第二章 part9:真相
誠は香と仲直りして、香の家の中に入った。
居間に案内され、ふかふかのソファの上に座った。
香は向かい側にお茶を持ってきて座った。
「誠の顔見たの久しぶりだな~。何か元気が出たよ」
香はいつもの表情に戻っていた。
以前と変わらない笑顔と元気を見せてくれる。
誠も笑みを返した。
「俺も香の顔見れて良かったよ。明日から学校に来いよ。湊たちも心配してたぞ」
「うん。ごめんね。心配かけちゃったね。……それより、あのことはもういいの?」
あのこととは、香の噂のことだろう。
実はそのことも香に聞きたかった。
「その噂は全部でまかせだとわかった。香に聞きたいんだが、そんな噂を広げそうな人物に心当たりはないか?」
すると、香は少し黙り込むとうつむきながら答えた。
「……一人だけ心当たりがある」
それを聞いた誠は飛びついた。
「ほ、本当か?」
「うん。誠も知っている人だよ。少し考えればすぐに思いつくと思う」
誠は考えてみた。そしてすぐに一人の名前が頭に思い浮かんだ。
「も、もしかして……」
香はゆっくりとうなずいた。
「そう。誠に噂を教えた、一河岬」
「あ、あいつだったのか……」
それなら少なからず分かる気がする。
首謀者は自分だとも言っていた。
それに香をすごく嫌っているようにも見えた。
「香は岬とどういう関係なんだ?」
「……知りたい?」
誠ははっきりとうなずいた。
「ああ。知りたい」
「わかった。話してあげる。これを話すのは誠が初めてだよ。そのかわり、嫌いにならないでね」
「なるもんか。俺は香を信じるよ」
香はそっと笑みを浮かべると、話し始めた。
香が桜楼学園中等部に所属しているとき、一番仲がよかったのが一河岬だった。
いつも一緒にいて、何をしても同じだった。
二人は信頼し合っていた。
親友だと思っていた。
だが、事件は突然起きた。
ある日、岬が落ち込んでいる姿を香は見かけた。
「岬、どうしたの?」
しかし、岬は黙ったままで何も話さない。
どんなに話し掛けても答えてくれない。
いつしか学校まで来なくなった。
心配になった香は、岬の家まで行って会いに行った。
しかし、それでも岬は話そうとしなかった。
そこで香は決心した。
友達を助けたい。
自分が力になりたい。
香は意を決し、一回しか使えないスカイを使った。
心を読めるようになりたいと。
香はその力を使って岬の心を読んだ。
岬が思い悩んでいたことは、幼いころから飼っていた大好きな犬が死んでしまったことだった。
香は岬の犬の墓に行き、誠にしたようにペットの心を読み、それを岬に伝えた。
もちろん、自分がスカイで心を読んだことも話した。
そのおかげで、岬は以前のような元気を取り戻した。
香も安心して嬉しくなった。
しかし、これは過ちだった。
ある日、岬が香にお願いをしてきた。
「ねえ、香。ちょっとお願いがあるの。香の力で、敦くんの好きな人は誰か教えてくれない?」
岬はずっと前から同じクラスの敦のことが好きだった。
スポーツ万能でかっこよく、みんなから人気があり信頼は厚かった。
「え? で、でも、なんか悪い気がする。勝手に読まれたら、誰だって嫌でしょ?」
「大丈夫だよ。ね、一生のお願い。分かったら教えてね」
「う、うん……」
あまり岬の期待を裏切りたくない。
香は仕方なく了解して放課後聞きに行った。
「ねえ、敦くん。敦くんは好きな人いないの?」
「え? す、好きな人? ……い、いないよ」
そのとき、香は敦の心を読むことに成功した。
誰でもあんな質問をすれば、ついその人のことを考えてしまう。それを利用したのだ。
香は敦の好きな人を知ることができた。
だが、それは予想外の人だった。
「そ、そうなんだ。ありがとう。じゃあ、またね」
そう言って、香は敦から離れた。
信じられなかった。
敦の好きな人があの人なんて、岬にはとても言えなかった。
放課後。
岬と一緒に帰り、さっそく聞いてきた。
「それで、敦くんの好きな人は誰だったの?」
香は少し考え込むと、歯切れの悪そうに答えた。
「う、うん。よかったね、岬。敦くん、岬のことが好きだって」
「ほ、ほんと? やったー。敦くんと両想いだったんだ」
香から聞いて、岬ははしゃぐように喜んだ。
それから二人は楽しそうに会話を弾ませ途中で別れた。
二人の絆は、この時点で完全に壊れてしまったのだった。
次の日の放課後、みんな口々にある話題の話をしていた。
香は知らなかったが、自然と心を勝手に読んでしまい知ることができた。
それは信じられない噂だった。
一河岬が敦に告白して断られたことだった。
すると、教室のドアが突然大きな音をたてた。
そこには剣幕な顔をしている岬がいた。
「岬……」
岬は香に近づいた。
そして、岬は腕を振り大きな音が教室中に木霊した。
岬が香の頬を叩いたのだ。
香はそっと叩かれた頬に触れた。
驚きと戸惑いの交じった表情で岬を見た。
クラスにいる生徒たちも二人の様子を黙って見ていた。
「最低ね、あんた。私を騙してそんなに楽しいの?」
岬の目は怒りに満ち溢れていた。
今までに見たことがない表情をしていた。
「ち、違う。私、そんなつもりじゃ……」
「じゃあ、なんでこんな嘘吐くのよ! 敦くんの好きな人はあんたなんでしょ!」
それを聞いて、香は反抗できなかった。
あのとき、敦はたしかに自分のことを思っていた。
自分の好きな人は香だと思っていた。
「で、でも……」
「あんたのせいでこんな噂までたった! あんな恥もかいてしまった!」
岬は睨みつけるような目で香を見ると冷たい声で言った。
「あんたを一生許さない。あんたを苦しませてあげるわ」
そう言って、岬は教室から出て行った。
香はその場に立ったまま、静かに涙を流していた。
そして、中等部三年生のとき、あの噂が流れた。
香は人の心を勝手に読む。
それを何でも教えてくれる。
人を平気で騙す。
もちろん、そんなことはしない。
だが、その噂はみるみるうちに広まり、香はひとりぼっちになった。
誰からも相手されず、いじめまでおきた。
香は学校に来なくなった。いきたくなかった。
しかし、自分には獣医になりたいという夢がある。
だから、我慢して留年しない程度に学校に通った。
学校に通っている期間は地獄だった。
廊下を歩くだけで、いろんな生徒の心を勝手に読んでしまい、自分の悪口が聞こえる。
自分の能力を怨んだ。消したいと何度も思った。
しかし、一度叶った願いは元には戻らない。
だから、我慢し続けた。
「そ、そんなことがあったのか……」
「うん……。でも、仕方ないよ。悪いのは全部私だもん。しょうがないよ……」
香はうつむいてしまった。
誠はそんな香を見てそっと口を開いた。
「それで、あのノイローゼになった生徒のことも嘘なのか?」
すると、香はさっきよりも暗い顔になった。体がぶるぶると震えていた。
「その話しは……ほんと」
「え?」
学校に通っている間、唯一変わらず接してくれたのが敦だった。
敦は、一人だった香に何度も話しかけ、少しでも笑顔を作れるように努めた。
おかげで、香は敦と一緒にいるときだけは楽しく笑っていた。
だが、事件は突然起きた。
敦は少しずつ学校に来なくなった。
休むことなど、これまでにそうそうなかったのに。
心配になった香は敦に家に行った。
「敦くん、どうしたの? 最近学校に来ないけど」
「香。俺、もう学校に行きたくない」
「え? な、なんで?」
「行きたくないんだ! もう俺のところにも来ないでくれ!」
「敦くん!」
それっきり、香は敦と一度も会うことはなかった。
敦は他の学校に転校してしまった。
精神がおかしくなり、たまに病院に通っているほどだ。
だが、香は敦の心を読んでいた。
敦がこんなことになってしまった理由。
それは、ある人物による精神的苦痛によるものだった。
その人物は、一河岬。
それから再び香は一人になった。
本当に孤独に陥った。
自分も転校したかった。
でも、自分にはやりたいことがある。
まだ、やり残したことが。
香はそれを成し遂げるまで、嫌でも学校に通い続けた。
話し終わり、誠は香に問い掛けた。
「香は、今でも岬に対して怒ったり、憎んだりしてる?」
その質問に、香ははっきりと首を横に振った。
「そんなこと思ったの、一度もない。私は……」
香は黙り込んでしまった。
「なんだよ。言ってみろよ」
「うん。私ね……」
香は今の自分の気持を誠に伝えた。
それを聞いた誠は笑みを浮かべた。
「香らしいな。でも、俺も協力するぜ」
「ありがとう、誠」
二人はこれからどうするかを考え、夜遅くに解散した。