第三章 part2:試練
家に着くと、誠は茜を中に案内した。
湊はまだ部活で帰ってきていないようだ。
「おじゃまします」
茜は丁寧に中に入った。そして中を見渡した。
「小さい家……」
なにか呟いているが気にしないように努力した。
誠は茜を居間に案内し、ソファに座らせた。
「なにか飲むか?」
「はい」
誠は冷蔵庫からジュースを取り出すと、コップに注いで茜に渡した。
「ありがとう」
そう言って、茜は一口啜った。
「……安物」
また何か言っているが聞かなかったことにした。
「それで、これからどうする?」
誠は茜の向かい側に座ると問い掛けてみた。
「そうね、まずは感謝するわ。助けてくれて」
「え、ああ、どういたしまして」
「それと、お願いがあるの」
「ん? なんだよ」
「……しばらくここに泊めて」
「はあ?」
「家事でも、掃除でもなんでもするから」
と言ってもこの子は七歳のはず。家事なんてできるのだろうか。
「でも、誰かが心配するだろ? 家に帰らなくていいのか?」
「……私は、帰る場所がないから」
茜は悲しげな表情になってしまった。何か訳があるようだ。
そこで誠はあるいい考えを思いついた。
「よし、じゃあテストしよう」
「テスト?」
「そうだ。今から三つの試練を出す。それを全てクリアしたらここにいてもいいぞ」
茜は素直にうなずいた。
「わかった」
「では、まず一つ目。……炊事だ」
「炊事? ご飯を作ればいいの?」
「その通り。実は俺昼飯まだ食べていないんだ。なんでもいいからおいしいものを作ってくれ」
「わかった」
茜は立ち上がると台所にむかって料理をし始めた。
そして、数十分して誠の目の前には奇妙な物体が運び込まれた。
「……これ何?」
「オムライス」
ケチャップはわかる。しかし、卵は真っ黒だ。
「じゃあ、……いただきます」
「どうぞ」
端の方を一口持っていき口の中に入れた。
最悪だ。中のご飯までまだ芯があって固い。とても食えない。卵も焦げて味が苦い。
「判定は……」
すると、茜がまたあの涙目で訴えてきた。
卑怯だ。卑怯すぎる。こんなんじゃ判定なんかできない。不合格にしようができないではないか。
誠は仕方なく、
「ギリギリ合格」
と言った。
それを聞いた茜は喜んでいた。
そこで自分の弱点に気づいた。
涙目には弱いな~。
そして、気を取り直して二つ目の試練。
「二つ目は掃除だ。この部屋を綺麗にしてくれ」
部屋といっても、誰も使わないし、滅多に使わない床の間。
あるのは、押入れだけである。
まあ、万が一茜がこの家に住むのならこの部屋に泊まることになる。
「じゃあ、この掃除機と雑巾をつかって綺麗にしてくれ」
「わかりました」
そして、数十分経った。
「茜ちゃん、掃除は終わ……」
終わるどころか今から掃除しないといけないような状況だった。
掃除機は周りの障子を破き、水の入ったバケツは倒れて畳は水浸しだった。
「ど、どうでしょう……」
どうでしょうと言われても、一目で判定がつく。
誠は不合格と言おうとした。
すると、また茜が涙目になった。
ああ、見ちゃダメだ。あれを見たら終わりだ。
しかし、脳裏に焼きついて頭から離れない。
誠はしぶしぶ超ぎりぎり合格と言った。
弱い男だな、俺。
「さあ、次が最後の試練だ」
「はい」
茜は元気よく返事をした。
今考えれば七歳に家事や炊事は最初から無理ではないかと気がしだした。
「最後は洗濯だ。といっても洗う必要はない」
すでに洗濯は湊がしているのだ。
「茜ちゃんには干している洗濯ものを取り込んでもらう。そして、綺麗に畳むのだ」
これくらいならできるだろう。
「わかりました」
茜は気合を入れて、ベランダに出た。
誠は後ろからその様子を見ていた。
なにかあったらすぐに止めるためだ。もう自分の仕事を増やしたくない。
だが、その願いは叶わなかった。
「ああ!」
香が洗濯ものを取ろうとしたら庭に落としてしまったのだ。
「……落ちちゃった」
と言われても困る。
誠は仕方なく下まで降りて取りに言った。
その目を離したすきに、落ちている数が増えていた。
「ご、ごめんなさい」
上ではこっちを見て謝っている茜の姿がいた。
「いいよ。もう……」
誠は試練を与えたのが間違いだと今気づいた。
二人は居間にもどり、ソファに向かい合って座った。
「茜ちゃん。悪いけど、このまま置いとくには……」
すると、またもやあの目。
しかし、誠も負けていられない。心を鬼にして口を開いた。
そのときだった。
「ただいま。兄さんいる?」
ちょうど湊が帰ってきた。
「おかえり、湊。ちょっとこっちに来てくれ」
「なに?」
湊は居間に入ると、茜を見て立ち止まった。
「こんにちは」
茜は行儀よく湊に頭を下げた。
「兄さん……」
「ん?」
「とうとう……犯罪に手を染めたのね」
「なんでそうなるんだよ……」
誠は湊に今までのことを全て話した。
「そうなんだ。別に少しくらい家に住んでもいいんじゃない?」
「でもな~」
「お願いします。迷惑はかけません」
茜が丁寧にお願いしてくる。
すでに迷惑をかけているが。
湊も一緒になってお願いしてきた。
「しょうがない。しばらく泊めてやる」
「ほんとに? ありがとうございます」
茜は嬉しそうに微笑んだ。
「湊、風呂沸かしてあるから先に入れよ」
「ありがとう、兄さん。茜ちゃんも一緒に入る?」
「いえ、一人で入れます」
「え? でも……」
「大丈夫です」
「そう。じゃあ、お先にどうぞ」
「ありがとうございます」
茜は席を立つと、風呂場に足を進めた。
「しっかりとした子ね」
「うん。俺もそう思った。今どき、あんなしっかりした七歳はいないだろう」
「兄さん、可愛いからって襲ったりしないでよ」
「するわけないだろ……」
そのころ、茜は風呂の中でぶつぶつと呟いていた。
こうして誠の茜を加えた暑い夏が始まった。