第四章 part1:願望
茜との夏休みが終わり、変わりようのない月日が経つと、月はあっという間に十月に入った。
茜は今ではちびっこアイドルとして人気が上昇しておりうまくいっているようだ。
少しずつ暑さは収まって涼しい風が送られるようになった。秋に近づいてきたということだろうか。
それに、十月は誠に取って大事な日があるのだ。それが唯一の楽しみだった。
十月十日。
この日学校は休み。しかし、誠は珍しくいつもより早く起きた。
台所で湊は食器を洗っていた。
「あれ? 兄さん、今日は早いんだね。いつもならまだ寝てるのに」
誠はソファに座ると笑みを浮かべながら言った。
「何言っているのだ、妹よ。一日は短い。この短い日の中でどれだけ有効に使うかが重要なのだ」
「それを毎日言ってくれたら苦労せず、朝起こしに行かなくて済むんだけど」
湊はふっと息を吐いた。
「ところで湊。今日何の日か憶えてるか?」
「え? 今日は十月十日。日曜日だね」
「それだけじゃないだろ。もっと大事な日なのだ」
「う~ん、何かな? ごめん、降参。正解教えて」
「お前、それ本気で言っているのか……?」
誠はあまりにもショックで落ち込んでしまった。
「冗談だよ、兄さん。今日は兄さんの誕生日でしょ。ちゃんと憶えてるよ」
それを聞いて誠はすぐに元気を取り戻した。
「おお! さすが我が妹。よく憶えていた」
「兄さんの誕生日くらい憶えてるよ。今から買い物行くけど、兄さんは?」
「俺はちょっと散歩に行くかな。今はそういう気分」
「わかった。夕方までには帰ってきてね。ご馳走たくさん作るから」
「ああ、ありがとう」
誠は上機嫌に鼻歌まじりでさっそく外へ足を向けた。
やっぱり自分の日だと気分が違う。変わらない空も今日は一段と綺麗に見えてしまう。
「いや~、いい天気だな」
空も誠の誕生日を祝うかのように晴れ渡っていた。
綺麗な青空が広がっている。流れる雲が軽やかに動いていた。
「さてと、どこに行くかな」
誠は空を見ながら適当に歩いて行くと、いつしか学校に着いていた。今は校門の前にいる。
習慣だろうか、つい行きたくもない場所に着いてしまった。
「学校に来ても何もないしな。他のところに行こ」
誠は方向転換した。
すると、どこからか音が聞こえた。リズムに乗った軽快な旋律。これはピアノの音だった。
誠はそのピアノの出所を探った。どうやら音楽室から聞こえるようだ。
確か、今日は吹奏楽部の練習はないはず。だから、湊は家にいたのだ。なら誰だろうか?
誠は興味本意で学校の中に入った。
誠はまっすぐに音楽室にむかった。たしかにそこからピアノの音が聞こえた。
近づくに連れ、その音はだんだんと大きく耳に届く。ドアも開いていた。
誠はそっと中に入った。そこには、一人の女子生徒がピアノを弾いていた。
髪が長く、整った可愛らしい顔、気品のある大人の雰囲気の感じを出していた。
そして演奏が終わると、静かに鍵盤から手を離し、小さく息を吐いた。
パチパチパチ
誠は思わず拍手した。それほどすばらしい演奏だったのだ。
その音で、女子生徒は誠の存在に気づいた。
「あ、ありがとうございます」
女子生徒は照れ笑いを浮かべた。笑顔も素敵なものだった。
「ピアノ上手だね。すごく良かったからつい聞き入っちゃったよ」
「ありがとう。ええと、あなたは?」
「俺は清水誠。2年生」
「私は汐風雫。同じ2年生です。よろしくね」
そう言って雫は満面の笑顔を見せた。
良く見れば、雫はとてもそこらへんでは見ないような美少女だった。
「音楽部か何かやってるの?」
「いえ、私は趣味で弾いているだけです。小さいころからやってましたから」
誠はなるほどと感心した。雫は笑みを浮かべると誠に問い掛けた。
「あの、あなたはどうしてここに? 今日学校は休みなのに」
「いや、ちょっと気分が良かったから散歩してて、気づいたら学校に着いたんだ。そしたら、いきなりピアノの音が聞こえたから。実は俺、今日誕生日で」
「まあ、それはおめでとうございます。何もあげられないけれど、言葉で祝うね」
「ありがとう」
誠は嬉しそうに笑みを浮かべた。それを見て、雫はある質問をした。
「ねえ、清水くん? だよね」
「ああ、誠でいいですよ」
「誠くんね。誠くんは願いが叶うなら何を願う?」
「え?」
いきなりそんなこと言われて戸惑ってしまった。しかし、雫の表情は遊び半分でもなく真剣だった。
誠は少し考えると一つのことが頭に浮かんだ。
「一日中寝ること……かな?」
「ね、寝ること?」
雫は思わず聞き返した。
「やっぱり寝てるときって幸せな気分になるんだよね。それで一日中寝てられたらもう最高だな」
「そ、そう……」
予想していた答えと違うのか、雫は苦笑いを浮かべていた。
そして、笑みを消すとそっと口を開いた。
「人の願望はそれぞれ違う。自分の願いが叶うときが一番の幸せを感じられる。そのために、人は努力をする」
「幸せ?」
雫はそっとうなずいた。
「誠くんはまだ幸せを知らないのかもね。それを探すのも、ちょっとおもしろいよ。それに……。もしわからなかったら私に相談にきてもいいよ。きっといいアドバイスをするから」
雫は満面の笑みを浮かべた。そして時間を確認した。
「あ、そろそろ帰らなくちゃ。またね、誠くん。明日学校で会おうね」
そう言って雫は音楽室から出て行った。
誠は雫が言った幸せのことを考えてみた。
さっきはあんなこと言ったが、実はもう自分の幸せを知っているかもしれない。
なぜなら、それを望んだから自分は……。
誠はそっと窓から空を眺めた。
あの雫は何を求めているのだろうか。もしかしたら、また会う日が来るかもしれない。
誠はそっと音楽室を後にした。
料理などの準備が整い、誠の誕生日パーティーが開かれた。
「兄さん、誕生日おめでとう」
「ありがとう、湊」
「これで、お兄さんも17歳。また一つ歳が増えたね。大人に近づいてるよ」
「いつかはそれが嫌になるけどな。嬉しいのは今だけ」
「そうだよね。ということで、はい。プレゼント」
湊は一つの包み袋を取り出した。
「おお! さすが、湊。ありがとう!」
「さっそく開けてみて」
誠はすぐに中を開けた。中には腕時計が入っていた。
「いいな、これ。かっこいい。ありがと、湊。大切にするぜ」
「うん」
誠も湊も嬉しそうに笑みを浮かび合った。そして2人は楽しく誠の誕生日を祝った。
そのとき、誠は湊にある質問をした。
「なあ、湊。湊は、何か願い事はある?」
「え? スカイのこと?」
「いや、スカイは関係なく単なる願望」
湊は少し考え始めた。そして思いつくと口を開いた。
「私の願いは、兄さんと一緒にいることかな。ただ一人の家族だし。これからもよろしくね、兄さん」
それを聞いて、誠は嬉しそうに涙ぐんだ。
「そうかそうか。兄さんはすごく嬉しいぞ。うん。うん」
「でも、本当の願いは好きな人と一緒にいることかな」
「な、なんだよそれ~!」
それからも、2人は楽しく過ごした。
そしてこの日から、誠の新しい物語が始まった。