第二章 part12:転校
香との恋人同士でのデートも終わり、今までのような学校生活を送っていた。
毎日一緒にいて、楽しく話して、湊たちと弁当食べて、放課後は一緒に帰って、暇なら遊びに行く。
それの繰り返し。
この関係がずっと続くと思った。
この先ずっと……。
少しずつだが、香はあまり学校に来なくなった。
理由はわからない。
先生も詳しくは知らないようだ。
岬とはもう仲直りした。
みんなわかってくれて、今では香を悪く言うものはいなくなった。
それならなぜ?
放課後の帰り道で、誠は久しぶりに学校に来た香にさっそく問い掛けた。
「なあ、香。最近学校に来ないことがあるけど何かあったのか?」
「え? 別になにもないよ」
香はいつもどおりの表情をして答えた。
「じゃあ、なんで休んだりしてるんだ?」
「ん~、ちょっと用事があってね。ごめんね、心配かけちゃって」
「いや、別にいいんだけど。まあ、無理すんなよ」
「うん。ありがとう」
気のせいだろうか。
最後だけ、香は少し元気がないように見えた。
いつもと比べれば口数も少ない。
今までは香のほうから積極的に話し掛けてきたが、今ではあまり話し掛けずに考えごとをすることが多い。
「誠」
急に呼ばれて誠は香を見た。
「忘れないでね」
「え?」
「私が消えても、いなくなっても、絶対に忘れないでね」
香の目は真剣だった。冗談ではなく本当に忘れて欲しくないようだ。
「な、何言ってんだよ。忘れるわけないだろ」
それを聞いた香は安心したかのように笑顔になった。
しかし、悲劇は突然訪れた。
朝になって、誠は机に屈服した。
今日も香は来ていない。机は寂しそうに置かれていた。
朝のホームルームが始まるとき、担任の先生は信じられないことを言ってきた。
「このクラスの朝倉香さんは、残念ながら転校することになりました」
「はあ?」
誠は勢いよく立ち上がった。
そんな話、香から一言も聞いていない。
そのとき、あの言葉を思い出した。
『私が消えても、いなくなっても、絶対に忘れないでね』
あの言葉の意味は、この意味だったのだろうか。
「朝倉さんの要望で、今日まで黙って置くことにしました。朝倉さんの夢は獣医になることで、東京の学校で勉強するそうです。10時からの飛行機に乗って行くそうです」
それを聞いて誠は時計を確認した。
今の時刻は9時。空港まで50分くらいかかる。
まだ間に合う可能性はある。
誠は教室を飛び出した。
後ろから声が聞こえるが無視した。
今は体を動かすしかなかった。
誠は学校を後にすると、空港に向かって走り出した。
途中でタクシーを捉まえ、急ぐように伝えた。
「香……、何で言ってくれなかったんだよ」
香は空港にいた。
一人大きなキャリーバックを脇に掴み、あと30分くらいして出発する東京行きの飛行機を待っていた。
「もうすぐ、この島ともお別れか。……誠」
香は目を閉じた。
誠との思い出が頭の中で走馬灯のように甦り繰り返していく。
楽しい日々が懐かしく感じる。
しかし、あの時を過ごせることはもうない。
時刻は9時40分。もうそろそろ乗らないとならない。
香はそっと後ろを振り返った。
後ろには誰もいない。
香は悲しげな笑みを浮かべると、入り口に向き直った。
「もう会えないね。……最後に伝えたかったな」
「だったら伝えてくれよ」
「え?」
香はもう一度後ろを振り返った。
香は信じられない気持ちでいっぱいだった。
そこには息を切らして膝に手を着いている誠の姿があった。
「誠……どうして」
「どうしてって、友達が行っちゃうのに平気で授業受けるようなバカはいないだろ」
「でも、どうして……」
誠は一つ息を吐くと、顔を上げ香の頭にぽんと手を置いた。
「それはこっちの台詞だ。なんで一言もなしに行くんだよ。俺たち友達だろ」
それを聞いた香は、突然目から大粒の涙がこぼれだした。
香はうつむきながら震える声で口を開いた。
「だって、……言えるわけないじゃない。離れたくないのに、別れたくないのに、ずっと一緒にいたいのに、私は……、私は……」
香が話している最中に、誠は突然香を抱きしめた。
「ま、誠……」
「もういい。もう言わなくていい。お前の気持ちはよくわかった」
「……うん、うん、ありがとう。……ごめん、誠」
誠はそっと香を離した。
「でも、なんでわざわざ東京の学校に行くんだ?」
「うん。言ったでしょ。私は獣医になりたいって。東京の学校で勉強して、自分の夢を叶えたいの」
香は少し目を誠から外すと口を開いた。
「実はね、誠と最初に会ったあの日、転校するかどうか考えてたの。迷っているときは、屋上で風にでもあたってスッキリしたほうがいいからね。でも、すでに先客がいた。それが誠だった。……私、誠のせいで決心着けなかったんだよ」
「な、なんでだよ」
「誠のおかげだから」
「え?」
「誠のおかげで、学校も楽しくなったし、友達も増えた。岬とも仲直りした。だから、なかなか決心できなかった。誠と別れたくなかったから」
「香……」
誠は照れ笑いを浮かべた。
香がいとおしい。本気でそう思った。
「それで、最後に伝えたいことってなんだよ」
「あ、そ、それは……」
香は少し頬を赤く染めながらうつむき、口を閉ざしてしまった。
「なんだよ。最後なんだから話してくれよ」
「うん。あのね……」
香はなかなか言い出せないでいた。
すると、突然顔を上げた。
「私の心読んでみて」
「え?」
「次は誠が私の心を読む番だよ。ほら」
言われたとおり、誠は考えてみた。
香が今何を考えているのか。しかし、さっぱりわからなかった。
「ダメだ。まったくわからない」
「もう、しょうがないな~」
すると、香は誠の顔に近づきそっと唇を重ね合わせてきた。
香りがキスをしてきたのだ。
誠は驚きの表情のまま、その場に突っ立っていた。
そして、そっと放すと香は耳元で囁いた。
「……好きだよ。誠」
「え?」
「大好きだよ。誠」
香は嬉しそうに誠に再び抱きついた。
「か、香?」
「大好きだよ。誠。一番愛してる。離れたくない。ずっと一緒にいたい。もっと楽しい時間を過ごしたい」
「香……」
「誠は私のことどう思ってる?」
「え、えと、それは……」
「もう~、そこは普通『俺も好きだよ』とか言うでしょ」
「お、俺も好きだよ」
「もう遅い。タイムアップです」
香は誠から離れると、少し間隔を開けて見詰め合った。
「来てくれてありがとう。嬉しかったよ。最後に自分の気持ち伝えることができたし、思い残すことはないよ」
「そうか」
「それじゃあ、最後に教えて。誠の気持ちを」
誠はそっと笑みを浮かべた。
しょうじに言うしかない。
香に隠し事はできないから。
誠は目を瞑ると、胸に手を添えた。
そして、今の自分の気持ちを考えた。
香のことも、あの秘密も。
少しして香はそっと笑みを浮かべた。
もう誠の心を読んだようだ。
「誠の気持ちわかったよ。……ありがとう」
「香、いつでも戻って来いよ。待ってるからな」
「うん。またね」
そう言って香は東京へと通じる入り口をくぐった。
誠は笑顔で行きゆく香を見送った。
誠は空港の外に出た。
透き通った空と、白い雲が泳いでいる。
そこに、飛行機が通った。
おそらく香が乗っている飛行機だろう。
誠は大きく伸びをした。
「じゃあな、香。いつか戻ってくると、信じてるよ」
誠は笑みを浮かべると、来た道を帰っていった。