第二章 part8:謝罪
誠は午後からの授業を抜け出し、急いで香の家にむかった。
早く会いたかった。
こんなに香に会いたいと思ったのは初めてだった。
早く会いたい。
そして、心から謝りたい。
もう裏切ったりしないと。
家は前に一度行ったから覚えている。だから大丈夫だ。
誠は目的地目指して、一度も立ち止まることなく走り続けた。
香は一人ベッドの中でうずくまっていた。
家には誰もいない。
静かな空気が流れていた。
外の雑音だけが耳に入ってくる。
「誠の……ばか」
少しずつ楽しくなってきた学校も、今では見たくもなくなった。
おもしろかったのは、誠が友達になってくれたから。
独りぼっちだった自分に、居場所を見つけることができたから。
誠のおかげで嫌だった学校も毎日が楽しみなった。
湊と瞳という後輩とも仲良くなった。
どれもこれも誠のおかげ。
でも、その誠に裏切られてしまった。
信じてもらえなかった。
「私って、その程度の友達だったのかな……」
香はため息を吐くとベッドから降りた。
香は居間から窓を開けると、スリッパを履いて小さな庭にいるラッキーを呼んだ。
しゃがみ込むと、そばに来たラッキーに優しく頭を撫でた。
「ラッキーはいいよね。心配事がなくて……」
ラッキーの頭を撫でながら、そっと笑みを浮かべた。
「ねえ、ラッキー。私って、そんなに信用できない人なのかな。私は信じてるのに。ずっと一緒にいたいって思う人は私から離れてく。友情運ないね、私」
無理に笑みを作る香を見て、ラッキーは悲しげな声をあげた。
「心配しないでラッキー。これで、決心がついたもん。あの話も、これで解決する。これで……よかったんだよ」
香はそっとラッキーに抱きついた。
「ほんとはね、誠に会いたかった。もう一度会いたかった。……だってね、誠は……」
すると、ラッキーが突然玄関に向かって吠え出した。
「どうしたの、ラッ……」
香は玄関を見てそこから釘付けになった。
心臓が跳ね上がりそうになった。
香はつい立ち上がってしまった。
「どうして……」
今想っていた人物、今考えていた人物、そして、会いたかった人物、誠がいた。
息を切らしながら、真っ直ぐとした視線はぶれることなく自分を見ていた。
疲れていようと、汗をかいていようと、凛々しく立っているその姿は、今までに見たことなかった。
「香……」
誠はそっと敷地内に足を踏み入れた。
少しずつ近づいてくる。
香は信じられない気持ちでいっぱいだった。
今自分の目の前に誠がいる。
もう会えないと思っていた誠が確かにいる。
そう思うだけで体が動かなかった。
そして、誠は香の目の前に立った。
「誠……」
言いたいことはいくらでもある。
しかし、今はこれだけしか口から出なかった。
すると、誠が腕を上げ香の後ろに回した。
誠は香に抱きついたのだ。
香の体が誠によって包まれていた。
誠の体温を感じる。
それだけで自分の心臓はさっきまでよりも激しく鼓動していた。
誠は抱きついたまま、耳元にそっと囁いた。
「……ごめん」
「え?」
誠の体が小刻みに震えていた。
香はただぼうぜんとしたままその場に立っていた。
「……本当にごめん。お前は信じてやれなくて、約束破って、……ごめん。本当に……ごめん」
「……誠」
「俺、何であんな噂信じたんだろう。少し考えれば、でまかせだってわかるのに。嘘だって、すぐ気づくのに。……ごめん、香。もう……裏切らないから。二度と香を傷つけたりしないから。だから……、だから……、もう一度俺を信じてくれ。こんな俺を許してくれるなら、もう一度信じてくれ。……香」
誠の締め付けがさっきまでよりも強くなった。
誠の顔は見えないけど、涙を流している顔が目に浮かぶ。
香はそっと笑みを浮かべた。
そして、下げていた手を上げ優しく抱き返した。
「香……」
「もういいよ、誠。それだけ反省していれば十分気持は伝わったよ。私……誠に会いたかった。もっと一緒にいたいと思ってた。ありがとう、誠。会いに来てくれて」
香はそっと誠を離すと、自分の前に立たせた。
誠の目からは未だに涙が流れていた。一滴ずつ頬を伝って落ちていく。
香はそっと手で誠の涙を拭うと、満面の笑みを浮かべた。
「泣かないで、誠。男の子が泣いちゃダメなんだよ」
誠は袖で無理に涙を拭うと笑顔を作った。
「何言ってんだよ。泣いてねーよ。お前こそ、泣いてるじゃねーか」
「え?」
香は自分の目じりにそっと触れた。
手には涙の滴がついていた。
自分でも気づいていないうちに、涙が勝手に出ていたようだ。
「だって……、私嬉しいもん。また、誠と一緒にいれるだけで、泣くほど嬉しいんだもん」
香は顔を手で覆い泣き出した。
そんな香を見て、誠は再び香に抱きついた。
「ごめんな。俺も、香に会いたかった。ここまで、授業サボって走ってきたんだぜ」
「ありがとう、誠」
香は顔を上げると、一番可愛らしい笑みを浮かべた。
「これからもよろしくね、誠」
その言葉を聞いて、誠は安心したような笑みを浮かべると強くうなずいた。
「ああ。こちらこそ、よろしく」
二人は笑い合った。さっきまで泣いていたのが嘘のように。