第四章 part6:傷痕
今日も誠は生徒会室を訪れた。
しかし、中にはいつも先にいるはずの姿が無い。
生徒会長の机に雫がいなかった。いるのは霞だけ。
「霞さん。今日雫は?」
「うん。何だか用事があるって言って先に帰ったよ」
「そうですか……」
このときは、単なる用事だと思って気にもしなった。
だが、知らないところで恐ろしいことが起きていたのだ。
それからも、雫は少しずつだが生徒会室にいない日が続いた。
以前は毎日来ていたが、日が経つに連れて来ない日が多くなっていく。それほど用事が大変なのだろうか。
「どうしたんだ。雫のやつ」
誠は仕方なくこの日、霞の仕事や自分ができることをして帰った。
いつしか雫はちょくちょく学校まで休むようになった。
噂では、雫は皆勤を目指していたらしく、来ないのは珍しいとのことだ。
霞も少なからず心配していた。
「おかしいわね。雫が学校を休むなんて。前まではそうそうなかったのに」
「連絡は取ったんですか?」
「それがいくら携帯にかけても繋がらないの」
2人は首をかしげることしかできなかった。
この日、誠は生徒会室を訪れずすぐに帰った。
霞にも一言伝えてある。生徒会長がいない以上、仕事は何もできない。
湊に頼まれたので買い出しのために商店街を訪れた。
買いたい物を全て買い、家に帰ろうと足を進めると一人の姿が目に映った。
雫だった。
たくさんのビニール袋を提げ、重たそうなビールの箱詰めと焼酎などのビンを持っていた。
「おい、雫」
誠は声をかけた。その声を聞いて、雫は一瞬体をびくつかせると恐る恐る誠のほうを振り向いた。
「ま、誠くん……」
「何してんだよ、こんなところで。今日学校休んだんだろ?」
「え、ああ、うん……。ちょっと気分が悪くて」
「それなら無理すんなよ。あっ、俺持ってやるよ。重そうだし」
「う、うん。ありがと……」
誠は一番重いであろうビールの箱詰めを持ち、雫の負担を減らした。そして雫の家へと歩いていく。
2人は黙ったまま足を進めていた。一言も口を開かず、目的地目指して歩いて行く。
いつもなら雫はよく話し掛けるのだが。誠は自分から話し掛けることにした。
「雫、最近学校来ない日があるけど大丈夫か? そんなに悪いなら看病くらいするぜ」
「う、うん。ありがと。大丈夫だよ。本当に……」
本人はそう言っているが、元気が無さそうである。
「今あまり生徒会の仕事はないけど、たまには顔出せよ。霞さん心配してたぞ」
「うん。ごめんね。できるだけ顔出すね……」
それからまた沈黙。あきらかに雫の様子はおかしかった。
そして神社の階段まで着いた。
「ありがと。ここまででいいよ。あとは自分でやるから」
「大丈夫か? 無理しなくていいぞ。上まで持って行ってやるよ」
「いいから貸して!」
雫が突然叫んだ。そんな雫を見るのは初めてだった。
誠は驚いた表情になって雫を見ていた。
「し、雫……」
「ご、ごめん。本当に大丈夫だから。……本当に」
誠はそっと荷物を渡した。雫は受け取ると、重たいにも関わらず急いでいるかのように階段を登っていった。
誠はその後ろ姿を見ていた。
雫の様子はあきらかに変だった。一目見れば誰でもわかる。いったい何があったのだろうか。
誠は踵を返すと家に帰ろうとした。
そこである疑問が浮かんだ。
そういえば、今自分は重たいビールの箱詰めを持っていた。
雫は一人暮らし。なぜお酒なんて買ったのだろうか。
誠はさっと階段を見上げた。
あの先に何があるのだろうか。雫はいったい何を考えているのだろうか。
誠はごくっと生唾を飲み込むとそこから去っていった。
誠は一人生徒会室にいた。今は霞も誰いない。
窓際に椅子を置き、じっと空を眺めていた。
今にも雨が降りそうなどす黒い雲が空を覆い尽くしている。こういう天気は気分が滅入ってしまう。
しかし、誠は最初から気分が良くはなかった。
ずっと雫のことを考えていた。
なぜ学校を休むようになったのだろうか。なぜあんなにもお酒を買っていたのだろうか。
携帯に連絡しても繋がらない。あの買い物以来、雫は学校をずっと休んでいる。
「なにしてんだよ、あいつ……」
誠は携帯を握り締めながら呟いた。
そのとき、生徒会室のドアが開かれた。
そこで誠は驚きつい呟いてしまった。
「し、雫……」
ドアに前には雫が立っていた。
いつもの明るさは見ただけでないことはすぐにわかる。目は死人同様に曇っているようだった。
そんな目でじっと誠を見ていた。
「誠くん……いたんだ……」
誠は椅子から立ち上がると恐る恐る雫に話し掛けた。
「久しぶりだな。心配したんだぞ。あの買い物以来会ってないからな。今日はどうしたんだ?」
「うん。ちょっと忘れ物取りに……」
雫は中に入り、会長の机の引き出しから書類を取るとそそくさと出て行こうとした。
それを見て誠は声をかけた。
「ちょ、ちょっと待てよ、雫。前みたいに少しここでのんびりしながら話そうぜ」
「……ごめん。急いで帰らないといけないの。用事あって……」
「そ、そうか……。でも、お前けっこう学校休んでるぞ。明日からはちゃんと来いよ」
「うん。……来れたらね。あと……」
「ん?」
「……もう、私にかまわないで」
「え?」
そう言って雫は生徒会室を後にした。
誠はその場に立ち尽くし、頭の中でさっきの言葉が何度も繰り返されていた。
『……もう、私にかまわないで』
これはどういう意味なんだ? かまうなって、どういうことなんだ?
我に返った誠は雫がいないことに気づくとすぐに追いかけた。
雫はそんなに遠くに行っておらず、すぐに見つけることができた。
「待てよ、雫! さっきのどういうことだよ!」
誠は走りながら叫んだ。
雫は誠に気づくと後ろを振り向き、力のない瞳を向け、ゆっくりと口を開いた。
「……言ったでしょ。私に近寄らないでってことよ」
「言ってる意味がわかんねーよ! ちゃんと説明しろ!」
誠は雫に追いつくと即座に腕を握った。
そのとき、誠ははっと気づいた。
雫の腕には青い痣があった。大きく痛々しい傷痕。まだできて間もないものだった。
雫はそれを見られていることに気付くと、すぐに誠の腕を振り解き片方の手で覆った。
「雫……その痣」
「……何でもない。何でも……」
そのとき、雫の目から一筋の涙が流れた。
「お、おい、雫……?」
雫は涙を拭うと口を開いた。
「もう……、もう、私にかまわないで。本当に……。私のことはほっといてよ……」
そう言って雫は走って行ってしまった。誠はその後ろ姿を見て腕を伸ばしたが立ち尽くしていた。
あの痣は何だろうか。よく見れば、足や首周りにもあった。あれはいったい……。
そのとき、空からぽつぽつと雨が降り出した。冷たい滴が離れていく二人を容赦なく襲いかかる。
誠はそっと空を見上げた。
この雨は、まるで雫の心の涙のように感じた。