全ての始まり
ピピピピピピピ
目覚まし時計が朝の7時を示している。
すでに陽は昇っており、眩しい陽射しがカーテンの隙間から部屋いっぱいに射し込んできた。
その陽射しが誠の顔に直接当たる。
誠はその眩しさから逃れるために、顔を横に向け毛布を被った。
しかし、さっきから鳴り響いている目覚し時計が眠りを妨げる。
「うるさいな……」
誠は布団の中から手を伸ばし、手探りで布団の上に置いてあった目覚し時計のスイッチを切った。
音が止まり、辺りは静寂になった。
これで眠りを妨げるものはなくなった。
心地よい暖かさで再び眠りにおちていく。眠りがだんだん深くなる。
それと一緒に、幸せも深くなる。
……そのはずだった。
「兄さん! 早く起きないと遅刻するよ!」
制服にエプロンを着け、髪の毛に小さなリボンを着けた誠の妹である湊がノックもせずに勢いよく部屋に入ってきた。
誠は依然として布団に潜り込んだままである。
「兄さん、起きて。朝だよ」
湊は誠の体を揺すって起こした。
誠は行けるところまで行けた眠りがだんだんと覚めていく。
「……も、もう少し寝かせてくれ」
「だめ。遅刻しちゃうでしょ。私も初日から遅刻したくないもの」
今日は始業式と入学式がある。
湊は今日から高校生。誠は二年生へと進学するのだ。
「なんか頭痛い。今日は休む」
「なに言ってんの。妹の大事な日だっていうのに。ほら、早く起きなさい!」
そういうと、湊は無理矢理誠の掛け布団を剥いだ。
そのせいで、冷たい空気が容赦なく誠の体に襲い掛かってくる。
誠は体を震わせながら体を起こした。
「やっと起きた。早く起きないと朝ごはん冷めちゃうよ」
「でもまだ眠い~」
誠は目を擦りながら大きく欠伸をした。
それを見た湊はあきれて一つため息を吐いた。
「夜遅くまでゲームなんかするからでしょ。早くごはん食べよ。本当に遅刻しちゃうよ」
そう言うと、湊は部屋から出ていった。
誠はくしゃくしゃになった頭をかき、しぶしぶベッドから降りると学校へ行く支度を始めた。
学校への準備が整い、鞄を持って誠は部屋を出た。
もちろん鞄の中には何も入っていない。
昨日夜遅くまでゲームをしていたせいか、体が重く感じる。
ついついやりすぎてしまった。夢中になると、なかなかやめられない。
気づいたとき、ベッドの中に入ったのは午前5時だった。
背伸びをすると、体の節々が痛む。
誠は洗面所に向かうと顔を洗い、眠気を吹っ飛ばした。
寝癖のついた髪を櫛で丁寧に梳かし、目元まで伸びた長い前髪を軽く手で整え居間に足を向けた。
「おはよう、兄さん」
「おはよう」
居間に入ると湊は朝食の準備をしていた。
一人台所に立ち、フライパンでタマゴを焼いていた。
誠はテーブルの上に置いてあったリモコンに手を伸ばすと、テレビのスイッチを入れた。
ちょうど知りたかった天気予報が映し出された。
今日は一日中快晴であり、心地良い温かさが続くようだ。
このところ晴れが続いていたので地面は濡れていない。
誠はそっと笑みを浮かべた。
「兄さん、ごはんできたよ」
テーブルには熱々の目玉焼きとハム、こんがり焼けたトースト一枚が並べてあった。
誠はテーブルの前に座り、湊と一緒に朝食を始めた。
「今日から私も高校生だね。また兄さんと学校に通えて嬉しいな」
「いつも一緒に通っているだろ。手前で別れるだけだし」
「でも、寂しかったな。違う校舎と思うだけですごく離れてる気がしたし」
湊は本当に嬉しそうで、ずっとにこにこと笑っていた。
「俺はちょっと迷惑だけどな……」
誠は湊に聞こえないくらい小さな声で呟いた。
「いってきま~す」
「いってきます」
誰もいない家に向かって言うと玄関を出た。
玄関の前には瞳が立っていた。
「おはよ、湊」
「おはよ、瞳」
麻生瞳は湊の親友だ。
中等部のころから仲良くなり、長い髪を一つに結んだポニーテールが特徴。
背が150センチと小さいが、足だけは速かった。中学から部活は陸上をしていて学校一速いのだ。
「ついでにお兄さんも、おはようございます」
「俺はついでか。おはよ、瞳」
「湊は毎朝大変ね。こんな出来損ないの兄が兄妹で」
その発言で、誠はむっとなった。
「悪かったな、出来損ないで」
誠は低い瞳の頭にポンと手を置いた。
「それより、早くしないと遅刻しちゃうよ」
湊のその一言で、誠たちは学校へ向かった。
誠たちが通う桜楼学園は小さな山の麓にある。
そこまでは誠の自宅から一本の坂道で着く。
最初は面倒だったこの坂道も、毎日のように登れば平気になってくる。おまけに体力もつく。
ここは高等部と中等部が一緒になっており、敷地内に二つの校舎がある。
中等部のときに試験を受けて合格すれば高等部には試験を受けず進学できるのだ。
しかし、ここの偏差値は意外に高く合格するのはなかなか難しい。
だが、誠は運良く受かった。
湊も同じが良いといい試験を受けた。
湊の成績なら余裕で合格できた。
十分くらい歩いて校舎が少しずつ見えてきた。
回りは桜の並木道に囲まれ、桜が舞う中を歩くといかにも入学という感じがする。
誠たち以外の新入生らしき者たちは皆保護者と同伴だった。
「瞳、お前の親は今日来ないのか?」
「うん。今日も仕事が忙しいって」
瞳はいつものことだからというように元気に振舞っている。
心の中では寂しい気持ちでいっぱいだろう。しかし、それを隠している。
瞳はいつもそうだった。人の顔色を伺い、自分はすぐに後回し。
遠慮がこいつの悪いところだ。
瞳の親は二人とも共働きで家に帰ってくるのはいつも遅い。
ときどき、誠の家に泊まりに来ることもあった。
それからは、誠は湊と瞳の後ろを着いていき、二人は学校生活に夢を含まらせ楽しそうに話をしているのを聞いていた。
そして、ついに校門が見えてきた。学校まであと少しである。
すると、誠は突然大声を上げた。
「あっ! しまった……。忘れ物した!」
「なにもしてません」
湊と瞳が声を揃えて返してきた。
誠はため息を吐くと、観念して交渉に入ることにした。
「今回くらいいいだろ? どうせ今日は始業式だけなんだから」
誠が中学生のころはよく学校を休んでいたのだ。
湊と瞳は嘘だとすぐに見破ってしまった。
「兄さんは中学のころからいつもそうやって休んでいましたからね。私が進学した以上、毎日ちゃんと学校に行ってもらいます。それに、かわいい妹の大事な入学式があるんですよ」
誠は我慢できなくなり、後ろを振り向くと思いっきり走っていった。
「あっ! 兄さん!」
「悪い、湊。今日の昼飯おごるから」
そういうと、誠は学校と反対方向に走っていき、だんだんと見えなくなっていった。
「もう、留年しても知らないんだから」
「湊も大変ね~」
瞳は二人のやり取りを見て、くすくすと笑った。
すると、湊は悲しげな表情になった。
「兄さん、私のこと嫌いなのかな……」
それを見た瞳は一つため息を吐き、湊の顔を引っ張った。
「い、痛い、痛い~。なにするの~」
「湊は笑ったほうがいいの。そんな顔しない」
「……うん」
瞳の励ましにより、湊は元気を取り戻した。
「それに、湊がいなくなったら、あのバカ兄は泣いて探すわよ」
「そうかもね」
二人は笑いながら新しい校舎に向けて足を運んでいった。
そのころ、誠は一人ある場所に向かって足を運んでいた。
このいつもの日常から、自分の運命が変わることを知らずに……。
誠の最高の一年は、全てここからが始まった。