第四章 part3:勧誘
新生徒会長が決まり、改めてその挨拶も済み、クラスで誰が生徒会役員に選ばれるかという話題ばかりが持ち上がっていた。
皆その話で盛り上がり、どうやって自分が役員になれるか作戦を練っている。
そんなことはお構い無しに、誠は面倒な授業も暇な休み時間も睡眠に使って体を休めていた。
部活も生徒会も忙しいことはしたくない。自分には関係ないこと。
しかし、そうも言っていられないようになった。
今日もさっさと帰ってゲームの続きをしようと少し早足で廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。
「誠くん」
誠は呼ばれた方向に振り向いた。
そこには雫が立っていた。
周りの生徒たちがこっちを見ているのが気になったが。
「よう、会長じゃないか。頑張ってるか?」
「うん。それで、ちょっといい? 話しがあるの」
「ん? ああ」
雫に誘われ、2人は生徒会室目指して歩き出した。
校舎の奥の方に位置する生徒会室は、以前までは誰も近寄らなかったが今では数多くの生徒が訪れるようになり、随分と目の前の廊下は賑やかになったそうだ。
基本、生徒会室は関係者以外立ち入り禁止だそうなので、中には入れないから来るだけだそうだ。
「ささ、入って」
雫は生徒会室の鍵を開け、扉を開くと中に促した。
中は教室と同じくらいの広さで、真ん中に各役員の席が四角形を作って位置しており、その周りにはあらゆる行事の資料や道具、連絡事項のための黒板や棚、パソコンやテレビまであった。おまけにポットなどもある。なにより、他の室とは違う独特の雰囲気を漂わせていた。
「さ、ここに座って。今紅茶持って来るね」
誠は支持されたところに座り、雫はポットから熱いお湯を出すと紅茶をカップに注いだ。そしてお菓子も用意し、それを誠の前に置くと隣の席に座った。
「はい、どうぞ。遠慮しなくていいからね」
「おお、ありがと。さっそくいただくぜ」
誠はおいしそうにお菓子を食べ、紅茶を啜った。そして一息吐くと話を戻した。
「それで、話ってなんだよ。俺に何の用?」
「うん。私が今生徒会役員を探していることは知ってるよね?」
「ああ、知ってる」
誠は紅茶を飲んでいるときにある予感が頭の中を過ぎった。
「ま、まさか……」
「うん。誠くん、生徒会役員にならない?」
「はあ!? 無理無理! 俺そんなことできないぜ!」
誠はカップを置くと思わず立ち上がってしまうほど驚いてしまった。
「お願い。誠くんしかいないの」
雫も立ち上がり、手を握り合わせてお願いしてきた。
「だいたい何で俺なんだよ。他の人に頼んだほうがずっとましだぜ」
「そこが他の人とは違うの」
「……え?」
「今誠くんは私の誘いを断ったよね?」
「あ、ああ……」
「大抵の人はすぐに承諾するの。私と仲良くなれると思って。でも、誠くんは違う。私目的じゃなく、生徒のことを考えているから断っている。仕事ができなくても、生徒のことを考える心がないとダメなの」
「そ、そんなこと言われても……」
「ね、お願い」
そう言って雫は誠の手をぎゅっと握ってきた。
綺麗な瞳を誠に向け、真剣に訴えている。そんなことされたら断るに断れない。
誠の心は少し揺らぎ始めた。
「でも俺、本当に何もできないぜ。取り得も得意なこともないし。役立つかどうかも……」
「それでも必要なの」
雫の手がさっきよりも強くなった。熱が手に伝わる。それよりも、女子にこんなにも強く手を握られたのは初めてかもしれない。
そのせいで誠の心は折れてしまった。
「……じゃ、じゃあ、役職は?」
「生徒会副会長」
「副会長!?」
「大丈夫だよ。副会長と言っても私のサポート役だから。手助けするだけ。そんなに仕事もないし。ね?」
雫は上目遣いで見てきた。可愛らしい顔が誠を捉える。
少し涙目になって訴えてくるその表情は反則ものだった。
誠は目を反らして耐えようとしたが最後にはしぶしぶうなずいてしまった。
「わかったよ。俺でよかったら何でもするよ……」
「本当に? ありがと!」
雫は飛び跳ねるほど嬉しそうに喜んだ。
誠もそれを見て、少しは入ってもよかったと思い出した。
夕食の時間。誠は今日のことを湊に話した。
「え? に、兄さんが生徒会役員? 嘘でしょ。いつ雫さんと仲良くなったの?」
「嘘じゃないぞ。ちゃんと誘われたんだ。お菓子も紅茶もおいしかった」
「でも、兄さん雫さんのこと知らなかったじゃない」
「実はな、誕生日の日に会ったんだ。それから知り合って。まあ、人生何が起きるかわからないってことだな」
「でも、ちゃんと仕事できるの?」
「ああ、まずはこのプリントを渡せられて、明日までに仕上げて来いって言われた」
誠は鞄から一枚のプリントを取り出すと湊に渡した。
「生徒会役員契約書?」
「そう。それを書いて、改めて正式に生徒会役員に任命される。自己紹介のところもあるからな。けっこう面倒な仕事だぜ」
「へ~。兄さんができるなら私も入りたかったな。でも、部活あるし」
「ま、たまに遊びに来ていいぞ。俺の権限で入れてやる。一応生徒会ナンバーツーだからな」
「うん。それじゃ、たまにね」
誠は湊からプリントを貰うと、さっさと食事を終わらせ、部屋にこもると書き始めた。
次の日から、誠は放課後生徒会室に行き、雫に与えられた仕事をこなしていった。
授業の合間の休み時間とかでは、友達にうらやましいや、お前にできるのかなどと言われた。
たしかに、こんな不真面目な生徒が生徒会に入るのはおかしいかもしれない。その噂は広まっていた。
それはまだいいのだが、なにより怖いのは、副会長という職は会長である雫と一緒にいることが多い。
おかげでファンクラブの人たちに目をつけられ、痛いような冷たいような視線を送られるようになった。
「誠くん、この資料を棚に直して」
「了解」
雫も誠のことをわかっているのか、無理な仕事は与えず簡単なことをさせる。なんとかこなすことができるので安心していた。
他にも生徒会役員はいる。主に各専門部の部長もいるのだが、その人たちは生徒会役員の中には入らず、先生たちの推薦によって決まる。この人たちは何か合ったときに使うくらい。
本物の生徒会役員は、会長の雫が選んだ全6人である。会長、副会長、書記、会計、体育委員長、文化委員長がいる。すでに何人か紹介してもらっている。
今日来ているのは、会長の雫と副会長の誠。そして、書記で雫の親友である古池霞。雫と負けず劣らす可愛く、とても優しい生徒だ。よく気が利いて頼りになる。
「はい。どうぞ」
霞はニコッと笑って紅茶を誠の前に持ってきた。
「ありがと」
誠は嬉しそうに紅茶を啜った。こんなに良い思いをするなら生徒会も悪くない。
そうやって、誠の生徒会としての仕事は進んでいった。