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第五章 part3:時間

 湊は早く起きた。


9時から誠と一緒に出かける。それまでに家の掃除をしなければ。


湊は大きく背伸びをすると階段を降りていった。


 居間に降りると誠がソファに横たわって寝てることに気づいた。


「もう。兄さん風邪引いちゃうよ」


 湊は毛布を持ってくると誠にそっとかけてあげた。


「そうだ。兄さんの部屋掃除したことなかったな。今のうちにしておこう」


 今まで誠は自分の部屋の掃除だけは自分でしていた。湊には決してさせなかった。


「最近してなかったと思うし、気合いれてやらないとね」


 湊は掃除機を持っていくと、さっそく誠の部屋に入った。


「わあ~、汚い……」


 誠の部屋は想像以上だった。


床はゲームやマンガだらけ、制服まで脱ぎ捨てられている。机は教科書をめちゃめちゃに置かれていた。とても勉強のできる環境ではない。


「まったく、少しは掃除しないと」


 誠はかたっぱしから掃除していった。


服はハンガーにかけ、ゲームやマンガも定位置に置き、床も掃除していった。


「あ、ベッドの下もしないとね」


 そこで湊はじーっと誠のベッドを見た。


「……ベッドの下にエッチな本が……。あるわけないよね」


 湊はしゃがみ込むとベッドの下に手を伸ばした。すると、手に何か固いものがあたった。


「え? ま、まさか……」


 湊は恐る恐る得体の知れない物体を引っ張った。湊は目をこらして見る。


それはアルバムだった。


一つのケースに五冊入ってある。


湊は安堵の息を吐いた。


「なんだ、兄さん。どこにやったかわかんないって言っていたのにこんなところにあるじゃない」


 湊はアルバムについた埃を払うとそっと中を覗いた。


そこには誠の小さいころの写真があった。幼稚園のころのものやどこかに旅行したときのものなどあった。


「兄さんかわいい。小さいころはこんな顔してたんだ」


 そのとき、湊は一つの写真に目がいった。二人の夫婦が寄り添って映っている写真。両親の写真だ。


「へ~、お父さんとお母さんの顔ってこんな感じなのか」


 初めて見た両親の顔。湊は見ることができてよかったと心から思った。


「さて、私の写真はどこかな?」


 湊は期待を胸に次々にアルバムを開いていった。しかし、捲っていくたびに焦りが積もっていく。


どれを見ても自分の写真がなかった。どれもこれも誠や両親の写真ばかり。


いつしか、アルバムは残り一冊になった。


「もう。私のは一つにまとめてあるのかな」


 湊は笑みを作っているが心の奥底では緊張しながらアルバムを開いていった。


湊は見落としがないように一枚一枚見ていった。そして、最後まで見終わるとそっとアルバムを閉じ、ベッドの下に戻すと掃除を再開した。




「ふあ~」


 誠は大きなあくびをすると起き上がった。そして自分が置かれている状況に気づいた。


いつのまにかソファの上で寝ていたようだ。上には毛布が被せられている。おそらく湊だ。


誠は辺りを見渡すと湊が朝食を作っているのに気づいた。


「おはよう、湊。今日も早いな」


「あっ、おはよう、兄さん。やっと起きたね。朝ごはんできてるから早く食べよ」


 湊に言われ、朝食を消費すると、誠はでかける準備をした。


 もうすぐ午前9時になる。湊に自分の時間をあげる時間だ。9時から明日の午前9時、つまり二十四時間誠は湊の言うことをきかなければならない。


誠はじっと時間が来るのを待った。秒針が音を立てて動いていく。そして、約束の9時になった。


「さて、今から何でも言うこと聞くぞ。なんなりとおもうしつけ下さい。湊様」


「では、今から買物に行きましょう」


「おう」


 二人はさっそく玄関を出た。




「……それ、着けて行くの?」


 湊は恥ずかしそうに少し頬を赤く染めて訊いてきた。誠の首には湊の手作りのマフラーが巻かれてあった。


「着けないと意味ないだろ。けっこう暖かいぜ」


 誠はマフラーに触れると嬉しそうに笑みを浮かべた。


「でも、恥ずかしいな」


 湊はずっと頬を赤く染めていた。


 二人は商店街に着くと湊の行きたい店にかたっぱしから見ていった。もちろん、誠は荷物持ちである。


そのあとはレストランで食事をした。


「料金は兄さんが払ってくれるんだよね?」


 湊はメニューを開いて満面の笑みを浮かべていた。


「ま、まぁ、そうだな。俺が払うよ……」


 誠は少しがっかりしていた。欲しいものは時間と言っても、けっこうお金も体力も消費していく。案外きつかった。でも、


「兄さん、このハンバーグおいしいよ」


 湊は楽しそうに、そして幸せそうに笑っていた。この笑顔が見えれるだけで、誠は満足だった。


 食事を終えると、2人は最後に映画館に行った。


「兄さんと行くの久しぶりだね」


「そうだな。最後に行ったのは小学生のときだったかな。中学から部活入って遊ぶ暇なかったし」


 2人は中に入ると今人気の恋愛映画を選び、席に座って始まるのを待った。


映画の内容は、1人の男子高校生が、自分のある噂のせいで恋人を傷つけてしまい、みんなから人気があり明るかった彼女は周りから悪口を言われるようになった。そこで彼女を助けようとする話だ。


主人公は人気俳優が演じているから一目見ようとするだけで、内容はおもしろくないようだ。


 湊は待っている間、隣りに座っている誠の顔をチラッと見た。


湊は思い出した。誠はいつでも自分を守ってくれることを。


小学生のころは、男子生徒からよくからかわられていた。スカートを捲られたり、物を投げてきたり、頭を叩かれたり。時には親がいないことをバカされた。


今考えれば、何てことのない表現方法だったのかもしれない。だが、当時は嫌だった。いじめをうけているようで、毎日つらい思いをしていた。


そんなとき、誠が助けてくれた。上級生なのに、わざわざ湊のクラスまで行っていじめる男子生徒を呼び出してケンカをした。


もちろん、上級生の誠に敵うはずない。ほとんど誠の一方的なケンカだった。


そのあとは職員室に呼ばれ、誠は担任に叩かれるほど説教を受けた。だが、誠は泣かなかった。むしろ、自分は正しいことをしたと言い張っていた。


そんな自分の兄の姿を見て、湊は誠がかっこいいと、憧れと少なからずの好意を抱き始めた。


自分にはこんなにも頼りになり、常に自分の味方である兄がいる。


それだけで安心でき、親がいなくても、何をされようと落ち込むことはなかった。


 今だってそうだ。いつもはだらしないかもしれないが、やるときはやってくれる。自慢の兄だと心から言えるだろう。


 湊はそっと小さく笑みを浮かべると、誠に寄り添って体を預けた。


「ん? どうかしたか?」


「ううん。別に」


 湊は目を瞑ってそのままの体勢をとった。


こうしていると温かく、安心していられる。誠の体温が伝わり、自分の中に入っていくようだ。


「ありがと、兄さん……」


 湊は小さく呟いて誠の腕を握った。誠はやれやれといった感じに息を吐くとそのままにしてあげた。




「ふ~、疲れた~」


 誠は家につくと荷物を降ろしソファに深く座った。


「ありがとう、兄さん。楽しかったよ」


 湊も隣りに座って笑みを浮かべた。


「まだ十二時間以上残っているけどな。夕飯はどうする?」


「う~ん。たまには兄さんの料理が食べたいな」


「お、俺の? いいのか? めっちゃまずいぞ」


「なんでもいいから作ってよ。ちゃんと愛情込めてね」


「はいはい」


 誠は立ち上がると台所に立った。


湊はその間に自室に戻って買ったものを整理した。


そのあとは疲れてベッドに倒れた。今日は本当に楽しかった。久々に誠と買い物できて。


 湊は体を起こすと机の上に立ててある写真に手を伸ばした。


そしてまた思い出した。記憶のない真実。親の顔を覚えていない事実。そして、あのアルバム。


「私は、兄さんの妹なんだよね……」

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