第四章 part12:幸福
今日も誠は生徒会室にいた。副会長として、雫に与えられた仕事をしている。簡単な書類記入だ。
今霞さんはいない。用事があるらしい。
雫は一度生徒会室に訪れ、先生に用があると言って出て行った。
誠は少し嫌な予感がしていた。書類に記入しながら悪いことを考えてしまう。
すると、雫が戻ってきた。
「誠くん、そろそろ帰ろうか」
元気よく笑顔で言う。誠はうなずいた。
「あ、ああ……」
誠は書類を引き出しに入れると立ち上がった。
そのとき、誠は気づいた。
雫が泣いていたことを。目が赤く、涙が頬を伝ったあとがあった。
「雫……」
「ん、なに?」
雫は笑みをうかべて誠を見る。誠は首を振った。
「いや、なんでもない……」
「そう」
雫は前を向くと先を歩いていった。
2人は公園に着いた。
陽が傾き始め、周りの景色の色を変えていく。茜色の光を注ぎ、誠たちを照らしていた。
2人は背もたれのない木造ベンチに座った。
「ねぇ、誠くん。……今日はね、大事な話しがあるの」
誠の心臓はさっきから激しく動揺していた。嫌な汗をかき、悪い予感が緊張させる。
「そ、その、私ね、……行くことになったの。……おばあちゃんの家に」
誠は生唾を飲み込んで黙って聞いていた。さっきの言葉が重くのしかかる。
もう分かっていたかもしれない。自分の周りは、こうやっていなくなるんだということを。
だから、ずっと嫌な予感がしていた。自然と、それが敏感になっていた。
「そ、それでね、さっき先生に言ってきたの。転校しますって。だから、誠くんとこうして会うのも、……今日が最後」
誠は震える唇をそっと開いた。
「生徒会の仕事は、……会長はどうするんだよ」
「……辞める」
「神社は、……あの神社はどうなるんだよ」
「……あのまま。誰もいなくなる」
「霞さんとか、他のみんなはどうするんだよ」
「……ごめん」
誠は歯を食いしばり、拳をぎゅっと握った。
また、俺は一人になるのか。またあんな寂しい想いをするのか。
「雫、……それで、いいのか?」
雫はそっとうなずいた。
「うん。仕方ないよ。あんなことがあって、おばあちゃん心配してるみたい。大丈夫だよ。おばあちゃん、お父さんと違ってすっごく優しいから。お母さんも、つらいときはおばあちゃんの家に行ってたって」
「そっか……」
誠は額に手を着いた。そのとき、誠の背中が何かに触れた。
後ろには雫がおり、背中をつけてもたれていた。お互い背中をつけた状態になった。
「雫?」
「誠くんにだけ教えてあげるね。……みんなの幸せの願い」
「え?」
雫はそっと空を見上げて話し始めた。
「私があの音楽室でみんなの願いを叶えているとき、いろんな願いを知った。テストで百点取りたい。大会で優勝したい。お金持ちになりたい。中には背が高くなりたいっていうのもあった。ふふ、私我慢できず笑いそうになったもん」
雫は可笑しそうに笑う。誠も小さく笑った。
「私ね、できることは叶えた。簡単な願いだけ。でもね、一番多い願いだったのに、叶えることができなかったことがあったの」
「つまり、一番多かった願いなのに、叶えなかったってこと?」
「うん……。その願いはね、……好きな人と結ばれますようにって」
誠はそっとうつむいていた顔を上げた。雫は話を続ける。
「だんとつで多かったよ。週に4回は聞いたかな。みんな好きな人の名前言って、付き合えますようにって。私困っちゃったよ。どうしたらいいのかなって。でもね、やっぱりできなかった。人の心を勝手に操っちゃだめだし、それに……」
雫はその言葉をはっきり言った。
「人は、努力しないといけないから」
「努力?」
「誠くん、あのとき言ったよね。スカイに頼らず、自分の力で解決しないといけないんだって。私もそう思った。だから、応援だけしてた。頑張れって」
雫は大きく背伸びした。
「誠くん」
「ん?」
「私、今幸せだよ。願い、叶ってるもん」
「え?」
誠はそっと振り向いた。
そのとき、雫が唇を重ねてきた。柔らかい感触を感じる。
誠はあまりに突然で驚きの表情をしている。雫は頬を赤くしながらそっと離した。
「誠くん……」
そのとき、雫の目から涙が零れた。一滴の滴が頬を伝い地面に落ちた。
「雫……」
雫は満面の笑みを浮かべた。
「さようなら」
そういって雫は走って公園から出て行った。
「雫!」
誠は手を伸ばした。だが、雫を捕まえることはできなかった。そこで重いため息を吐く。
「あいつ、本当に幸せなのかよ……」
次の日、誠は部屋で寝ていた。
仰向けになり、呆然とした表情で天井を見つめる。
「雫……」
そのとき、携帯の着信が鳴った。
相手は雫からだ。
誠は起き上がると慌てて出た。
「も、もしもし」
「あ、誠くん? ……わ、私だけど」
「あ、ああ、なんだよ」
「あのね、今から電車に乗るの。それで、最後に話ししたくて」
「ああ……」
2人は黙った。通話時間だけが流れ、人の話し声が聞こえる。
沈黙を破ったのは雫だった。
「あ、あのね、誠くん」
「ああ」
「私、……好きだよ」
「え?」
「私、誠くんのこと好きだよ。本当に、好きだよ。それだけ、……伝えたかったから」
「し、雫……」
そのとき、電話の向こうで泣き声が聞こえた。嗚咽の音。雫は泣いていた。
「本当はね、会って言いたかった。でも、……そんなことしたら別れが惜しむと思うから。私、……また会いにくるから」
誠は壁にもたれると手で目を抑えた。目じりが熱く、涙が溢れる。
いつもそうだ。こうやって別れてしまう。神様は、俺から全て奪おうとしている。
大切な人を奪い、孤独を味合わせようと。
誠は涙を流しながら問い掛けた。
「雫、お前、……それで幸せかよ」
「え?」
「俺、お前に幸せになってほしい。だからスカイを使ったんだ。苦しい想いをしてきたから、今度は幸せになってほしいんだ。お前は、幸せか? 俺、お前を傷つけていないか?」
雫は涙を拭いてはっきり言った。
「大丈夫だよ。だって、また会えるもん。……きっと、会えるよね」
「ああ、きっとまた会えるよ。いや、絶対会いに行く」
「うん。ありがと」
そのとき、電車が来る音が聞こえた。
「またね。……ありがと」
そして電話が切れた。
誠はふっと息を吐き、立ち上がると外に出かけた。
誠は神社に来た。雫との思い出の場所。
誠はそこにあるおみくじの箱を見つけた。そして一枚のおみくじを引いた。
それを見て誠は笑みを浮かべた。
「雫、幸せにな」
誠はおみくじを木に結びつけた。
その紙には、大吉で運命の再会が来ると書いてあった。