表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/63

第三章 part10:準備

 2人の目の前には茜のお母さん、時雨さんがいた。


黒い傘を持ち、2人を哀れな目で見てくる。


そして、視線はじっとある人物を捉えていた。


「し、時雨さん。どうしてここに?」


 誠は無意識に立ち上がり口を開いた。


「いつまでもここにいてもしょうがないから、他の場所を探そうと思ったの。でも……、その必要は無くなったわね」


 そう言って、時雨さんはゆっくりと歩き出した。そして一人の人物の目の前で止まる。


その人物とは、茜だった。


茜は驚きと恐れの表情で時雨さんを見ていた。


そんな茜を見て、時雨さんはそっと呟いた。


「……茜」


 そこで誠は驚いた。


どうして? どうして茜だとすぐにわかったのだろうか。


今の茜は小学生。姿はまったく違う。なのに、なぜ……?


 時雨さんは一息吐いた。


「まったく、どおりで見つからないわけね。こんな姿じゃ、どんなに大勢で探してもわかるわけないわ」


「時雨さん。どうして茜って……」


「簡単よ。自分の娘の幼いころの顔を忘れる親がいる? ほんと、不思議だけどここにいるのは幼いころの茜にそっくりね」


 それを聞いて茜は呆然と時雨さんを見ていた。


「……お、お母さん」


 時雨さんはその場に傘を置いた。


そして、手をそっと上げると茜の頬を叩いた。


パンッという音が響く。茜の首が横を向く。


そっと顔を戻して時雨さんの表情をうかがった。右頬は赤くなっていた。


時雨は睨みつけるような目でじっと見ていた。


「茜、あんたはどれだけ人に迷惑をかけたか分かってるの。取り返しのつかないことをして、これからの人生どうするつもり?」


 時雨の言葉に、茜は力が抜けたようにぐったりとした状態で聞いていた。


「時雨さん、ちょっと待ってください。茜は、ただ思い出を作りたかっただけなんです。それなのに」


「……わかってます。さっきの話を聞いていました」


「なら、なぜ叩いたりなんか」


 時雨はゆっくりと茜の頬に触れた。そして、そのまま優しく抱きしめた。


「なら、どうして親の私に相談しなかったの?」


「え?」


 茜はそっと顔を上げた。


「悩んでるのなら、親に相談するのが当たり前でしょ。一人で思い込まずに話してくれればよかったのに」


「……お母さん」


 茜は再び涙を流しながら腕を上げると時雨を抱きしめた。小さな体で力強く。


その光景を、誠はじっと見ていた。




 3人は旅館に戻ると、汚れた体を綺麗にし、茜の怪我を治療した。


そして、湊に茜のことを全て話した。もちろん、時雨さんも一緒になって。


「この度は、大変ご迷惑をお掛けしました。このお礼はいつか必ず……」


 そう言って茜と時雨が深く丁寧に頭を下げた。


「い、いえ、いいですよ。どうか頭を上げてください」


 誠がそう促すと、2人はゆっくりと頭を上げた。


「それで、茜ちゃんはそっちに戻るの?」


 湊は寂しいという感じを出して問い掛けた。茜はうつむきながらそっとうなずいた。


「だって、これ以上迷惑かけられないから……」


 茜の表情は明らかに未練が残っていた。そんな茜を見て、誠は時雨さんに問い掛けた。


「あの、時雨さん。もう少しだけ、茜を家に泊めたらだめですか?」


「え?」


 時雨は少し驚嘆の表情になった。茜はそれ以上だった。


「まだ茜の願いは叶っていません。それが実現するまで、どうかこっちに居させて上げてください。お願いします」


 そう言って誠は頭を下げた。


「誠……」


 茜は誠を見てうっすらと涙を浮かばせていた。時雨さんはすぐに返答した。


「かまいませんよ。清水さんがそうしたいなら」


 誠は頭を上げると笑みを浮かべながら礼を言った。


「あ、ありがとうございます」


「しかし、条件があります」


「え?」


 時雨さんは笑みを浮かべながら言った。


「茜を、この時間だけ幸せにしてください」


 それを聞いて、誠は力強く返事をした。


「はい」




 誠たちは旅行から帰ると、家に戻ってきた。


「ああ~、疲れた~」


 誠はそうやってすぐさまソファに倒れた。


「もう、兄さん。寝る前にバッグ片付けてよ」


 湊はあきれながら誠のバッグを脇にどかした。


「わかったわかった」


 そこで気づいたのだが、茜の姿が見当たらない。誠は起き上がって探すと、茜は玄関で立ち往生していた。


「なにやってんだよ、茜ちゃん。そんなところにいないで早く入れよ」


「でも……」


「いつからお前は遠慮するようになったんだ。それに、ここはお前の家だろ」


「え?」


 茜は吃驚した表情をして誠を見た。


誠は笑みを浮かべながら茜を待っている。


茜も自然と笑みを浮かべると元気よくうなずいて中に入った。


「うん!」


 3人は居間に居合わせると夕食を食べることにした。疲れたので簡単にお茶漬けにした。


「それで、茜ちゃん。明日から何しようか。何かしたいことある?」


「うん。……この姿になって、いろいろ楽しい想いはしてきたけど、したいことはあれかな」


「なんだよ。言ってみろよ」


 茜は少し戸惑いながらもそっと口を開いた。


「学校で授業受けたい」


「……え?」


「だから、勉強したいの」


「茜ちゃん偉いね。あっ、ごめん。茜さん」


「いいよ、茜ちゃんで。私も変わらず湊お姉ちゃんって言うから」


「うん」


「それで、本当にそれでいいのか? もっと他に――」


「これでいいの。私そんなに授業受けてないからね。一度でいいから、楽しく授業受けたいの」


 すると、いきなり誠が立ち上がった。


「よし、俺にまかせろ。最高の授業を体験させてやる」


 誠は居間を飛び出すとすぐさま準備に取り掛かった。




 次の日。


誠は珍しく早起きをし、ある準備をしていた。


そして、とうとう計画が開始された。


「茜ちゃん! 起きろ!」


 誠は茜の部屋である床の間に入ると無理矢理起こした。


「な、何、朝から? どうかしたの?」


 茜は眠たそうな目を擦って起き上がった。


「今から学校行くぞ!」


「は? え? 学校?」


「そ。ほら、早くしないと遅刻するぞ」


「う、うん」


 茜は誠の言っていることがよく理解できなかったが、言われるままにした。


 朝食を食べ、身支度をし、制服は湊が中等部の時に使っていた物を着た。そして鞄を持たされ、3人は学校へ向かった。


「ねえ、今から何するの?」


「昨日言ったろ? 授業受けたいって。だから、今から学校行って勉強するんだよ」


「でも、そんなことできるの?」


「それができるんだよ。なぜなら俺は悪な友人が多いからな」


 誠は桜楼学園の制服を着てにやにやとにやついた。隣では、湊も一緒になって笑みを浮かべている。


「なんだか夏休みに学校行くなんて変な感じ。補習行くみたい」


 すると、後ろから声が聞こえた。


「お~い、湊~」


 そこには瞳がいた。大きく手を振ってこっちに向かってきている。ちゃんと桜楼学園の制服も着ていた。


実は、昨日瞳にも学校に来るように連絡したのだ。茜の正体のことは話していない。


「おはよう、瞳」


「おはよう、湊。それに、茜ちゃんも」


「お、おはようございます……」


 茜はぎこちなさそうな挨拶をした。


「さて、学校行きますか。早くしないと遅刻するし」


「おいおい、ちょっと。俺に挨拶無しか」


「あれ? お兄さんいたんですか?」


「ふん。先輩を敬わないとは態度の悪い後輩だ。あとで罰を与えてやる」


「はいはい。それより、今日の授業は何なの?」


「ま、それは着いてから決める」


「計画性ないね」


「なんだと!」


 こうして楽しい登校を過ごし、茜も笑っていた。


そして、とうとう学校に着いた。


茜の一日学校体験の始まりである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ