がクッションになって大事にはいたらなかったが腕と両足を骨折し、頭を軽く打ったようだ。


「しばらく入院してもらいます。お大事に」


 そう言って先生は出て行った、湊は丁寧に頭を下げた。そして、誠のほうに向き直ると椅子に座った。


「兄さん……、ごめんね。私のせいで……」


 湊はうつむきながら目にうっすらと涙を浮かべて謝った。誠はかろうじて動く腕を上げて湊の頭をなでた。


「いいんだよ、湊。お前が無事でよかった」


「でも……、でも……、私があんなことしなければ……、ごめんなさい」


 湊はシーツをぎゅっと掴むと顔を布団にうずめた。誠はただ無言で頭をなでることしかできなかった。


すると、湊は突然顔を上げた。


「そうだ……。私、スカイを使う」


「は? お前何を言って……」


「だって、こうなったのも私のせいなんだよ。だったら、兄さんのために使いたい!」


「待て、湊! いいよ。そんなことに使うな!」


「いいの! 私は使いたいの! 兄さんの怪我を治したい」


 湊は椅子から立ち上がると、手を握り合わせて目を閉じた。誠は寝たまま必死に腕を伸ばして止めようとした。


「止めろ、湊! 止めろ!」


「お願い! 兄さんの怪我を治して!」


 願ってしまった。誠は腕を下ろすとがくっと諦めた。


叶うはずのない願いを。できるはずないことをしてしまった。もう、隠せない……。


湊はそっと目を開けた。何も変わっていない誠の姿が目に映る。青白く光ったわけでもない。


たしかに今スカイを使った。でも、変わったところは何一つない。


「どうして……。どうして叶わないの。こんなに願っているのに……。お願い! お願いだから、兄さんの怪我を治して!」


 しかし、どんなに願っても湊の願いは叶わず、誠の怪我は治らなかった。湊は再び椅子に座ると肩を落とすと頭を抱えた。


「どうして……。どうしてなの……。どうしてスカイが使えないの。こんなに……、こんなに、願っているのに。……どうして……」


 誠はそんな湊の姿を見て呟いた。


「湊……」


「ねえ、どうして! 教えてよ! どうして私はスカイが使えないの? 今まで使ったことないのに。私はこの島で生まれたんじゃないの?」


 湊は誠に問いかける。誠は目を硬く閉じて決心した。


もう言うしかない。もう全てを話さなければ。


「湊、今から言うことをよく聞いてくれ。全て話すよ。お前の写真がない理由も。両親の記憶がないことも。そして、スカイが使えない理由も」

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