表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/63

第一章 part12:日記

 泉が死んだ。


誠の頭の中では毎日そればかりが響いていた。


認めたくなくても、認めざるおえない真実。誠は放心状態に陥っていた。


学校もサボって街をぶらついている。


湊も怒るどころか心配していたが、誠は何も言わずそっとしてほしいと伝えた。


 誠はいつもの場所に向かい、そして、仰向けに倒れた。


空は何事も無いかのように青く、気持ちのいい風が吹いていた。


 誠はそっと目を閉じて考えた。


会わさなければよかったのだろうか。


しかし、泉は喜んでくれた。


もしかすると、あれは嘘で笑ったのかもしれない。


自分に気を使って……。


でも、あの笑顔は本物のように感じた。


間違いなく心から笑ってくれた笑顔だった。


誠は不思議とそうだと分かった。


あの笑顔は、本物だった。


 すると、誠の目すじから一粒の滴が流れた。


今の自分の心を癒してくれる者、満たしてくれる者は誰もいない。


心の奥底に底の無い大きな穴が空いたような気持ちだ。


この穴を元どおりにする人物は、今の自分には一人しか思い浮かばない。


「泉……」




 あの後、誠は泉を母親の隣に穴を掘り、その中に埋めてあげた。


土を被せるたびに涙が落ちて、視界が滲んで泉の顔がよく見えなかった。


最後に顔に被せるときは、胸が締め付けられるくらいに苦しかった。


綺麗な顔をしていた。


そして、何も思い残すことがないかのような顔をしていて、死んではおらずただ眠っているだけのようだった。


「……さようなら、泉。俺も楽しかったぜ」


 最後にそう別れを告げ、そっと土を被せた。


それから誠は、しばらくその場に座り込みじっと二つの墓を見ていた。


 とうとう夜が訪れた。一日が経つのは早い。


暗闇の中、後ろから足音が近づいてくるのが分かった。


誠は振り返らず、立ち止まるのを待った。


「終わったようじゃな」


 柏葉は墓の前に膝を着き、そっと手を合わせると目を閉じた。


誠はさっと立ち上がって頭を下げた。


「すいませんでした! 俺、俺、彼女を……救ってやれませんでした。……俺、泉を……泉を……喜ばせることができなかった……」


 渇ききっていたと思っていた誠の目から再び涙がこぼれた。


誠は膝が折れ、地面に手をつくとうずくまった。


柏葉は目を開けると、そっと口を開いた。


「おぬしはよくやった。彼女のためによくやってくれた。きっと喜んでいるはずじゃ。彼女が死ぬまぎは、何と言っとった?」


 誠は涙を袖で無理に拭うと答えた。


「……ありがとう……幸せだったって……」


 老人はそっとうなずいた。


「ならば、十分じゃろう。ほれ、いつまでも悲しんでおらんで、最後くらい笑ってやれ」


 誠は腕で涙を拭き、顔を上げると無理矢理笑顔を作った。


「泉、俺忘れないからな。お前と過ごした時間は決して忘れない」


 誠は頭を下げると墓に背を向け行ってしまった。




 帰る途中、泉の小屋が目に入った。


あの小屋にも泉との思い出がたくさん詰まっている。


最後に見ておこうと思い、ドアを開け中に入った。


 ろうそくに火を点け、あらためて中を見渡した。


一つ一つが泉との過ごしてきた時間を思い出させてくれる。


家具も必要品もすべて買ってあげた。十分に住める環境になった。


 誠は熊のぬいぐるみを抱いて布団の上に座った。


誠はぬいぐるみを抱きながら数々の場所を見て泉を思い出した。


 料理をしている泉。


誠は料理道具を見ると、自分の口にそっと触れた。


「泉の料理はおいしかったな。また、食べたいな……」


 携帯でテレビを見ている泉。誠は携帯を手に取った。


「あの占い本当に当たったからな。でも、最高の思い出を作ってくれた……」


 布団で気持ち良さそうに寝ている泉。


誠は布団に触れるとそっと擦った。


「一度一緒に寝たことがあったな。すごく緊張したな。でも、初めて泉の気持ちがわかったのは、このときだったな……」


 ぬいぐるみを抱いている泉。


誠はぬいぐるみを自分の目の前に持ち上げた。


「お前は幸せもんだな。あんな優しいやつが主人で。未だに新品同様綺麗だな。……あいつの一番に宝ものなんだからな、絶対壊れんなよ」


 そして、日記を書いている泉。


そこで誠は日記の存在を思いだした。


「日記……」


 誠は立ち上がると日記を探し始めた。


「ない! ない! くそ! どこにあるんだ!」


 あっちこっち探し回ると、日記は布団の下に隠されていた。


表紙にはちゃんと名前も書いてある。


誠はテーブルの上に置くとそっとページを捲った。


 四月八日。


誠くんが助けてくれた。他人の私を助けてくれた。誠くんはとても優しく接してくれた。いろいろなものを買ってくれて喜ばせてくれた。すごく嬉しかった。


 四月十一日。


誠くんが初めて小屋に泊まった。誠くんが自分を大切にしていると言ってくれた。とても嬉しかった。誠くんは、ただ一人の家族のように感じれた。


 四月十二日。


遊園地に行った。誠くんは楽しそうにしていた。いろいろな乗り物に乗り、誠くんはジェットコースターに乗ったら怖がっていた。最後に熊のぬいぐるみをプレゼントしてくれた。私の一番の宝物。


 四月十九日。


誠くんが眠かったのか、なかなか起きなかった。学校を遅刻した。寝顔を見られてちょっとラッキーだった。


 五月十三日。


小屋が雨漏りで大変だった。けど、誠くんがすぐに治してくれた。誠くんは雨でびしょ濡れになっていた。誠くんはなんでもできてすごいと思った。


 五月十四日。


誠くんが風邪を引いた。なんとか誠くんの看病をしようと誠くんの家に向かった。途中で道に迷ってしまった。でも、すぐに誠くんが迎えに来てくれた。すごく嬉しかった。誠くんは怒ったけど、心配してくれていた。そのとき、私はこんなにも大事にされていると思えた。誠くんは優しい。


 五月十六日。


誠くんの家で写真を撮った。誠くんは楽しそうに笑っていた。その写真を見て、誠くんはいつも自分のそばにいると思えた。すごく安心できた。


 六月六日。


誠くんがお母さんに会わせてくれた。誠くんはお父さんに合わせてくれると約束してくれた。誠くんは涙を流していた。悲しいことがあったからだと思う。慰めてあげたかった。でも、自分にはできなかった。だから、悔しかった。


 六月七日。


誠くんがお父さんに合わせてくれた。そして、私の記憶が甦った。昔のことをいろいろ思い出した。誠くんはずっと心配してくれた。私は、覚悟した。


 そこで日記は終わった。


他にも毎日日記は書かれてあった。


誠の手は震えていた。


日記の上には何粒もの小さな丸が落ちて染みになった。


「……あのバカ……自分のことじゃなく、俺のことばかり書きやがって……」


 誠は日記を握り締めた。


くしゃくしゃになろうと構わなかった。


力強く握り締めた。


「……泉、……泉」


 すると、日記から一枚の紙が出てきた。


1ページを半分に折り曲げてあった。


誠はそれに気づくと手を伸ばし広げて読んでみた。


そこにはこう書かれてあった。


『誠くん、これを呼んでいるって言うことは私の日記見たんだね。絶対見ちゃダメって言ったのに。でも、見られるのは覚悟してた。だから、この手紙を書きました。


 本当にありがとう。言いたくても言い切れないほど感謝しています。何か恩返ししたいけど、今の私にはなにもできません。ごめんなさい。でも、誠くんと過ごした日々は忘れない。なにがあっても絶対に。あんなに楽しかったのは久しぶりだった。本当に幸せだった。両親にも会えたし。とても嬉しかった。


 最後に誠くんに伝えることがあります。誠くんはこれだけは忘れないで欲しい。この先なにがあっても。


私は、誠くんのことが好きです。


こんなに人を好きになったのは初めてです。もっと一緒にいたかった。この想いを直接伝えたかった。たくさんの思い出を一緒に作りたかった。


でも、言えば覚悟が無くなると思ったから手紙に書きました。覚えてくれたら、きっと安らかに眠れます。本当にありがとう』


 手紙には、ところどころ染みになっていた。


泉は泣きながら書いたようだ。


この時点で、死ぬ覚悟をしていたようだ。


「泉……」


 誠は手紙を強く握りしめた。


ぶるぶると震えていた。


泣いた。声を上げ、おもいっきり泣いた。


声が枯れようと、涙が涸れようと泣き続けた。


こんなに悲しいのはあの時いらいだった。


その泣き声は、一晩中小屋から響き続いた。




 朝になって小屋を出ると、誠は大きく息を吐き、透き通ったような綺麗な空を見上げた。


「お前の分まで生きるからな。泉」


 誠は小屋を一目見ると、ゆっくりと山を降りていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ