第三章 part5:事件
今日の誠は珍しく午前中に起きた。
すでに余所行きの服に着替え、出かける準備をしていた。
大きく背伸びをし、眠気と気だるさを吹っ飛ばした。
居間に足を踏み入れた誠は、ソファに座って自分で作った朝食を食べ始めた。
後から居間に入ってきた湊と茜は、誠に気づき心底驚いた表情になった。
「に、兄さん? な、何で起きてるの? 今日は何の日? 何かあったかな?」
「きっとあれだよ。湊お姉ちゃん。誠お兄ちゃん、頭がおかしくなったんだよ」
それを聞いた誠は多少怒りを込めながら二人を睨みつけた。
「俺が起きてるのがそんなに悪いか~」
誠の恐ろしい顔を見て二人はすぐに黙り込んだ。
「い、いえ、なんでもありません」
湊はすぐに謝った。
「でもさ、誠お兄ちゃん。今日はいつになく早いね。何かあるの?」
茜は誠の隣に座ると問い掛けた。
「ああ、今日は友達と遊びに行くんだよ。だから早く起きたんだ」
昨日の夜携帯に連絡があり、そういうことになった。
茜は何か思いついた顔になると、誠に向かって笑みを浮かべた。
「じゃあ」
「ダメだ」
茜が何か言おうとしたときに誠はすぐに口を開いた。
「何でよ。まだ何も言ってないじゃん」
「お前、今私も行くとか言おうとしなかったか?」
「え? そうだけど」
「そんなのダメに決まってるだろ。お前は大人しく家にいろ」
「え~」
茜は少し涙目になった。
誠は無視して食事を続ける。
別に連れて行ってもいいのだが、自分の友達が何いうかわからない。
おそらく、いろいろとからかってくるだろう。それが嫌なのだ。
「茜ちゃん、今日は私と遊ぼう。今日は部活ないし」
湊が自分たちの分の朝食を作りながら茜に問いかけた。
「本当? やった~」
茜は無邪気に喜んだ。
それを見た誠は一安心し、テーブルに置いてあったリモコンに手を伸ばすとスイッチを入れた。
「只今入ったニュースです」
たまたまつけた番組がニュースだった。
誠はそのニュースを聞くことにした。
「先ほど情報が入り、今人気アイドルの秋野茜さん十七歳が行方不明になっていることがわかりました。詳しい情報はまだですが、いなくなったのは二週間前。マネージャーや警備員が一緒に居ながらも、どこかに消えてしまったとのことです。今でも捜索は続いております」
そう言ってニュースは終わった。
誠はそこであることに気づいた。
そういえば、茜と出会ったのも二週間前だった。
誠はそっと茜を見た。
茜は少し怯えた表情が入り混じっているように見えた。
しかしすぐに元に戻った。
少し疑問を抱いたが誠は気にしなかった。
歳だってすごく離れている。茜とは何も関係ない。
誠はソファから立ち上がると、湊と茜に一言告げ家を出た。
夏休みということで、久しぶりに大いにはしゃぎ回った。
いい気分転換にもなったし、ストレス解消することもできた。
その友達と遊びに行った帰り道、誠は家に向かって歩いていると後ろから声をかけられた。
「あ、あの、すみません」
誠はそっと後ろを振り返る。
そこには一人の女性が立っていた。
ここらでは見ない高そうな服にハンドバッグ、髪は肩まであり茶色に染めており、赤いフレーズの眼鏡が印象的だった。
「何か?」
誠はその女性に問いかけた。
「その、この写真の子を見かけませんでしたか?」
その女性はバッグの中から一枚の写真を出してきた。
誠はその写真をそっと受け取った。
そこには前にも見せてもらったアイドルの写真だった。
茜と出合った商店街で、あの黒尽くめのスーツを着た人たちが見せたもの同じ。
それに、それは朝ニュースで行方不明になっている秋野茜だった。
誠はその写真を見て不思議に思った。
やはり茜に似ている。どことなく、顔つきや目などは似ている感じがした。
誠はしばらく考えたが、関係ないと思い写真を女性に返した。
「すみません。わかりませんね」
「そうですか……」
女性はしょんぼりと落ち込んでしまった。
「あ、あの、何か合ったんですか? 実は前にも同じ写真を見せられたことがあるんです。今日もニュースで見ましたし」
それを聞いた女性は、少し躊躇ったが話してくれた。
「はい……。ニュースで御察しの通り、その子は今行方不明になっています。詳しいことは私もわかりませんが、突然……」
そう言ってその女性は口を閉ざしてしまった。
本当に心配しているようで、顔色も悪そうである。
おそらく、何時間も歩きまわったのだろう。
「誘拐か何かですか?」
誠は思ったことを口にした。
女性はそれに対し首を振った。
「いえ、そういうことは無いと思います。誘拐なら犯人からの電話がありますし。この子が行方不明になってから二週間は経っていますので」
女性はうつむいてしまった。
そのとき、あるものに目が止まった。
「そのアクセサリー……」
女性は誠の首に掛けてある茜から貰った銀の十字架のネックレスに気づいた。
「ああ、これは貰ったものです」
女性はそのネックレスに触れるとそっと呟いた。
「あの子も十字架が好きでした。特にネックレスは十字架のものばかりでした」
女性は懐かしんでいる様子だった。
頭の中ではその子のことを考えているのだろうか。早く見つかって欲しいものである。
「では、見かけたらお知らせします」
「はい。ありがとうございます。お願いしますね」
誠は女性から連絡先を教えてもらうと小さく頭を下げて別れた。
家に着くと、湊と茜が待っていた。
「お帰り、兄さん」
「お帰り、誠お兄ちゃん」
二人は優しく笑みを浮かべて出迎えてくれた。
誠も自然と笑みを返した。
「ああ、ただいま」
「ねえ、兄さん。ちょっとお願いがあるんだけど」
湊が前で手を合わせてかしこまった。
「ん? なんだよ」
それを茜が答えた。
「今日ね、私も夕食作ったんだ。どっちがおいしいか比べてよ」
茜は誠の手を引っ張ると、居間に入れ、椅子に座らせた。
誠の目の前にはおいしそうな料理とよく分からない料理が並べてあった。
「なんか、おいしそうなやつもあればあまり口にしたくないようなやつもあるな……」
誠は一つの料理をじっと見た。
おそらくチャーハンだと思う。
しかし、野菜の大きさはバラバラ、米の色も白いのもあれば真っ黒なものもある。
そして、なぜか上には辛そうな塩こしょうの量が多く見える。
「さ、食べて食べて」
茜は誠にスプーンを渡した。
そしてその得体も知れない物体を口に運ぶ。
口に入れた瞬間、誠は大きくむせてしまった。
それを見た湊はすぐに水を持ってきた。
「大丈夫? 兄さん」
「ああ、大丈夫。ありがとう」
その様子を見て茜はしょんぼりとした表情になった。
「ごめん、誠お兄ちゃん。やっぱり……おいしくなかったよね」
茜はがっかりした顔でお皿を下げようとする。
誠は茜より早くお皿を取ると、再び口に入れた。
「ま、誠お兄ちゃん。そんな無理して食べなくていいよ。お腹でもこわしたら……」
しかし、誠は一度も手を休めることなく、一つ残らず綺麗に食べてしまった。
そして、茜に向き直ると優しく頭を撫でた。
「見た目はあれだったけど、おいしかったぜ。愛情がいっぱいつまってたよ。ありがと」
それを聞いた茜は満面の笑顔を浮かべると嬉しそうにうなずいた。
「うん」
「さ、私たちも食べましょう」
湊と茜も席に着き、3人で楽しい食事を始めた。
まるで、その光景は一つの家族のようだった。
小さな子どもを囲む二人。
茜はこの時間が永遠に続けばいいと思っていた。
誠と湊もそう思っていた。
その次の日、誠はお腹を壊してしまい、1日中布団の中にうずくまっていた。
茜は面目なさそうにずっと誠を看病していた。
湊はその様子を見て、小さくクスクスと笑った。