第一章 part12:日記
泉が死んだ。
誠の頭の中では毎日そればかりが響いていた。
認めたくなくても、認めざるおえない真実。誠は放心状態に陥っていた。
学校もサボって街をぶらついている。
湊も怒るどころか心配していたが、誠は何も言わずそっとしてほしいと伝えた。
誠はいつもの場所に向かい、そして、仰向けに倒れた。
空は何事も無いかのように青く、気持ちのいい風が吹いていた。
誠はそっと目を閉じて考えた。
会わさなければよかったのだろうか。
しかし、泉は喜んでくれた。
もしかすると、あれは嘘で笑ったのかもしれない。
自分に気を使って……。
でも、あの笑顔は本物のように感じた。
間違いなく心から笑ってくれた笑顔だった。
誠は不思議とそうだと分かった。
あの笑顔は、本物だった。
すると、誠の目すじから一粒の滴が流れた。
今の自分の心を癒してくれる者、満たしてくれる者は誰もいない。
心の奥底に底の無い大きな穴が空いたような気持ちだ。
この穴を元どおりにする人物は、今の自分には一人しか思い浮かばない。
「泉……」
あの後、誠は泉を母親の隣に穴を掘り、その中に埋めてあげた。
土を被せるたびに涙が落ちて、視界が滲んで泉の顔がよく見えなかった。
最後に顔に被せるときは、胸が締め付けられるくらいに苦しかった。
綺麗な顔をしていた。
そして、何も思い残すことがないかのような顔をしていて、死んではおらずただ眠っているだけのようだった。
「……さようなら、泉。俺も楽しかったぜ」
最後にそう別れを告げ、そっと土を被せた。
それから誠は、しばらくその場に座り込みじっと二つの墓を見ていた。
とうとう夜が訪れた。一日が経つのは早い。
暗闇の中、後ろから足音が近づいてくるのが分かった。
誠は振り返らず、立ち止まるのを待った。
「終わったようじゃな」
柏葉は墓の前に膝を着き、そっと手を合わせると目を閉じた。
誠はさっと立ち上がって頭を下げた。
「すいませんでした! 俺、俺、彼女を……救ってやれませんでした。……俺、泉を……泉を……喜ばせることができなかった……」
渇ききっていたと思っていた誠の目から再び涙がこぼれた。
誠は膝が折れ、地面に手をつくとうずくまった。
柏葉は目を開けると、そっと口を開いた。
「おぬしはよくやった。彼女のためによくやってくれた。きっと喜んでいるはずじゃ。彼女が死ぬまぎは、何と言っとった?」
誠は涙を袖で無理に拭うと答えた。
「……ありがとう……幸せだったって……」
老人はそっとうなずいた。
「ならば、十分じゃろう。ほれ、いつまでも悲しんでおらんで、最後くらい笑ってやれ」
誠は腕で涙を拭き、顔を上げると無理矢理笑顔を作った。
「泉、俺忘れないからな。お前と過ごした時間は決して忘れない」
誠は頭を下げると墓に背を向け行ってしまった。
帰る途中、泉の小屋が目に入った。
あの小屋にも泉との思い出がたくさん詰まっている。
最後に見ておこうと思い、ドアを開け中に入った。
ろうそくに火を点け、あらためて中を見渡した。
一つ一つが泉との過ごしてきた時間を思い出させてくれる。
家具も必要品もすべて買ってあげた。十分に住める環境になった。
誠は熊のぬいぐるみを抱いて布団の上に座った。
誠はぬいぐるみを抱きながら数々の場所を見て泉を思い出した。
料理をしている泉。
誠は料理道具を見ると、自分の口にそっと触れた。
「泉の料理はおいしかったな。また、食べたいな……」
携帯でテレビを見ている泉。誠は携帯を手に取った。
「あの占い本当に当たったからな。でも、最高の思い出を作ってくれた……」
布団で気持ち良さそうに寝ている泉。
誠は布団に触れるとそっと擦った。
「一度一緒に寝たことがあったな。すごく緊張したな。でも、初めて泉の気持ちがわかったのは、このときだったな……」
ぬいぐるみを抱いている泉。
誠はぬいぐるみを自分の目の前に持ち上げた。
「お前は幸せもんだな。あんな優しいやつが主人で。未だに新品同様綺麗だな。……あいつの一番に宝ものなんだからな、絶対壊れんなよ」
そして、日記を書いている泉。
そこで誠は日記の存在を思いだした。
「日記……」
誠は立ち上がると日記を探し始めた。
「ない! ない! くそ! どこにあるんだ!」
あっちこっち探し回ると、日記は布団の下に隠されていた。
表紙にはちゃんと名前も書いてある。
誠はテーブルの上に置くとそっとページを捲った。
四月八日。
誠くんが助けてくれた。他人の私を助けてくれた。誠くんはとても優しく接してくれた。いろいろなものを買ってくれて喜ばせてくれた。すごく嬉しかった。
四月十一日。
誠くんが初めて小屋に泊まった。誠くんが自分を大切にしていると言ってくれた。とても嬉しかった。誠くんは、ただ一人の家族のように感じれた。
四月十二日。
遊園地に行った。誠くんは楽しそうにしていた。いろいろな乗り物に乗り、誠くんはジェットコースターに乗ったら怖がっていた。最後に熊のぬいぐるみをプレゼントしてくれた。私の一番の宝物。
四月十九日。
誠くんが眠かったのか、なかなか起きなかった。学校を遅刻した。寝顔を見られてちょっとラッキーだった。
五月十三日。
小屋が雨漏りで大変だった。けど、誠くんがすぐに治してくれた。誠くんは雨でびしょ濡れになっていた。誠くんはなんでもできてすごいと思った。
五月十四日。
誠くんが風邪を引いた。なんとか誠くんの看病をしようと誠くんの家に向かった。途中で道に迷ってしまった。でも、すぐに誠くんが迎えに来てくれた。すごく嬉しかった。誠くんは怒ったけど、心配してくれていた。そのとき、私はこんなにも大事にされていると思えた。誠くんは優しい。
五月十六日。
誠くんの家で写真を撮った。誠くんは楽しそうに笑っていた。その写真を見て、誠くんはいつも自分のそばにいると思えた。すごく安心できた。
六月六日。
誠くんがお母さんに会わせてくれた。誠くんはお父さんに合わせてくれると約束してくれた。誠くんは涙を流していた。悲しいことがあったからだと思う。慰めてあげたかった。でも、自分にはできなかった。だから、悔しかった。
六月七日。
誠くんがお父さんに合わせてくれた。そして、私の記憶が甦った。昔のことをいろいろ思い出した。誠くんはずっと心配してくれた。私は、覚悟した。
そこで日記は終わった。
他にも毎日日記は書かれてあった。
誠の手は震えていた。
日記の上には何粒もの小さな丸が落ちて染みになった。
「……あのバカ……自分のことじゃなく、俺のことばかり書きやがって……」
誠は日記を握り締めた。
くしゃくしゃになろうと構わなかった。
力強く握り締めた。
「……泉、……泉」
すると、日記から一枚の紙が出てきた。
1ページを半分に折り曲げてあった。
誠はそれに気づくと手を伸ばし広げて読んでみた。
そこにはこう書かれてあった。
『誠くん、これを呼んでいるって言うことは私の日記見たんだね。絶対見ちゃダメって言ったのに。でも、見られるのは覚悟してた。だから、この手紙を書きました。
本当にありがとう。言いたくても言い切れないほど感謝しています。何か恩返ししたいけど、今の私にはなにもできません。ごめんなさい。でも、誠くんと過ごした日々は忘れない。なにがあっても絶対に。あんなに楽しかったのは久しぶりだった。本当に幸せだった。両親にも会えたし。とても嬉しかった。
最後に誠くんに伝えることがあります。誠くんはこれだけは忘れないで欲しい。この先なにがあっても。
私は、誠くんのことが好きです。
こんなに人を好きになったのは初めてです。もっと一緒にいたかった。この想いを直接伝えたかった。たくさんの思い出を一緒に作りたかった。
でも、言えば覚悟が無くなると思ったから手紙に書きました。覚えてくれたら、きっと安らかに眠れます。本当にありがとう』
手紙には、ところどころ染みになっていた。
泉は泣きながら書いたようだ。
この時点で、死ぬ覚悟をしていたようだ。
「泉……」
誠は手紙を強く握りしめた。
ぶるぶると震えていた。
泣いた。声を上げ、おもいっきり泣いた。
声が枯れようと、涙が涸れようと泣き続けた。
こんなに悲しいのはあの時いらいだった。
その泣き声は、一晩中小屋から響き続いた。
朝になって小屋を出ると、誠は大きく息を吐き、透き通ったような綺麗な空を見上げた。
「お前の分まで生きるからな。泉」
誠は小屋を一目見ると、ゆっくりと山を降りていった。