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第四章 part7:虐待

 誠は朝から一人生徒会室にいた。


窓側に席を置き、さっきから降っている雨を呆然とした表情で眺めていた。雲から落ちる滴が地面や水溜りに当たり跳ねる音が耳にざわめく。


生徒会室の中はしんとした雰囲気に包まれていた。電気も点けず、薄暗い中、静かな空間ができあがっていた。


「雫……」


 誠はぼそっと呟いた。


あれから雫とは会っていない。携帯に連絡してもコールが鳴るだけで繋がらない。今日も学校を休んでいる。


 誠の頭の中ではあのとき見た傷が映し出されていた。


痛々しい傷痕。それが腕や足にまであった。


あれはどうやってできたのだろうか。何かあるはず。雫は何か隠している。


 誠は決心した。


今から雫に会いにいこう。あの、元気な笑顔を取り戻すために。


誠は立ち上がると生徒会室を後にした。




 傘をさし、降ってくる雨から逃れようとするが、それでもしぶとい水しぶきは足元に降り注ぐ。


おかげで靴や中はすでに濡れてしまっている。湿った嫌な感触を味わう。


商店街を通り、雫の家である神社を目指す。商店街は雨でも人の数は変わらず活気づいていた。車が通るたびに水溜りから水が飛んでくるのは腹が立った。


 そしてようやく目的地の階段のところまで来た。ここを登れば雫に会える。


誠は意を決し、登ろうと足を上げた。


そのとき、上のほうから誰かが降りてきた。


「雫?」


 その姿は雫ではなかった。


見た目はいかにも悪い人といっているように、紫のシャツに黒いジーパン。派手なネックレスや指輪、耳にはイヤリングとピアス。口にはタバコをくわえていた。


そしてなにより怒っているのか厳つい顔をしている。まさにヤクザとい感じを出していた。


 誠とその人は目が合った。しかし、お互い何も言わず通り過ぎた。


誠は一番上まで上り終えると、そっと後ろを振り返り、階段を見下ろした。


さっきの人は誠の来た道を行ってしまい姿を消した。


「何しに来たんだ、あの人。ヤクザが神社にお参りかな?」


 誠はどうでもいいと思い、さっそく母屋の方に足を向けインターフォンを押した。


「……はい」


 中から元気のない声が聞こえるとゆっくりとドアを開き雫が現れた。


雫は目の前にいる誠に気づくと目を開いて驚いた。


「ま、誠くん……。どうしてここに……」


「いや、やっぱり心配したから」


 そのとき、雫は勢いよく玄関の戸を閉めると鍵をかけた。


誠は突然の行為で戸惑ってしまった。


「え? ちょ、ちょっと雫! なんで閉めるんだよ!」


「……なんで。なんで来たのよ。言ったでしょ。もう、私にかまわないでって……。私のことはほっといてよ……」


 中から冷たい声が聞こえた。雫がそんなこと言うとは思わなかった。


誠は少し怖気づいたがくらいついた。


「なんだよ、その言い方。人がせっかく心配してやって来てんだぞ。なのにそんな態度取るのかよ!」


「……そうよ! だから早く帰って。もう二度とここには来ないで!」


 雫は吐き捨てるように言った。


誠は少し黙っていたが、ふっと息を吐くと口を開いた。


「そうかよ。だったら、俺はここから動かない。お前が戸を開けるまで帰らないからな!」


「え? ちょ、ちょっとやめてよ……。さっさと帰ってよ!」


「なら今からドアを開けて、俺の話しを聞け」


「……嫌よ。お願いだから帰って! お願いだから!」


 誠ははぁ~重いため息を吐いた。


そこまで言うなら仕方ない。正直言えば、あまり迷惑もかけたくはない。


「わかったよ、雫。でも、このままでいいから話しを聞いてくれ。……悩みがあるなら言え。一人で抱え込むな」


「え?」


「俺は生徒会副会長。お前のサポート役だ。サポートは助けるのが仕事だ。なにより、俺は友達が悩んでいるのをほっとけないからな」


 雫は拳をぎゅっと握った。


「誠くん……」


 誠の言葉が温かく感じた。


たしかに今ある悩みを抱えている。どうしようもできない、恐ろしき悩みを。


それは、一人でどうにかしなければならない。他人を巻き込むことはできない。


でも、誠になら……。


一瞬だが、そんな甘さを出してしまった。


「じゃあな。ちゃんと学校来いよ」


 誠は明日も行くかと思って帰ろうとした。


雫は玄関の前に誠の影がないことに気付くと咄嗟に戸を開けてしまった。


「誠くん!」


 誠は振り返ると雫を見た。雫は少しの間誠を見ると口を開いた。


「……入って。そのかわり、これからはもう私にかまわないって誓って」


「……ああ」


 誠は曖昧に返事をすると中に入った。




 中に入ると居間には行かず、すぐに雫の部屋にむかった。居間は使えないらしい。


雫の部屋は綺麗に整頓され、机には参考書や教科書、大きなベッドにふかふかのソファ。壁には制服と巫女の服がかけられてあった。


雫は紅茶を持ってくると床に座り、誠も同じように座った。


「ありがと、誠くん。……心配してくれて」


「ああ、いいよ。人が困ってたら助けないといられない性分だからな」


「……うん」


 誠は紅茶を飲みながらそっと雫を見た。


あらためて雫を見ると、その姿は痩せており、身体的にも精神的にも疲れているようでやつれていた


。元気がなく、活力が見えない瞳。服装は全身を覆い尽くすように、長袖を着ていた。


「誠くんは、何を知りたいの?」


 雫がそっと口を開き、誠は我にかえると答えた。


「……何かあったんだろ? そのわけを知りたい」


 雫は観念するかのように息を吐いた。


「今から話すこと、信じる? いや、驚くと思うけど、できるだけ冷静にいてね」


「あ、ああ」


 すると、雫は誠に背を向けた。そして、いきなり上着を脱ぎ始めた。


「え、ちょ、ちょっと雫? な、何してんだよ」


 そしてとうとう上半身を全て脱いだ。誠はさっと目を閉じ、さっと手で顔を覆った。


「誠くん、目を開けて。……真実を知りたいなら」


 誠は緊張しながらも恐る恐る目を開けた、そして雫の姿を見て驚いた。


「し、雫、……なんだよ、その傷……」


 雫の体にはいたるところに傷痕があった。腕や足だけではない。背中にも、肩や首元にも赤く腫れていたり、青い痣、重度の火傷の痕もあった。


「これを、全てやったのは……私のお父さん」


「え?」


 誠は雫の言葉が信じられなかった。


もしかして、これは虐待? いや、これはあきらかに虐待だ。親の暴行で雫は苦しんでいたのだ。


そのせいで、学校も来られなかった。しかし、


「雫。たしか、お前の親っていないんじゃ」


「うん。たしかに私は一人暮らし。でもね、お父さんが帰ってきたの。いや、見つけ出されたっていうべきかな」


「どういうことだ?」


 雫は上着を着ると語り始めた。


「実はね、私の両親は離婚したの。数年前に。それで、私はお母さんとこの神社に来た。お母さんはこの神社で子供の頃は住んでいたからね。でも、去年死んじゃった。疲労で倒れて。それから私は一人になったの。でも、寂しくなかった。霞もいるし、神社の仕事で忙しくて。生徒会の仕事は大変だけど、誠くんと出会えたし。でもね、この前来たの。お母さんを最後まで苦しめた鬼が」


「鬼?」


 雫はうなずいた。


「私のお父さんは毎日お酒やギャンブルに明け暮れて、好き勝手していったの。機嫌が悪いときはお母さんに当たって、毎日のように暴力を振るった。その様子を、私は幼いころからずっと見てた」


「その標的が次は……雫ってこと?」


 雫は小さくうなずいた。


「そんな……」


 誠は信じられなかった。親が子供にこんなことをするなんて。


誠はぎゅっと拳を握った。


「雫、お前これからもこうして生きていくつもりか?」


「……うん」


「そんな。じゃ、俺の家に来いよ。ここから逃げだそう。そしたら――」


 雫はすぐさま首を振った。


「だめだよ。そんなことしてもすぐに見つかる。それに、お父さん一人ほっとけないよ」


「あ、あんな悪いやつをかばうのかよ。いくら自分の父親でも、そんな酷いことして」


「それでも、仕方ないよ。これが運命なんだよ。私とお母さんは、あの鬼から逃れることはできない。それに、このことに他人を巻き込みたくない。だから、自分一人でどうにかしようって……」


「それで、見つけ出した答えが我慢することかよ」


 雫はそっとうなずいた。震える体で、怯えた表情でうなずく。


誠は悔しかった。


事実を知ってもなにもできないなんて。いや、それでも助けてやりたい。そこで誠はある案が思い浮かんだ。


「そうだ。雫、スカイを使え」


「え?」


「お前のスカイは願いを叶えること。だったら、自分の願いを叶えろよ」


 我ながら名案だと思った。しかし、それは無意味だった。


「だめだよ。あれは相手の願いを叶えるの。自分の願いは叶えられないよ」


「そ、そんな……」


 誠は愕然とした。もう他に方法はないのだろうか。助けることはできないのだろうか。


「それでも、雫、ここから逃げ出そう。それがいいって」


 誠は雫の手首を掴んだ。もうこうするしかない。


しかし、雫は力ずくで誠の手を振り解くと大きな声で言った。


「言ったでしょ。もう、私にはかまわないでって。そういう約束で教えたんだから。……もう、無理なんだよ。……私には、この地獄から出られないの!」


 そのとき、玄関の戸が開く音がし、2人は声を出すのを抑え、さっと静まりかえった。

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