第二章 part1:読心
誠は今日もあの小屋に向かった。
日課というものはなかなか改善することができない。ついつい足を運んでしまう。
朝から湊に怒られながらも、誠は途中で行き先を変え山に登った。
頂上に着くといつものように綺麗な透き通った泉があり、その近くにベンチがある。そして、緑一色の芝生。
誠はそっと空を眺めた。
今日もいい天気だった。
太陽が眩しく雲一つない。
なにも変わらない日常と風景。
誠は大きく背伸びをした。
やっぱりここは落ち着く。最高の場所だ。
そして、そっと小屋のほうを振り向いた。
「泉……」
泉がいなくなっても小屋の中はそのままにしておいた。
柏葉さんも快く承諾してくれた。
誠は小屋の中に入った。
今にも泉がいそうで、料理をしていたり、宝物である熊のぬいぐるみを抱いてそうで。
だが、中には誰もいなかった。
誠はため息をついた。
毎日のように通い、何度も中に入って確かめてはがっかりする。
それの繰り返し。
なかなか克服できない。いつまでも諦めることができない。
この先これを続けるのだろうか。
誠は、テーブルに置いてある日記、携帯、ぬいぐるみ、そして写真を見た。
小さな写真立てに入れてある写真を掴むと泉を思い出す。
誠は目を閉じた。
泉の笑顔が頭に浮かぶ。
優しそうな、そして嬉しそうな笑顔。
いろんなことが思い出される。
始まりから終わりまで、すべてが甦る。
すると、誠の頬に一滴の滴が流れた。
ああ、まただ。
今日も出てきてしまった。
誠は写真を置き、手で無理矢理拭うと小屋を後にした。
午後からは授業を受けた。
しかし、内容はさっぱり頭の中に入らない。
ぼーと過ごして刻が経つのを待つだけだった。
誠は携帯を開いた。
受信ボックスを開け、泉からのメールを見た。
他愛もない雑談が続いている。
一つ一つ見ていると泉の顔が出てくる。
毎日誠が学校に行っているときはメールしてきて返信が大変だった。
ボックスの中は泉のメールで溢れている。
誠は携帯を閉じ、そっと空を見上げるとため息を吐いた。
放課後。
誠は屋上に来た。
自分でもわかっていた。
泉のことはそろそろ振り切らなければならない。
忘れるつもりはないが、いつまでも落ち込んでいるわけにはいかない。
今日で振り切るんだ。
誠は大きく息を吐き、気持ちを入れ替えようとした。
そのとき、後ろから声が聞こえた。
「あんた、まだ振り切ってないわね」
誠は声がした方向に振り向いた。
そこには一人の女子生徒がいた。
髪が長く、ぱっちりとした瞳、可愛らしい顔をしている。
どこかで見た覚えがあった。
「お前、誰だ?」
「私は朝倉香。あんたと同じクラスよ。清水誠くん」
だからか。同じクラスなら一度くらい見たことがあるだろう。しかし、話すのは初めてだった。
「振り切ってないってどういうことだ?」
香はにやにやと笑みを浮かべながら誠の隣にきた。
「まだ彼女のことを振り切ってないってことよ。そのようだと、あと一年はだめね」
誠は腹がたってきた。
いきなり話し掛けてきては失礼なことを言う。
すると、
「そんなに怒んなくてもいいでしょ。本当のことなんだから。嘘だと思うなら自分の心に聞いてみなさい」
確かに少しは振り切っていないかもしれない。
そこで、誠はあることに気づいた。
「お前、どうしてさっき俺が怒っているってわかったんだ? それに、彼女って言ったよな」
香はまた笑みを浮かべると出口に向かって歩き出した。
「その答えは自分で考えなさい。じゃあね、また会いましょう」
そういうと、香は扉を開け屋上から出て行った。
誠は試しに考えてみた。
しかし、さっぱり答えがわからなかった。
それからも誠は、毎日のように屋上に来ては泉のことを振り切ろうとした。
悔しいがあの香が言ったとおりまだ完全には振り切っていないようだ。
なかなか振り切れない。
それほど泉と過ごした時間は大切だということだろう。
すると、またもや朝倉香が来た。
「やっぱり、まだ振り切ってないみたいね」
香はにやつきながら誠に近づいた。
誠は香のことは無視することにした。
「無視するなんてひどいわね。せっかく手伝ってあげようと思ったのに」
「よけいなお世話だ。それで、ここには何しにきたんだ?」
「決まっているじゃない。空を眺めにきたの。いい天気よね」
香は空を見上げ大きく伸びをした。
「ねえ、その彼女のお墓はどこにあるのか教えてよ」
「は? なんでお前に教えないといけないんだよ」
すると、香はなにかわかったのか突然悪そうな笑みを浮かべた。
「ふ~ん。なるほど、あの山の小屋の反対側ね」
誠は驚いた。
どうして香は今自分が考えたことがわかったのだ。
まるで、心を読まれたようだ。
香は誠に手を振ると屋上から出て行った。
まさか!
悪い予感がした誠は屋上を飛び出した。
誠は急いで香を追いかけた。
しかし、校庭に出たときには、すでに香の姿は見当たらず、どこにもいなかった。
「くそ!」
誠は泉の墓に向かった。
もう絶対に行かないと誓ったが行くしかなかった。
一度も休むことなく走り続け息が苦しかった。
汗をかきながら走っていくと、墓のしるしである十字の枝が見えた。
それと一緒に人影も見えた。
その正体は香だった。
どうしてここだとわかったのだろうか。
すると、香は手を伸ばし十字に触ろうとしていた。
「やめろ!」
しかし、香は触ってしまった。
誠が墓の前に着いたときにはすでに離していた。
誠に気づいた香はそっと振り返った。
「てめぇ……なにしやがった! 泉の墓になにしたんだ!」
香は口を閉じたまま、再び泉の墓を見た。
「おい、答えろ!」
「……あんた、すごく感謝されてるんだね」
「……え?」
「京、いや、泉は、誠がいつまでもへこたれているから怒っているよ。さっさと元気出して、真面目に授業受けろってさ。泉はそう言ってる」
誠は香が言っていることがわからず、呆然と聞いていた。
「お前……いったい」
「私、心が読めるんだ」
「心?」
「じゃ、私は行くね。もちろん、この墓のことは誰にも言わないよ。泉のことも小屋のこともね。私、けっこう口堅いほうだから」
そう言って香は来た道を戻って行ってしまった。
本当に泉がそんなことを言ったかは分からなかった。
しかし、そのとおりの感じはする。
泉が今も生きているならそういうだろう。
誠は泉の墓を見た。
そこには、泉の笑った顔が映し出されたかのように見えた。
「ありがとう、泉」
誠は十字の枝に触れて礼を言うと来た道を引き返した。