第四章 part4:魔女
以前までは屋上で昼食を摂っていたが、さすがに今の季節は外では冷たい風が吹いて凍えてしまう。
そこで、屋上の入り口の扉前で食べるようになった。そこでも十分に温かく、さすが私立なのか、暖房はどこにでも行き届いていた。
そんなときに、突然瞳が口を開いた。
「ねえ、2人は知ってる? 学校に出る魔女の話」
「魔女? 何だそれ。聞いたこともない」
誠はいつも通りの反応を示した。
「私知ってる。何でも願いを叶えてくれる魔女の話でしょ」
湊は元気よく手を上げると少し誠に自慢げに言った。
「うん。夜午前0時。学園の音楽室へ行き、ピアノの音が聞こえればいる証拠。そこで、ドアを開けずに願うの。『魔女さん、魔女さん。私の願いを叶えてください。それは、~です。叶うと私は幸せになります』って。その願いが通じれば、ピアノの音が止み、中から丸い光が輝きだすの。そしたら願いが叶うんだって」
「すごいよね。私も叶えて貰おうかな」
湊はにこにこと笑みを浮かべながら食事を進めていた。
「そんなの嘘に決まってるだろ。そんなので叶ったらスカイのある意味なくなるぜ」
それを聞いて瞳は少しむっとなった。
「だったらお兄さん。今夜行って確かめてくださいよ」
「ああ、いいぜ。確かめてやるよ」
誠は胸を張って自身ありげに言った。
「あっ。言い忘れてましたけど、近くにトイレがあって、そこには昔いじめられて自殺した幽霊が出るとかいう噂もありました。気をつけてくださいね」
「へん。そんなの怖くねーよ。行ってやろうじゃねーか」
ということで、誠は今夜学園に行くことになった。
そのことを、放課後雫にも話した。
「え? あの噂信じて行くの?」
「もちろん。ああまで言われたら行くしかない。嘘か本当か確かめてやる。会長も楽しみにしとけよ」
誠は紅茶を飲みながらそっと雫を見た。
雫は考えごとをしているのか、あごに手をやりぼーとしていた。
「あーい、会長。聞いてるのか?」
「え? ああ、うん。楽しみにしてるよ」
そして夜になり、誠は約束通り学園に来た。今の時刻は11時50分である。
「さて、そろそろ中に入るかな」
誠は懐中電灯を片手に音楽室へと足を進めていった。
夜の学園は不気味だった。いつも何気なく来ているのだが、少なからず恐怖心があるのか嫌に緊張してしまう。
廊下にはカツンカツンと自分の足音しか聞こえない。辺りは静けさに包まれていた。窓から差し込む月の光が廊下を照らしている。
「ええと、ここを曲がれば音楽室だな」
誠は角を曲がり、とうとう音楽室へ着いた。
時刻は11時58分。予定の時刻まであと2分である。
「ここで待ってるか。あっ、そういえば願い事はどうするかな。やっぱり一日中寝ることかな」
誠がぶつぶつと考えている瞬間、後ろからいきなり音が聞こえた。その音を聞き、誠は一瞬体をびくつかせた。
そして今日瞳が言っていたことを思い出した。
『言い忘れてましたけど、近くにトイレがあって、そこには昔いじめられて自殺した幽霊が出るとかいう噂もありました。気をつけてくださいね』
「ま、まさかな……」
誠は強張った表情でゆっくりと後ろを振り返った。
そこで誠は自分の目を疑った。女子トイレのドアが開いているのだ。なぜか電気は点いていない。
すると、突然丸い光が現れた。ゆらゆらと動き壁に張り付いている。
「う、うそだろ……。あれ、本当だったのか……」
そのとき、ドアからにゅっと手が出てきた。それを見て誠は思わず叫び声を上げると床に倒れてしまった。
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい! もう学校サボったり、授業中寝たりしません! 生徒会の仕事もちゃんとします! だから許してください!」
誠は手を合わせて必死になって固く目を瞑り願っていた。
そのときだった。
「誠くん?」
「え?」
誠は目を開くとそっと顔を上げた。
目の前には懐中電灯を手に持っている雫が立っていた。
「何してるの?」
誠は雫だと確認すると、安心し大きく安堵の息を吐いた。
「な、なんだよ、会長かよ。びっくりした~」
雫は誠を見てよく理解できず首をかしげていた。
「私を幽霊か何かと勘違いしたの?」
「そ、それより、何で会長がここにいるんだよ」
「え? あ、う、うん。ちょっとね」
「つーか何でトイレの電気点けないんだよ」
「だって、電気点けたら係員の人に見つかるでしょ。夜学園に入るのは禁止なんだから。あっ、そういえば誠あの噂確かめるって言ってたね。だからいるんだ」
そこで誠は今日来た目的を思い出した。
「そういえば時間」
今の時刻はすでに0時を回っており、3分も過ぎていた。
「ああ~あ、0時過ぎちゃったよ。ピアノの音も聞こえなかったし、やっぱり嘘だったんだな。来て損したぜ」
それを聞いて、雫はぼそっと呟いた。
「……うそじゃないよ」
「え?」
雫は懐中電灯を照らし、音楽室へと足を進め始めた。
「そこにいてね」
誠にそう言うと雫は中に入っていった。
誠は言われたとおり、その場にいてじっとしていた。
そして少ししてから突然ピアノの音が聞こえ出した。
「ま、まさか……」
誠は少し考え始め、自分の考えを信じた。そしてそっと目を閉じると口を開いた。
「魔女さん、魔女さん。俺の願いを叶えてください。それは……」
誠が願った瞬間、音楽室からピアノの音が止み、丸い光がガラス越しに輝き始めた。そしてその光はゆっくりと収まっていった。
少しして、中から雫が出てきた。
「願いは叶った?」
「ああ。今叶ったよ」
それを聞いて雫は小さく笑みを浮かべた。
「確かに叶ったね。誠くんの願いはこうだったかな。『俺の願いは、今から最初に会う人が魔女の正体でありますように』」
「ああ。その通り。……魔女の正体は会長、お前だな」
雫は拒むことなく素直にうなずいた。
「うん。……知ってたの?」
「あんなことすれば誰だってわかるだろ」
たしかに、いきなり音楽室入ってピアノが鳴り出したら入った本人が弾いているとしか思えない。
雫はくすっと笑った。
「そっか。そうだよね」
「それで、そうやって人の願いを叶えて幸せを探しているのか?」
「うん。私はスカイを使って人の願いを叶えるようになりたいってお願いしたの。これが私の力」
「でもなんでこんなまどろっこしいことするんだ? 普通に願いがあるなら私のところに来てって言えばいいのに」
「だって、自分の願いを言う相手が分かると少しは言いづらくなるでしょ。自分の願いを打ち明けるのって一人のほうがいいもん。ピアノは私がいるっていう意味。その場で願いを言えば良いってこと」
「なるほどね」
誠は納得してうなずいた。
「それで、誠くんはさっきの願いで本当に良かったの? あれで幸せになれた?」
「ああ、十分幸せだよ。誰も知らないことを知ってちょっと得した気分」
「……それじゃ」
雫は片手を前に差し出すと拳を握った。そして雫の手が光り始め、そっと開くと小さな光の球があった。それはふわふわと浮かぶと誠の胸の中に入っていった。
「会長。何だよ、今の」
「願い球。って私は言ってるの。願いを叶える源のようなもの。誠が本当に願いを叶えたいって思ったとき使って」
誠はそっと胸をさすった。そして笑みを浮かべると礼を言った。
「ありがと」
「うん。大切にしてね」
雫は満面の笑顔を見せた。
2人は校舎から出ると校門に行き着いた。
「なあ、会長。その噂を信じて来るやつってどのくらいいるの?」
「う~ん。今のところ100人くらい来たかな」
「へ~。けっこう来てるんだな。それで、みんなどんな願いを叶えて欲しいって言うんだ?」
「それは内緒だよ。プライバシーの侵害だし。そういうことは口に出さないことにしてるの。まあ、だいたい同じような願いだし」
「ふ~ん、そっか。じゃ、また明日な」
「うん。また明日」
雫はそう言うと大きく手を振って行ってしまった。
誠は雫を見届けるとそっと胸に手を添えた。
今自分は2つ目のスカイの力を手に入れたということになる。これを使うべきか。
たしかに叶えた願いはあるにはある。しかし、それは叶えていい願いなのかわからない。
この願いは自分で解決しなければいけない気がする。
誠はそっと息を吐くと夜空を見上げた。
「ま、今はいいか」
誠は冷えた体を擦りながら家に帰っていた。