第二章 part7:調査
香と口を利かなくなって数日が経った。
誠はずっと香のことを気にかけながら学校に通っていた。
しかし、あれから香の姿を見ていない。
ずっと学校を休んでいるのだ。
先生は気分不良と聞いているらしい。
全て自分の責任だ。
それは分かっている。
しかし、今でも気持ちの整理はできていない。
あの噂が気になる。
香のことは信じたい。
でも、あの噂を少なからず信じている自分がいる。
謝ればすぐに解決するかもしれない。
だが、誠は香を裏切ってしまった。
約束したのに……。
誠はそっと香の席を見た。
どの生徒も何事もないかのようにしている。
一人のクラスメイトが何日も欠席しているのに、心配している素振りもない。
いなくても気にしないようだ。寂しいクラスである。
誠はそんなことはなかった。
あんなことがあっても心配はしている。
誠はため息を吐くと机にうつ伏せになった。
すると、岬が誠に近寄ってきた。
「どうやら、朝倉とは離れたようね」
誠は首を少し傾け、隣に立っている岬の顔を見た。
岬の表情は少し嬉しがっているように見えた。
「朝倉がいなくても、みんな何とも思っていないようね。ふふ、いい気味だわ」
その言葉に多少の腹が立った。
しかし、言い返すことはできなかった。
自分がそうさせたのだから。
誠は岬に問い掛けた。
「なあ、あの噂は本当のことなのか? どう考えても今の香はそうは見えない」
「残念ながら本当よ。あの噂はみんな知ってるわ」
「じゃあ、その噂の首謀者は誰なんだ? それに、証拠はあるのかよ」
その質問に、岬は考え込んでしまった。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「首謀者は私よ。私があの噂を流したの。ちゃんと真実を話してるわ」
それを聞いた誠は驚いた表情で岬を見た。
首謀者がここにいるなら聞きたいことは山のようにある。
「だったら教えてくれ。なんであんな噂が流れているのか」
「……いいわよ。放課後、屋上に来て」
そう言って岬はクラスから出て行った。
誠は決心した。
今日で白黒はっきりしてやる。
放課後になり、誠は約束どおり屋上に向かった。
すでに岬は来ており外を眺めていた。
誠に気づいた岬は後ろを振り向いた。
「来たわね。それじゃあ話すわよ。でも、あまり時間がないから知りたいことだけを教えてあげる」
「わかった」
二人は校庭を眺めながら話した。
岬はさっそく知りたいことを話し始めた。
「前に言ったとおり、朝倉は中学のころ人の心を勝手に読んでいたの。それでいろんな生徒の秘密を握ったわ。だから、みんな朝倉には歯向かえることができなかった。そして、次は知りたい情報を教えるようになった。お金を払えばね。その情報を聞いた生徒たちは、その人の弱みを握りいろんな悪事を働いた。先生の弱みを握っているやつもいたわ」
「それを、今でもしているのか?」
「それはわからないわ。でも、言えるのはこの噂はずっと朝倉にまとわりつく。これは言えるわ」
誠は考えた。
どうもおかしい感じがする。何か引っかかっていた。
「なあ。その噂が本当なら今はどうなんだ? みんな香の言いなりになっているわけじゃないよな。それに、香がそんな噂を知っているなら、お前をどうにかするんじゃないのか?」
その質問に、岬は黙り込んでしまった。
考えごとをしているのか、思い出しているのか、岬はなかなか口を開こうとしない。
「おい、岬。質問に答えてくれよ」
岬は歯切れの悪そうに、しぶしぶ答えた。
「え、えと、朝倉は私には何もしないんだ。理由はわからないけど。そのおかげで、今は朝倉の言いなりにならずに済んでいるんだからいいんじゃないかな」
「そうなのか……」
何かおかしい。どこかおかしいところがある。
この噂には裏がありそうな感じがした。
「それじゃあ、最後の噂。一人の男子生徒がノイローゼになった話は?」
その質問に、岬は蒼白な顔になった。腕が小刻みに震えている。
「お、おい、大丈夫か?」
「う、うん、ごめんね。大丈夫だよ。……その噂はね……」
すると、岬は時計を見て時間を確認すると、顔の前で手を合わせた。
「ごめん。もう行かなきゃ。またね」
そう言って岬は屋上を後にした。
誠はまだその場にいた。
気になった。どうしても気になった。
あの男子生徒がノイローゼになった理由。
そして、どうして岬には何も手を出さないのか。
全てを知るにはやはり本人に聞くしかない。
香に聞くしか……。
しかし、どの顔をして会いに行けばいいのだろうか。
自分は裏切った。
信じてやれなかった。
香に会う資格があるのだろうか。
誠は重いため息を吐いた。
「仕方ない。もう少し、自力で情報を集めよう」
といことで、次の日、同じクラスの皐と南に問い掛けた。
「二人はあの噂をどうやって知ったんだ?」
「う~ん、私中学は桜楼学園だったから、自然と耳に入ってきたと思う。でも、あまり覚えてないな」
皐の答を聞くと、次は南に問い掛けた。
「私は岬から聞いた。高校から桜楼学園に通い出したからね。だから当時のことはよく知らない。噂を聞いたときはびっくりしたけどね。そんなことが会ったなんて」
南はよく知らないようだから、あまり期待できる情報は得られそうになかった。
「皐は香のことどう思う?」
「う~ん、香ちゃんとはあまり関わりないけど、そんなに嫌な人には見えないな。第一印象は、明るくて元気のある生徒って感じ」
「南は?」
「私も香のことは普通の生徒に見えるわ。とてもそんな人には見えない。何かの間違いじゃないかな?」
二人とも香を悪く思っていないようだ。
少なからず、あの噂を全てうのみにしているわけではないようだ。
それを聞けただけでも誠は安堵した。
昼休みになると、次は湊たちに聞いた。
「私その噂聞いたことないかも。違う学年だし。私けっこうそういうのは疎いから」
湊はあまり知らないようだ。
「瞳、お前はどうだ?」
瞳はうなずいた。
「私は知ってますよ。その噂。二人が会う前から。言わないほうがいいと思って、口にはしませんでしたけど」
「そ、そうなのか? さすが、情報力だけはある。だったら知っていること全て教えてくれ」
「あまり詳しくは知りませんがいいですよ」
瞳は真剣な表情になると話し始めた。
「私が聞いたのは、ほとんどお兄さんの聞いたことと同じです。ただ、一つだけ気になることがあるのです」
「なんだよ、それ?」
「その噂、つまり、朝倉先輩が心を勝手に読んでお金もらって教えていたというのは、実際に行われたのはお兄さんが中等部の三年生のときのことだそうです。私たちは二年生。そう聞いています。しかし、私がその噂を聞いたのは、その一年後の三年生のときです。なにかおかしいと思いませんか?」
「私、分かったかも」
湊は少しおかしいというような顔をしていた。
「……何が?」
誠はまるで分かっていなかった。
「お兄さん、頭悪いですね。いいですか。普通噂ってそのとき、または少しあとで聞きますよね。なのに、私が聞いたのは一年後。つまり、噂は何日もしたあとに流れたということです。それに、私が二年生のころ、朝倉先輩のことは聞いたことありませんでした。お兄さんもないんじゃないですか?」
「あっ!」
そこで誠は気づいた。
おかしいと思っていたところがわかった。
どうして岬から聞かされるまで自分は噂を耳にしなかったのだろうか。
いくら学校をサボっていたからと言っても、あんなことがあれば少しくらい香のことを耳にするはず。
しかし、高等部二年生になるまで香のことはまったく知らなかった。
それに、中等部で香が学校を仕切っていたならば、自分も香のことを嫌でも知り恐れるはずだ。
でも、そんな覚えはまったくといっていいほどない。
ならば、あの噂はでまかせとなる。
「いいですか。つまりこれは、誰かが後になって流したということです。朝倉先輩に怨みを持って」
誠は今自分が本当にバカだと思った。
なぜ香を信じてやれなかったのだろうか。
なんであんな噂話を少しでも信じたのだろうか。
「お兄さん、早く朝倉先輩と仲直りしてください」
「そうだよ、兄さん。朝倉さんとまた一緒にお弁当食べよう」
二人は真剣に誠を見て言った。誠は強くうなずいた。
「ああ」
誠は立ち上がった。
もう迷いはない。心の整理も着いた。
あとは、香に会いにいくだけだ。
誠は屋上を後にすると、香の家にむかった。