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第二章 part4:救出

 動物園に行ってからは、香は動物の話ばかりしてくる。


本当に動物が好きだということが伝わってきた。


自分の家でも、ラッキーという犬を飼っているそうだ。


 しかし、誠に対しては眠たくなるような話である。


聞いていると瞼が重たくなる。


寝そうになったら香が叩き起こしてくる。


それほど香は、動物について聞かせたいらしい。


「ねえ、誠。今日一緒にラッキーと散歩しようよ。ラッキーも喜ぶよ」


「え~、嫌だよ。朝は眠たい」


「大丈夫。散歩は夕方でいいから。ね、お願い」


 香はいつものように手を合わせてお願いしてきた。


別に誠は部活もしていないし、用事があるわけでもない。


「しょうがないな。じゃあ、今日の夕方学校に集合な」


「うん。ありがとう」


 香は元気よく返事をすると、満面の笑顔を浮かべた。




 約束の時間になると、誠は学校に向かっていた。


着いたときには、すでに香は校門の前に立っていた。ちゃんと犬も連れている。


「あ、来てくれたんだ」


 香は誠に向かって軽く手を振った。


「約束は守る主義だからな」


「そっか」


 香は嬉しそうな笑みを浮かべていた。


「こいつがお前の犬か」


 誠はその場にしゃがみ込むと、香が飼っているラッキーの頭を撫でた。


ラッキーは大きなゴールデンレトリバーだった。


綺麗な薄茶色の毛並みをしており、ブラッシングを怠らずにやっているようにサラサラとしていた。


ラッキーは元気よく誠に向かって吠えていた。


「ラッキー。この人がいつも話している誠だよ。挨拶して」


 すると、ラッキーは一つワンと吠えた。本当に挨拶したようだった。


「こいついい子だな」


「えへへ、しっかりしつけはしてあるからね。今も、ちゃんとこんにちはって言ったんだよ」


「そうかそうか。お前の主人はさぞ厳しいのだろう。困ったら俺のところにいつでも来ていいぞ」


「そんなわけないでしょ。ラッキーは私のことが大好きだもん。ねっ、ラッキー」


 ラッキーは一つ吠えると、誠から離れ香のそばに寄った。


「ラッキーは誠より私がいいって」


 香は嬉しそうにラッキーの頭を撫でた。


「ふ~ん。じゃあ、これをラッキーに食わせるかな」


 誠はポケットからあるものを出してきた。


「何それ?」


「ふふふ。犬の大嫌いな玉ねぎだ。本当に犬にとって毒なのかなって思って」


「や、止めてよ! 本当に死んだら一生怨むからね!」


 香は本当に嫌そうで、ラッキーをかばうように抱きついていた。


「実験したかったのに……」


 誠の無茶な実験は行わず、一同はさっそく散歩を始めた。


「ラッキー、気分はどう?」


 ラッキーは元気よく吠えた。


「最高の気分だって」


「こういうときは、心を読めるって便利だな。犬の気持ちが分かれば苦労しないし」


「うん。私とラッキーは何でも話せるもんね」


 そして、少し歩くこと数分で大きな広場に到着した。


香はラッキーの首からリードを外した。


「さ、ラッキー。思う存分走り回っていいよ」


 その一言で、ラッキーは広場を走り回り出した。


「すごく速く走るな」


「うん。今日もラッキーは元気だね」


 ラッキーが走っている間、二人はベンチに腰掛けた。


広場には二人以外にも犬を連れた人もいれば、友達と遊んでいる子供もいた。


日が少しずつ傾き、周りは茜色に染まっていた。


二人はその様子を見ていた。


そのとき、香はそっと口を開いた。


「ねえ、誠。……誠は誰かに裏切られたことある?」


「裏切られたこと? ……いや、思い浮かばないな」


「私思うんだ。信じていた人に突然裏切られたらすごく苦しいだろうなって。でもね、動物はそんなことないでしょ。だから私、動物大好きなんだ。いつでも私を癒してくれる。嫌なことがあっても、辛いことがあっても、私を慰めてくれる。動物って不思議な力を持っているよね」


 香はそっと、誠のほうに顔を向けた。


誠も香の方を向く。


「誠はさ……私と友達だよね?」


 香は少し心配している表情をしていた。誠の返答を恐る恐る待っている。


誠は迷うことなく、笑みを浮かべて答えた。


「当たり前だろ。俺とお前は友達だ。裏切らないって約束したしな」


「うん」


 香は安心したように笑顔になった。


「……ありがとう……」


「ん? 何か言ったか?」


「ううん。なんでもない。ラッキー! 帰るよ!」


 香は大声で、未だに走り回っているラッキーを呼んだ。


ラッキーが香のもとに戻ると、香は嬉しそうに頭を撫でた。




 その帰り道、歩いていると突然ラッキーが吠え出した。


「ラッキー、どうしたの?」


 香はしゃがみ込むとラッキーを撫でた。


すると、香はすぐに立ち上がって走り出した。


「お、おい。香?」


 誠は香を追いかけた。


香は目の前の木の下でしゃがみ込んだ。


「おい、香。どうした……」


 誠は途中で言葉を止めた。


香の掌の上で、一羽の小鳥が倒れていた。


「この小鳥、巣から落ちたみたいなの」


 誠は目の前にある木を見上げた。


たしかに枝の根元に巣らしきものがあった。何羽かの小鳥が鳴いていた。


「ねえ、この小鳥死にそうだよ。どうしたらいいの?」


 香は必死になって誠に問い掛けた。


香の手はぶるぶる震えている。


「まずは落ち着け。こういうときこそお前の出番だ。まずその小鳥は何て言っているんだ?」


「え、えと、い、痛いって。体が痛いって。すごく弱ってるよ」


 香の目は少し潤んでいた。


それでもどうにかしようと慌てふためいている。


「まず病院に連れて行かないと。近くに動物病院はないのか?」


「あ、あそこにある。私知ってるよ」


「よし、すぐにそこに行くぞ」


「うん」


 香はすぐに走り出した。


病院に着くまで、香は小鳥にずっと話し掛けていた。


「大丈夫だよ。すぐに良くなるからね。もう少し我慢してね」


 小鳥はそれに答えるかのように小さく弱々しい声で鳴いた。


誠は香の後ろを着いていきながらその様子を見てそっと笑みを浮かべた。


 動物病院に着くと、香はすぐに獣医に小鳥を渡した。


獣医は快く引き受けてくれて、香は安堵の息を吐いた。


そして、小鳥のどこが怪我しているのか、どこが苦しいのかなど的確に伝えた。


 二人はその小鳥の治療が終わるまで待つことにした。


ラッキーは外で大人しく待っている。


香は椅子に座りながらしきりに時計を見ていた。


「大丈夫かな。……大丈夫だよね。誠」


 香はさっきから何度も誠に問い掛けてくる。本当に心配しているようだった。


「大丈夫だって。香はよくやった。あとは先生に任せよう」


「……うん」


 すると、治療室のドアが開き先生が出てきた。


香は立ち上がると先生のもとに走った。


「せ、先生。あの小鳥は……」


 先生は優しそうな笑みを浮かべた。


「もう大丈夫だよ。ニ、三日したら元どおりになるだろう」


「よ、よかった……」


 香はさっきまで我慢していた涙が溢れ、手で顔を覆った。


誠はそっと香の頭を撫でてあげた。


 病院を出たときは、すでに日が落ちて夜になっていた。


誠は香を連れ、家まで送っていくことにした。


「あの小鳥本当に良かったな。どれもこれも香のおかげだな」


「ううん。私は何もしてないよ。先生が助けたもん」


「でも、小鳥を病院まで運んだのも、どこが悪いかを教えたのも香だろ。お前は動物の命を救ったんだぜ」


「そ、そう思っていいのかな……?」


「ああ。お前は動物を救うことができたんだ。誇りに思え」


「うん」


 少しして香の家に着いた。


香の家はなかなか立派な家だった。


学校からもそんなに遠くないところにある。


「じゃあな。今日は楽しかったぜ」


「うん。散歩付き合ってくれてありがとう。またね」


 香は満面の笑顔を見せて手を振った。


ラッキーも一つ吠えた。


「じゃあな」


 誠は手を振り返すと、夜の街を歩いて行った。


 二人とも、この楽しい時間がこれからずっと続くと思っていた。


二人の絆は少しずつ離れていっていたことを知らずに。

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