第四章 part2:会長
晴れて、誕生日を迎え17歳となった誠は、相も変わらず普段と同じような毎日を過ごしていた。
そして、この日は新しい生徒会長が決まったので、その引継ぎ式を行うのだ。
生徒たちは皆体育館へと移動する。
ただ一人、誠は大きな欠伸をして眠たそうにしていた。重たい瞼を閉じ、顔をうつむいて眠りに着いた。
そして準備が整い、引継ぎ式が始まった。
その瞬間、生徒たち、ほとんどが男子だが、突然立ち上がり歓声を上げ出した。
そのせいで寝ていた誠は目を覚まし、一気に眠気が吹っ飛んでしまった。
「な、なんだ?」
誠はみんなが注目しているステージの方を見た。
一人の生徒が登壇し、ステージの真ん中に立つと生徒たちに向き直った。
そこで誠は気づいた。その生徒とは、あの汐風雫だった。
「この度、新しく生徒会長に選らばれました、2年B組の汐風雫と申します。みんなのトップに立った以上、生徒全員のことを考え、この桜楼学園に貢献できるよう精一杯努めたいと思います。皆さん、これからよろしくお願いします」
雫が丁寧に頭を下げた瞬間、一斉に満場の拍手が送られた。
雫は嬉しそうに笑みを浮かべると、軽く手を振りながらステージを降りた。
誠は呆然としていた。
まさか、あの汐風雫がこんなにも人気のある生徒だったとは……。
そんなことを知らないのは、誠一人だけだったようだ。
昼休み。
屋上でいつものように湊と瞳と一緒に昼食を食べているとき、誠は2人にある質問をした。
「なあ、今日の生徒会長に選ばれた、あの汐風雫ってそんなにすごい人なのか?」
それを聞いた2人は箸を止めると、心底驚いた表情で誠を見ていた。
「うそ……。兄さん、それ本気で言ってるの?」
「冗談ですよね。いくらお兄さんでも、汐風雫さんくらい知ってますよね?」
誠はだんだんと自分が恥ずかしくなってきた。それほど有名そうなのに知らない自分は……。
「ごめん。本当に知らない……」
湊と瞳は絶望を知ったかのような表情になった。
「信じられない。兄さんがそこまでバカだったなんて。私だって知ってたのに……」
「だったら教えてくれよ」
それを瞳が教えてくれた。
「いいですか。汐風雫さんは、桜楼学園のアイドル的存在です。容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能。おまけにピアノが弾けて、歌も上手い。今回生徒会長に選ばれたことで、責任感と行動力があることが証明された。それほど、完璧で有名な生徒なんですよ。それに、密かにファンクラブもあるみたいですし」
「兄さん、本当に知らなかったの?」
「まったく知らなかった」
それを聞いた2人はため息を吐いた。
誠は改めてあの汐風雫のことを考えた。
それほどすごい人とは知らなかった。最初に会ったときも、恐らくだが汐風雫は多少驚いていただろう。
誠にとって雫の印象など、あまり見ない美少女でピアノが弾けるくらいだった。
「まあ、兄さんらしいかな。そういう噂とか疎いもんね。そういえば、今雫さん生徒会役員を探しているらしいね。副会長、書記、会計とか勧誘してるみたい」
「うん。みんなその話で持ちきりだからね。選ばれた人はすごいよね。あの汐風雫さんに信頼されてるってことだし。なにより、仲良くなるチャンスだから、男子のほとんどは狙っているみたいですよ」
湊と瞳はそれから雫の話ばかりしていた。
聞けば聞くほどどれだけすごいか見えてくる。誠は少し雫が神に思えてきた。
放課後。
さっさと帰ろうと、誠は教室を出て廊下を歩いていると一つの人だかりが目に入った。
一人の生徒を中心に生徒達が群がっている。その中心の人物は雫だった。
「雫さん、おれを生徒会役員に」
「いや、おれがいいですよ。何でもできますから」
「おれのほうができますよ」
「わたしも」
回りから口々に言われ、雫は困り果てていた。愛想笑いを浮かべどうしようか悩んでいる。
すると、雫は誠の存在に気づき目が合ってしまった。
誠は何も考えず、その状況を端から見ていた。
雫はちらちらと誠のほうを見て助けてほしそうにしていた。
誠は雫の心情を悟ると、仕方なく助けることにした。
「あれ? あそこにいるのは、あの有名なアーティストじゃないか。おい、みんな! あそこ見てみろよ。今角曲がったぞ!」
「なに?」
「マジかよ!」
生徒たちはありえない嘘話を信じ、騙されていくバカは次々に走り出した。
その間に、誠は雫の手を掴むとそこから立ち去った。
2人は誰もいない教室の中に入った。たしかここは空き室だったはず。
「ここまでくれば大丈夫だろ。それにしても、何であれで引っかかるんだ?」
雫は膝に手を当て、息を整えると誠に礼を言った。
「ありがと。助けてくれて」
「ああ、いいよ。困ってたからな」
「うん……」
雫は誠に改めて向き直るとそっと口を開いた。
「……また、会ったね。幸せは見つかった?」
「ん? ああ……、いや、多分まだ」
「そっか。いつでもいいから相談に来てね。生徒のことを考えるのが会長だから」
「ああ、ありがと。でも、何でそんなに俺の幸せが知りたいんだ?」
雫は黒板に足を進めるとチョークを取って書き始めた。
黒板には『スカイ』と書かれていた。
「誠くんは考えたことある? なぜスカイがあるのか」
「……いや、ないかも」
「私は何度もあるよ。スカイって、人を幸せにするためにあるんじゃないかな。だから、他人の願いも叶えることができるし、自分のことも叶うことができる。スカイは、何かを私たちに教えようとしてるんだよ」
雫は自分が言ったことを黒板に書いていく。
誠は一つの文字を見ていた。
『スカイ』。
それは、確かに人の望みを叶える。だが、それは良い願いもあれば悪い願いもある。
自分に取って叶えたい願いでも、他人に取っては迷惑な願いかもしれない。
それは、少なからず怖いものだと誠は思った。
だが、さすが生徒会長だった。いろんなことを考えている。
誠は書き終わった雫に話し掛けた。
「それにしても、生徒会長だったなんて知らなかったぜ。すごいな」
「え? この前選挙したよね? そのときから決まってたんだけど……」
「……忘れた」
雫はそれを聞いて可笑しそうに笑った。
「そういえば、生徒会役員集めてるんだって? 大変だな」
「うん。それが会長の最初の仕事だって」
「なんかファンクラブもあるみたいだし」
「ちょっと困るけどね。おかげであんなことになるし」
雫は重いため息を吐いた。
「でもファンクラブの奴らから選べばすぐに終わるんじゃないの?」
「あまりそういう人たちから選びたくないな。ちゃんと仕事してくれる人じゃないと後先困るし。だから、なかなか決まらないの」
「まあ、頑張ってくれよ。密かに応援してるぜ」
「うん。ありがと」
そこで雫はある疑問を誠にぶつけた。
「そういえば、誠くんって役員に入れてくれとか、私を追っかけたりしないね。ファンクラブにも入ってないみたいだし」
「いや、俺昨日まで会長のこと知らなかったし。そんなのもあることも知らなかった」
「そ、そうなんだ……」
雫は苦笑いを浮かべた。
「じゃ、俺帰るぜ。また明日な」
「うん。またね」
雫は軽く手を振って見送った。誠は鞄を持つと教室から出て行った。
雫はその後ろ姿を見て、小さく口元を緩ませた。