第三章 part11:決心
桜楼学校に着いた誠、茜、湊、瞳の4人は、さっそく中に入った。
本来、校舎は全て鍵がかかっていて入れないのだが、誠のある一人の友人から聞いて一箇所だけ鍵が壊れている窓を教えてもらいそこから入った。
そして、ある教室にむかった。そこは2年C組。かつて、茜がいたクラスだ。
夏休みだからもちろん誰もいない。中は蒸し暑く、すぐに窓を開けて換気をした。
「私、2年生のクラスに入ったの初めてかも。なんか雰囲気が違う感じがする」
瞳は物珍しそうな目で辺りを見渡していた。
「瞳も窓開けるの手伝ってよ」
湊に言われ、瞳も窓開けを手伝った。
そのころ、茜はある席をじっと見ていた。ちょうど真ん中に位置する机。そう、茜の席だ。
誠は後ろから肩に手をぽんっと置いた。
「今日は最高の日にするからな」
「……うん」
誠は笑みを浮かべると手をパンと鳴らした。
「よし、一時間目の授業の始まりだ」
3人は並んで席に着いた。真ん中に茜。右には湊。左には瞳だ。誠は一人教壇の上に立っていた。
「さて、今から社会の授業を始めます。教科書はいらないから、黒板を見てください」
「え~、誠お兄ちゃんが先生なの?」
茜は驚嘆な声を上げた。明らかに不満がっている。
「な、なんだよ。俺じゃダメなのかよ。日本史なら少しはできるぞ」
「でも~」
「茜ちゃん。一時間目だけだから。ね」
湊に言われ、茜はしぶしぶうなずいた。
「まず、この問題を解いてもらおう。戦国時代。織田信長と武田軍が合戦した戦いを何と言うか。これを、茜ちゃん」
「え、えと、……長篠の戦い?」
「正解」
「やった!」
茜は大いに喜んだ。それを見て湊と瞳は拍手を送った。
「よく小学生なのにわかったね」
瞳は心底感心するような目で見た。
「次は、江戸幕府を開いた人物の名前。これを、湊」
「はい。徳川家康です」
「残念。正解は豊臣秀吉だ」
「え?」
「ちょっと、お兄さん。今の答え合ってますよ。お兄さんが間違えてどうするんですか」
「え? あれ? 豊臣秀吉じゃなかったっけ?」
「先生がそんなことでどうするんですか」
そのときみんな笑い合った。
茜もみんな可笑しそうに、そして楽しく教室の中は賑わっていた。
次の二時間目は湊が先生役をした。
「では、次は数学をします。次の問題を前に出て解いてください」
「湊お姉ちゃんが先生なら大丈夫だね」
「うん。安心して受けられるね」
茜と瞳はお互いにうなずき合った。それを聞いて誠はふんとそっぽを向いた。
「じゃあ、この因数分解を、茜ちゃん」
「はい」
茜は前に出ると問題をすらすらと解いていった。
「うん。正解です」
「やった!」
「おお~」
瞳は笑みを浮かべながら、誠は本当に感心するかのようにして拍手を送った。
「じゃ、次は瞳ね」
「うん」
瞳も同じように解いていった。それを見て湊はうなずいた。
「うん。合ってるね。じゃ、次は兄さん」
指名された誠はすでに机に屈服して寝てしまっていた。
「ちょ、ちょっと兄さん。なんでこんなときに寝てられるの?」
「う、う~ん? だって授業って全部催眠術みたいだもん。眠くなる……」
「よく遊びの授業でも寝れるわね」
瞳は苦笑いを浮かべて誠を見ていた。
授業が終わると、湊が持ってきた弁当を広げて昼食を摂った。
「茜ちゃん。授業はどうだった?」
湊はお弁当の中身を紙皿に乗せ、それを渡しながら問い掛けた。茜はそれを受け取った。
「うん。すっごく楽しかった。やっぱり良いね、高校生活って。……誰かさんはずっと寝てたけど」
「……ん?」
誠はお弁当のおかずを紙皿に盛っていった。
「まったく、お兄さんは何があろうと変わりませんね」
瞳はあきれてため息を吐いた。
午後からは部活である。運良く誰もいないグラウンドに出た。
「さて、放課後と言ったら部活だ。何する?」
誠は茜に問い掛けた。
「うん。そしたら、……バスケットしたい」
「バスケね。いいぞ」
誠は体育館からこっそりとバスケットボールを取って来ると、外にあるコートでバスケを行った。
チームは、誠と茜。湊と瞳チームである。
誠はボールを貰うと、その場でドリブルをし、すぐさま茜にパスした。それを受け取った茜はシュートすると入った。
「やった!」
「ナイスシュート」
誠と茜は喜びながらハイタッチした。
それからもバスケを続け、これで茜の望みは終わった。
「茜ちゃん。本当にこれで良かった? こんなことしかできなかったけど」
誠はバスケットでドリブルをしている茜に問い掛けた。湊と茜は飲み物を買いに行った。
「うん。すごく楽しかったよ。十分に高校生活を満喫した。もう思い残すことはないよ」
茜はシュートをすると、ボールはリングの中に収まり落ちて転がった。
「これで、……お別れだね」
誠は黙ったままだった。茜の小さな後ろ姿をじっと見ていた。
これで茜の望みは叶った。時雨さんとの約束は茜の願いを叶えること。それが達成したのなら、茜はここにいる理由はない。
「茜ちゃん。まだ家に居ていいんだぞ。夏休みはまだ何日か残っているんだ。それまで今までどおり」
「いいよ、誠お兄ちゃん。もう……いいよ」
茜はうつむいてしまった。拳をぎゅっと握っている。
「そろそろ戻らないといけないもん。ごめんね。そして、ありがとう」
茜は笑みを浮かべながらこっちを振り返った。その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「あ、茜ちゃん!」
「お兄ちゃん! 茜ちゃん! 飲み物買ってきたよ!」
校門の方から飲み物を持ってきた湊と瞳がいた。茜は大きく手を振って返事をすると湊たちの元にかけて行った。
その姿を見て、誠は悲しげな目を送っていた。
「また、お別れなんだな……」
誠は目じりを拭くと自分も湊たちの元にかけていった。
その帰り道、途中で瞳と別れ、3人で帰っているときに茜が言った。
「ねえ、誠お兄ちゃん。ちょっと寄りたいところがあるから付き合ってよ」
「え? ああ、いいぞ」
「じゃあ、私は先に帰ってご飯作って待ってるね」
湊はそう言うと、一人先に帰ってしまっていた。
「さて、暗くならないうちにさっさと用事を済ませてくるか。行こうぜ」
「……うん」
茜は元気のない返事をすると、誠の元に行き手を握りながら歩いた。
そしてそっと目を瞑った。
もう、決心しよう。これで、自分の第二の人生は終わり……。