第一章 part3:小屋
誠は朝から学校をサボってあの小屋に向かった。
湊にいろいろ言われたが、なんとかまくことができた。
ビニール袋を片手に息を切らしながら走っていく。
着いてすぐにドアをノックした。しかし、ドアが開く気配がない。
誠はそっとドアを開けてみた。
中で彼女は気持ち良さそうに毛布を被り眠っていた。
「なんだ、まだ寝ていたのか」
本当に気持ち良さそうに眠っており、起こすのはかわいそうなのでそっとすることにした。
誠はビニール袋をテーブルの上に置き彼女のそばに座った。
彼女はまだ母親が死んだことを知らない。いや、誰なのかわからないことが唯一の救いだ。
知らせるのはずっと後でいいだろう。これからどうしようか。
ここを好きに使っていいと言ったが火さえ使えないのでは料理もできない。
だが今はいいやと思い、一番肝心なことを考えることにした。
それは彼女の名前だ。
いつまでも君とかお前などと代名詞を使うのも失礼だ。
誠はいい名前がないかと考えた。
すると、すぐにパッと思い浮かんだ。
これはいい名前だと思い早く教えてやりたく、ずっと笑みを浮かべていた。
誠が来てから小一時間くらいして、ようやく彼女は目を覚ました。
「おはよ」
誠が声をかけると、彼女は朦朧とする頭でじっと誠を見た。
一瞬誰か分からなかったらしく、しきりに首をかしげていた。
しかし、その正体が誠だとわかると安心した表情になった。
「ほら、朝飯持ってきたから食べようぜ」
誠は彼女にパンと飲み物を渡した。
彼女はお腹が空いていたのかあっという間にたいらげてしまった。
一段落して、誠はこれからどうするかを彼女に説明した。
とりあえず、この小屋の改造をすることにした。
やはり、このままで暮らすには難しいだろう。
誠は銀行から親が残したお金を少しおろしてきた。
親はなにをしていたのか、通帳の中には一生遊べるのではないかというくらいにお金がたくさんあった。
誠は必要な物を紙に書き、彼女と一緒に街へ向かうことを伝えた。
「今日はこれだけ買おう。よし、さっそく行くぞ、泉」
彼女は突然泉と呼ばれ戸惑っていた。
誠は想像どおりだったので、ついにやけてしまった。
「君の名前だよ。名前がないと困るだろ?」
泉という名は外にある綺麗な泉を見て思いついたのだ。
彼女は嫌がることなくコクリと首を縦に振った。
「よし。 行くぞ、泉!」
誠は泉の手を引っ張り外に出た。
泉は手を引っ張られながらも、そっと口元を緩めた。
二人は街で一番大きいデパートに向かった。
ここならなんでも揃っているのでわざわざ専門店に行く必要はない。
二人はまず洋服コーナーに向かった。
制服だけでは出かけたりできないからである。泉もおしゃれをしたいはずだ。
洋服コーナーに着くと、さまざまな洋服があって何を買ったらいいのか分からなかった。
誠は彼女などつくったことないので、女の子がどんな服を着るのかなど知るよしもなかった。
泉はいろいろ見ているが首をかしげている。
仕方なく、近くにいた若い女性店員に声をかけ、今の流行や似合っている物を選んでもらった。
なにを思ってか、店員は途中で、
「これはどうですか?」
と泉に着させ、誠の感想を聞いてきた。
確かにおしゃれをした泉はかわいかったが、どう言えばいいのかわからず、
「かわいいですね」
と答えた。
それを聞いた店員はクスクスと笑っていた。
いろいろな服を試着したりして一時間かかった。
何着かは泉が気に入った物を買った。選び終わって会計をすると、店員は未だににこにこしていた。
どうやら恋人だと思っているようだ。
商品を受け取った泉は、笑うような嬉しさの表現をしなかったが満足そうだった。
次は生活用品を見に行った。
最初に買ったものはガスコンロである。これで少なくともお湯くらいは沸かすことができるだろう。
他にも、やかんや鍋などの料理道具。電気の変わりにろうそくとマッチ、懐中電灯。
そして、食べ物や飲み物。その他必要なものを買い、今日の買い物は終わった。
小屋に戻ると、二人は始めに大掃除をすることにした。
張り付いたクモの巣や埃を落とし、割れたガラスも全部外して代わりにダンボールを入れてガムテープで固定。床も雑巾で拭いた。
途中ゴキブリやムカデ、トカゲや見たことのない昆虫を見たときはびっくりした。
特に泉は驚いて山の麓まで降りて行ったので大変だった。
二時間して見違えるくらいに綺麗になった。
掃除が終わると、誠は泉に料理の本を使って簡単なものを教え一緒にご飯を食べた。
都合よく、それなりに言葉と字など基本的に生活に訴訟を起こすようなことは覚えていたので苦労することはなかった。
陽が沈み、辺りが暗くなると、二人は近くの温泉にむかった。
しばらく風呂に入っていないから、泉の綺麗な髪はべたべたになっていた。
誠はお金を払い、泉は中に入っていった。
その隙に、誠はもう一度デパートに向かった。
泉の布団を買うためだ。
あの毛布一枚では、春だからといっても風邪をひいてしまうだろう。
手ごろなものを買うと、大きかったがなんとか持ち運んだ。
店から出る途中、文房具コーナーが目に入った。
誠はいいことを思いつき、文房具コーナーであるものを買った。
温泉の前にはすでに泉が立っていた。
髪も肌を綺麗になっており、体から石鹸の香りが漂ってきた。
泉は誠を見るとすぐに駆け寄ってきた。どうやら心配していたみたいだ。
まるで犬のようだったので少し笑ってしまった。
小屋に戻るとさっそく新しい布団を敷いた。
泉は嬉しそうに布団の上に座った。
その間に誠は袋の中からさっき文房具コーナーで買ったものを取り出し、テーブルの上に置いた。
「泉。ちょっとこっちに来てくれ」
すでに横になって寝ていた泉は布団から離れ誠の隣に座った。
誠は泉の前に文房具コーナーで買ったノートとペンを置いた。
「いいか、今日から毎日日記をつけるんだ。その日にあったことや思ったことをなんでもいいから書くんだ。さっそく、今日あったことを書いてみな」
楽しいことをノートに書いておけば、忘れても見直して思い出すことができる。
それに泉も退屈しなくてすむと思ったのだ。
泉は誠からペンを受け取ると、日記を書き進めた。
誠はいくらなんでも見てはいけないと思い、今日はこれで帰ることにした。
自宅に戻ると、湊は閑々になって怒っていた。
「こんな時間までなにしてたの?」
時刻は夜10時を過ぎていた。
誠はへらへらと笑いながら頭をかいた。
「ごめん。ちょっと……」
「ちょっとなに?」
湊はどうやっても問い詰めるようだ。
湊の目はするどく誠を見ていた。本当に怖い。
誠は泉のことを言ってもいいのか迷った。
言えば湊のことだから協力はしてくれるだろう。しかし、迷惑はかけたくなかった。
それに、もしあの小屋に泉が住んでいることがばれたりでもしたら、いじめていたやつが来て住めなくなるかもしれない。
それに、家に泊めても今度は湊もいじめの標的になるかもしれない。それだけは嫌だった。
やはり泉のことは黙っておくことにした。
「ちょっと、昔の知り合いに会っていたんだ。懐かしくなってつい話し込んでしまったんだ。夕飯も済ませてきたし」
それを聞いた湊は一つため息を吐き、なんとか許してくれた。
「そう、わかったわ。そういうことにしとく。けど、連絡くらいはちゃんとしてね」
湊は本当に心配していたようだ。誠は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「ごめんな。これからは連絡するから」
「うん」
湊の機嫌も良くなり誠は安堵の息を吐いた。
すでに沸かしてあった風呂に入り、その後すぐにベッドに倒れ泉のことを考えた。
「そういえば、泉の笑った顔まだ見てなかったな。喜んでいるのはわかるけど、できれば笑ってほしいな」
誠は泉が笑うところを想像してみた。
やはりあの可愛い顔で笑ったらもっと可愛くみえるだろう。
それに、笑うということは楽しいということだ。
つまり、自分がやっていることは間違いではないことがわかる。
それに、泉の笑顔を早くみたい。
「よ~し、絶対笑わせてやる。心から楽しい気分にさせてやるんだ」
誠はそう決意し、目を瞑ると、疲れたのかすぐに眠りについた。