第五章 part1:家族
季節は秋から冬に変わり、12月中旬へと入った。
寒い風が常に吹くようになり、朝は顔が痛いほどになった。
制服も最初の紺のブレザーに戻り、皆体を丸めて登校している。
誠は寒いのは苦手なので、朝はなかなか起きられなかった。
「兄さん。起きて、朝だよ。学校遅刻しちゃうよ」
湊が掛け布団を掴んで剥がそうとする。誠は取られないようにガッチリと掴んでいた。
「さ、寒い。もうちょっと寝かせてくれ~」
「冬なんだから寒いのは当たり前だよ。ほら、早く朝ごはん食べよ」
今日も結局湊に叩き起こされ、寒い空気に身を震わせながら、しぶしぶ起き上がった。
「おはよう、湊。お兄さんは今日も寝ぼけた顔してますね」
寒い中、瞳は暖かそうなマフラーを巻いて玄関に立ち、二人が来るのを待っていた。
「おはよう、瞳。冬はいつもこうだから困るんだよね」
湊はあきれながら小さく笑った。
「……うるさいな。それにしても寒いな。こんな日は学校なんて行きたくないな」
誠は息をはぁ~と吐き、白い空気が流れるのを見ていた。
「何言ってるの。もうすぐテストなんだから、勉強しないと冬休みなくなっちゃうよ」
「いつもぎりぎりですもんね」
二人の言葉に、誠はふんと鼻を鳴らして無視した。
休み時間。瞳は湊の机の前まで行くと話し掛けた。
「ねえ、湊。今年のクリスマスはどう過ごすの?」
テストが終われば冬休みが始まると同時にクリスマスが訪れる。皆テストよりこっちのほうが気になるのだ。
「うん。今年も去年と同じかな。兄さんと一緒に過ごすと思う」
湊は少し照れ笑いを浮かべながら答えた。
「あんたも暇ね~。あのバカ兄のどこがいいの?」
「そんなバカ兄って。……兄さんは優しいもん。いつも私のこと気づかって……」
「でもね~、今どきこんな兄想いの妹はいないよ。湊は彼氏とか作らないの?」
それを聞いた湊は一瞬で顔が真っ赤になった。
「か、彼氏なんて、私作れないよ。それにそんなにモテないし……」
「あれ? あんた知らないの? 湊はけっこう人気あるんだよ」
それを聞いた湊は少しキョトンとした表情になった。
「そうなの?……知らなかった」
「まあ、でも湊らしいかな。それで、あのバカにプレゼントは渡すの?」
「うん。それなんだけど、何をあげたらいいのかわからなくて。いつも困るんだよね。兄さんの趣味って寝ることだし」
瞳はなるほどとうなずくと、一つアドバイスした。
「今は手作りが流行っているみたいよ」
「手作り? マフラーとか手袋とか?」
「うん。やっぱりお金で買ったものよりも、愛情込めて作ったものは喜ぶんだって」
湊は少し考え込んだ。
「手作りか……」
「それより、あんたにはもう一つ大事なことがあるでしょ」
瞳は笑みを浮かべて言った。湊は頬を染め小さく照れ笑いを浮かべる。
「何が欲しい? なんでもあげるよ」
瞳は何でも来いという感じに胸を張った。
「え? い、いや、いいよ。そんな、悪いし」
湊は遠慮したように手を両手の前で振った。
「そう? そこまで遠慮しなくてもいいのに。さて、私は一人寂しくどう過ごすか考えるかな」
そう言って瞳は席に戻っていった。そのとき湊は決心した。
「プレゼントはこれにしよう」
放課後。
誠は体を丸めながら一人寂しく帰っていた。
そのときの帰り道、湊の姿を見かけた。
「あ。おい、湊。一緒に帰らないか?」
「あっ、兄さん。ごめん、ちょっと寄るところがあるんだ。先に帰ってて」
そう言って湊は先に行ってしまった。
「どこにいくんだ、あいつ?」
誠はしぶしぶ一人で寂しく家に帰っていった。
「ごちそうさま」
湊は夕食を早く食べ終えるとさっさと食器を片付け、そそくさと居間を後にした。
「早いな。何かあるのか?」
誠は深くは気にせず一人夕食を食べていった。
湊は自分の部屋に戻ると、ベッドの下に隠していた袋を取り出した。
中には青色の毛糸が三個と編み物の本が入ってあった。
「クリスマスまであと三週間もないもんね。急がなくちゃ」
湊は本を見ながら、せっせと取り掛かった。
それからも、湊は時間があれば編み物に費やしていった。もちろん誠はこのことを知らない。
湊は毎晩のように睡眠時間を削って進めていった。刻一刻とクリスマスは近づいてくる。
しかし、それはテストも近づくということでもある。勉強と両方をするのはきつかった。
「湊はよくやるね」
湊は授業の合間の休み時間まで使っていた。少しずつ形になってきている。
「うん。時間ないしね。やってみたらけっこうおもしろいよ。瞳もやってみれば?」
「作ってもあげる人がいないからね。私も誰か好きな人がいたらな~」
「瞳はかわいいからすぐに彼氏作れるよ」
「ありがとう。湊も頑張ってね」
「うん」
そしてとうとうテストも明日に迫っていた。
誠は夏と同じように徹夜で勉強していった。ごちゃごちゃした机にむかって頭に詰め込んでいく。
「う~、眠い……。つーかテスト範囲多すぎるんだよ。ああ~、意味わかんね~」
誠は時計に目をやった。時刻は午前二時を過ぎている。
「二時過ぎてるよ~。いつもならゲームしてるかもう寝てるぜ」
誠は椅子から立ち上がると部屋から出て居間に足を進めた。
その途中、湊の部屋から光が漏れていることに気づいた。
「あれ? 湊も徹夜で勉強か?」
誠は湊の部屋をノックした。
「おい、湊。起きてんのか?」
「に、兄さん? もう寝たんじゃ」
湊は急いで編み物をベッドの下に隠した。
「入るぞ。……なんだ、お前も勉強してんのか?」
湊は机に向かって座っていた。
「うん。明日からテストだからね。兄さんも?」
「ああ、まったく勉強してなかったからな。湊も無理すんなよ」
「うん。ありがとう。……ね、ねぇ、兄さん。クリスマスなんだけど、兄さんは何か予定とかあるの?」
「クリスマス? いや、別にないな。……湊忘れてないだろ? クリスマスは――」
「うん、覚えてるよ。私はそのあとのことを聞いたんだよ。じゃあ、今年も一緒に過ごそうね」
「ああ、もちろん。クリスマスも大事だけど、湊にとっては一番大切な日だろ」
湊は少し頬を染めながらうなずいた。
「う、うん……」
「じゃあ、おやすみ」
「うん。おやすみなさい」
誠は軽く手を上げて部屋を後にした。
湊はしゃがみ込むと再び編み物を取り出した。
「頑張らないとね。兄さんのために……」
湊は気合を入れなおすと、再び取り掛かった。
「終わった~」
誠は大きく背伸びをした。
三日間続いたテストは無事に終わった。思い返すが赤点を取りそうな教科は見当たらない。今回も逃れた。
これで冬休みを楽しく過ごせる。みんなテストが終わればそのことばかり話している。
しかし、誠はクリスマスよりも大事なことがあった。
クリスマスが近づくことはあれも近づくことになる。誠にとってそっちのほうが重要なのだ。
毎年緊張してしまう。それは隠しごとがあるからだ。
いつばれるか怖い。ばれたときどうしたらいいのかもわからない。
今回も何事もなく過ぎるのを願うばかりだ。
一週間のうちにテストが全て帰ってきた。
誠は全て赤点ぎりぎりで免れた。毎度冷や冷やさせられる。
しかし、明日から冬休みに入る。とうとう明日に迫ると思うと恐怖心を隠せなかった。
どうか、今年も無事に終わってくれ……。
誠たちは久しぶりに三人で帰った。
湊は今回いつもより点数は下がっていたが余裕で赤点は免れていた。瞳も取っていない。
「湊、明日クリスマスだけど、あれは完成したの?」
瞳は誠に聞こえないように小声で囁きかけた。
「大丈夫。あと少しだから今日で完成する」
「やったじゃん。頑張ったね」
「うん。ありがとう」
「二人とも何話してんだ?」
「バカ兄には内緒よ。それより、お兄さんは何かプレゼントは用意したんですか?」
「プレゼント? あっ、まだ買ってない……」
「わあ~、最低な兄ね。お兄さんのために湊は毎日――」
「ちょ、ちょっと瞳。それ以上言っちゃだめ!」
湊は慌てて瞳の口を抑えてそれ以上言わないようにした。
「毎日……なんだ?」
「い、いや、なんでもない。なんでも」
湊は苦笑いを浮かべてごまかした。瞳は湊の手から逃れると口を開いた。
「それより、お兄さんはさっさと湊のプレゼント買いに行きなさい」
瞳は真剣な眼差しで言った。その威圧感に負け、誠はうなずいた。
「わ、わかったよ。じゃあ、今から買いに行くか。湊は何が欲しいんだ?」
「え、い、いや、いいよ。プレゼントなんて。一緒にクリスマス過ごすだけで十分だし」
「そうもいかねーだろ。ほら、行こうぜ」
誠は二人を連れて商店街にむかった。クリスマス間近なので、どこの店も活気づいていた。
「それで、何が欲しいんだ? 何でも言ってみろ」
「いいの? 無理しなくていいんだよ」
「バ~カ。プレゼントの一つや二つくらい楽勝だぜ。瞳にも買ってやるよ」
「えっ?……本当?」
「ああ、湊がお世話になってるしな」
「さすが優しいお兄さん。ありがとう」
こういうときだけ調子いいやつだ。誠たちは瞳の要望でアクセサリー店に入った。
「わ~、いろいろあるね~」
瞳はいろいろなものを試着していった。
誠は瞳が試着していった物の値段を見ていった。どれも軽く五千円は超えている。
すごい出費だ。今月のお小遣いがすぐなくなりそう。
「ねえ、バカ兄」
バカでない。
「プレゼントはいくつまでいいの?」
「一つに決まっているだろ! そんなに買えるか!」
「なんだ~、残念。じゃあ、これでいいや」
瞳が選んだのは綺麗な腕輪だった。値段は千円くらい。
「なんだ、これでいいのか? もっと高くてもいいぞ」
「そんなに高いのは求めませんよ。お金なくなってしまいますよ。それに、こっちとしては貰うだけで嬉しいですし。それと――」
瞳は誠の耳元に小声で囁いた。
「湊には良い物を買ってあげてください。楽しみにしているんですから」
そう言って瞳は腕輪をレジに持っていった。そのあとは用事があるとかで先に帰っていった。
「次は湊のだな。なにがいい?」
「え、えと、私は……」
湊はしばらく考えていた。
「え、えと、その、あの……物じゃなくても……いい?」
「物じゃない?」
「うん。その……私、兄さんの時間が欲しい」
「時間?」
「うん。一日だけでいいから、兄さんの時間を、私にちょうだい」
湊は頬を赤くしてもじもじしながら言った。
誠は別にかまわなかった。別に一日くらいいい。それに、湊が自分の要望を言うのは滅多になかった。
「いいぜ。一日くらい。じゃあ、明後日でいいか? クリスマスのあと」
「うん。ありがとう」
そのあとは、必要なものを買い、2人は楽しそうに家に帰った。