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第二章 part3:動物

 香の様子がおかしいと思った日から数日が経った。


香はすでに元に戻っており、元気良く話し掛けてくるので、そんなに気にすることもなかった。


 放課後。一緒に帰っているときに、香は口を開いた。


「ねえ、誠。明日なんか用事ある?」


「明日? いや、特にないな。午前中はずっと寝ていようと思ったけど」


「だったらさ、動物園行こうよ」


「はあ? なんで動物園なんかに行くんだよ。しかもお前と」


「いいじゃん。一緒に行こう」


「それじゃあ本当に恋人同士じゃねーか。他の友達と行けよ」


 すると、香は一瞬悲しげな表情になった。しかし、すぐに笑顔を取り戻した。


「私は誠と行きたいの。ね? お願い」


 香は誠に向かって手を合わせてお願いした。


誠は一息吐くとしぶしぶ了承した。


「わかったよ。そのかわり、ちゃんと弁当作れよ」


「うん」




 そして、約束の日。


誠はベッドの上で寝ていた。


すると、上の方から声が聞こえた。


「起きて……。起きなさい……。起きないといたずらするよ~」


 誠は重たい瞼をそっと開けた。


ぼやけた視界が少しずつ見えてくる。


元に戻ったとき、誠の心臓は一瞬跳ね上がりそうになり、勢い良く飛び起きた。


目の前に香がいたのだ。


「おはよう。お目覚めはどうかな?」


「な、なんでお前がいるんだよ! それよりも、何で俺の家知ってるんだ?」


「前に心読んでしまったの。うっかり覚えちゃった。それより、早く準備して行こうよ」


 誠は眠たい目を擦り、しぶしぶベッドから降りると、出掛ける準備をした。


 二人は電車に乗り、揺られること十分くらいで目的地に着いた。


「ああ~、なんか疲れた。もう帰るか」


「今来たばかりでしょ。ほら、もうすぐ動物たちに会えるよ」


「でもよ、なんでそんなに動物園に行きたいんだ?」


「だって、動物ってかわいいじゃん。それに……動物は裏切らないから……」


「え? なに?」


「ううん。なんでもない。ほら、早く入ろう」


 香は誠の手を引っ張ると中に入っていった。


「見てみて。かわいいよ」


 香は大きな庭で木に生えている葉を食べているキリンを指差して言った。


「ねえ、知ってる? キリンの角って四本あるんだよ」


 香は誠に問い掛けた。


「四本? 寝ぼけているんじゃないのか? どう見たって二本だろ」


「わかってないな~。その二本の後ろにもう二本あるんだよ」


「マジかよ! でも、見えないな」


「ここからじゃわかんないね。次あっちに行こう」


 次は岩山に群がっているサルを見た。有名なニホンザルだ。


「かわいいね。たくさんいるよ。飼ってみたいな~」


「サルのどこがいいんだ? それにしても、あいかわらずどいつもこいつもお尻が赤いな」


「おサルさんのお尻が赤いのはね、そこだけ皮膚が薄いからだよ。つまり、あれは血液が見えてるんだ」


「そうなのか? じゃあ、サルの弱点はあそこだな」


 誠はいかにもいじわるそうな笑みを浮かべた。


「い、いじめないようにね……」


 それからもいろいろな動物を見ていった。


香はよく動物のことを知っている。見るたびにいろいろと教えてくれた。


 動物に触れる体験コーナーで、誠がウサギの耳を持って持ち上げたときは、香は怒鳴り声を上げた。


ウサギの耳はとてもデリケートで、よくアニメなどで持ち上げるシーンがあるが、ウサギはとても痛がっているらしい。


香は誠の代わりにウサギに謝りながら優しく撫でていた。


 正午を回ったところで、近くのベンチに座り昼食にした。


「今日も腕によりをかけたんだからね。味わって食べてよ」


 香はお弁当箱を広げると、紙皿とお箸を誠に渡した。


「ありがとう。うまそうだな」


 誠が箸で玉子を掴もうとすると、香が小さな声を上げた。


「あっ、いいこと思いついた。私が食べさせてあげようか?」


「は? いいよ。自分で食べる」


「そんな遠慮しなくていいのに。こんなチャンスいつ来るかわかんないよ」


「だからいいって」


「ほら、ア~ン」


 香は玉子を箸で掴むと誠の口元に持ってきた。


誠はしばらく戸惑ったが、最後は口を開けた。


「ア~ン」


 すると、香は玉子を誠の口に入れずに自分の口に入れた。


「本当にすると思った? 誠おもしろい」


 どうやら騙されたようだ。


腹が立った誠は香に背を向けると黙々と一人で食べた。


「あ、あれ? ちょ、ちょっと、誠。ごめん。謝るから機嫌治してよ」


「だったらこれを食え」


 誠は玉子を一つ持ち上げて、香の口元に持ってきた。


「ほら、口開けろよ。ア~ン」


「うっ……。こ、これで許してよ。……ア~ン」


 香は口を開けた。


すると、誠はさっきと同じように香の口に入れずに自分の口に入れた。


「なにお前もひっかかっているんだよ。ははは」


 香は呆然としていた。


誠はそれがおもしろくクスクスと笑った。


香は騙されたことに気づくと、誠に背を向けて一人で食べ始めた。


誠は香をなだめるのに苦労してしまった。


「ねえ、次はコアラ見に行こう」


 香の要望で、次はコアラを見に行った。


コアラは広いガラスケースの中に入っており、いくつかあるユーカリの木の一つに捕まっていた。


「眠たそうな顔してるね。かわいい。誠みたい」


「余計なお世話だ。それにしても、本当に眠っているな」


「コアラはね、ユーカリの葉を主食にしているんだけど、その葉はそんなに栄養分がないの。だから、一日二十時間くらい寝て、少ない栄養分で保っているんだよ」


「へえ~」


 すると、香は突然悲しそうな表情になった。


「おい、香。どうかしたのか?」


「え、あ、いや、なんでもない。次行こう」


 香は無理に笑顔を作ると次に向かった。


 次はライオンである。大きな体をしてのしのしと歩き回っていた。


「お~お~、怖い顔してるな」


「そうかな? かわいい顔してるよ」


「お前はなにを見てもかわいいって言っているな」


「だって本当だもん」


 すると、香はまたあの悲しそうな表情になった。


そして、そっと呟いた。


「……かわいそう……」


「え?」


「かわいそうだよね。こんな狭い檻に入れられて。知らない人たちに、毎日のようにじろじろ見られて。本当に……かわいそう」


「まあ、仕方ないんじゃないか? ここで働いている人たちも、ちゃんと面倒は見ているだろうし」


「でも、こんなところにいたくないはずだよ」


 すると、香は檻に手を触れた。そして、そっと口を開いた。


「このライオン、帰りたがっている」


「帰りたがっている?」


「このライオンね、前はアフリカの大草原に住んでたんだって。そこで自由に走りまわっていたの。でもね、いきなり体に何か当たって眠ってしまい、気がついたら自分は知らない場所にいたって」


「そうなのか……」


 香はこのライオンの心を読んだのだろう。


確かに、このライオンは走りたくてうずうずしているようだった。


「ねえ、誠。このライオン逃がすことできないかな? 故郷に返すことはできないのかな?」


 香は涙目になって誠に訴えてきた。


誠は小さく首を横に振った。


「……無理だろ。ここに入れられた以上、ずっとここにいるしかない。一度人間に飼われた動物は、自分一人で狩りをしたりして生きていくのは難しいからな」


「……そうだよね」


 香はうつむきながら、とぼとぼと歩くとその場を後にした。


 香はベンチに座ると肩を落としてうつむいた。


「ほら」


 誠は香に飲み物を渡した。


「ありがとう……」


 香は飲み物を受け取った。誠が隣に座ると香はそっと口を開いた。


「……今日一日中歩き回ったけどさ、どの動物もストレス溜まってたよ。見るたびにその動物の心が読めて、私に訴えてくるかのように伝わってきてさ。私動物好きだから、なんとかしてあげたいっていつも思うの。でも、なにもできない。私にはそんな力ない。どうしたらいいのかな……」


 誠はじっと香の話を聞いていた。


何も言えなかった。香みたいに自分には動物の心を読むことはできない。


誠にはどうすることもできなかった。


「私ね、将来獣医になろうって思っているんだ。獣医になっていろんな動物を助けてあげたい」


 誠はそっとうなずいた。


「いい夢だと思うぜ。香ならきっとなれるよ。俺も応援するぜ」


「うん。ありがとう」


 日が暮れだし、二人は再び電車に乗って帰った。


 電車を降りると、誠は大きく伸びをした。


「今日は楽しかったな。動物園も悪くないな」


 香は未だにうつむいていた。


「……誠。今日はごめんね。変なこと言っちゃって……」


「ん? ああ、別に気にしてないよ。それよりも、香がああ言って俺もそう思ってきたし」


 すると、香は顔を上げ笑顔を作った。


「今日はありがとう。じゃあ、またね」


「おう。またな」


 香は誠に手を振って家に帰っていった。


誠も香を見届けると家に帰っていった。


 そのやりとりを、影から一人の人物がこっそりと見ていた。

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