第一章 part10:再会
明日はとうとう泉が伊藤純一に会う日だ。
しかし、伊藤純一が泉の父親だという保障はない。
もし、会って違っていたら泉がかわいそうである。
そこで考えた末、一つだけある方法を思いついた。
しかし、その方法にはある人物が必要だ。
誠は放課後、その人物に会いに行った。
「お前か。なんのようだ? なにかあったか?」
「ちょっと聞きたいことがあるのですが」
「よかろう。中に入れ」
ある人物とはあの老人である。
何度も家を間違え、人に訪ねたりしてようやく導き出したのだ。
おかげで一時間以上もかかった。
老人の家は和風の家で、敷地内には二つの家と広い庭。鯉が泳いでいる池まであった。あきらかにお金持ちの家である。
誠は奥に案内され、畳のある客間に連れてこられた。
書道に詳しくはないが、おそらくうまいのであろうと思える掛け軸が飾られており、その下に盆栽が置かれていた。
「それで、なんの用じゃ」
老人はお茶を二つテーブルに置くと、誠の正面に座った。
誠はまずあのことから話そうと思った。
「話しました。すべて……」
それを聞いた老人は、少し戸惑ったがゆっくりとうなずいた。
「そうか……。あの子はどうじゃった?」
「やはり、覚えていませんので……。でも、体と心は覚えているようでした。彼女は、泉は、墓の前で泣いていました」
「そうか……。いずれは話さなければならぬ。お前はようやった。本当にな」
老人はお茶をすするとため息をついた。
「他に、話すことはあるかな」
ここからが本題である。誠は知りたかったことを尋ねた。
「あなたはあの時の夜、親子を見たんですよね?」
「ああ、その通りじゃ」
誠は少し不安があったが一か八か賭けてみた。
「母親の顔を見ましたか?」
老人はその質問に多少の疑問を抱いたがすぐに答えてくれた。
「ああ、見たとも。あれは満月だったからのう。はっきり覚えておる」
誠は安心して少し笑みが浮かびでた。
「その母親の顔の特徴を教えてくれませんか?」
「よかろう」
老人は見たことを詳しく誠に教えてくれた。
母親の特徴は絶対に必要なので誠は一つも聞き逃さず老人の言葉に耳を傾けた。
聞き終わると、誠は目的を果たしたので泉のもとに向かうことにし腰を上げた。
「しかし、そんなこと聞いてどうする?」
老人は意味がわからず、誠に聞いてきた。普通ならこんなこと聞けば疑問に思うだろう。
誠は老人に正直に話した。この人も知る権利はある。
「彼女の父親に合わせるんです」
「それは、彼女は望んでおるのか?」
「……はい」
「ならば、会わせるがよい」
誠は丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございました」
客間から出ようと襖に手を伸ばしたとき、ある疑問を抱いた。
そういえば、まだ知らないことがあった。
誠は老人に向き直る。
「あの、失礼ですが、あなたの名前は? 僕の名前は清水誠と申します」
「ああ、そうか。まだ名のっておらんかったの」
老人は笑いながら答えた。
「わしの名は、柏葉茂治じゃ」
「柏葉茂治さんですね。今日はありがとうございました。それでは」
誠は柏葉さんにお礼を言い、家を出た。
土曜日の午前。
二人はバスで隣町の柊町へ向かった。
バスに十分くらい揺られ、降りると柊警察病院へ向かった。
そこは普通の病院と変わらなかった。
違うのは、高い塀が回りに張り巡らされその上に針金があることだった。
二人は門の前で立ち止まった。
とうとう泉とお父さんが再会する。見てどう思うだろうか。
泉は壁につけられた札を見た。
「柊警察病院……」
泉は疑問を抱きながら誠を見た。
無理も無い話である。こんなところに自分の父親がいるとは思わないだろう。
だが、誠は、
「行こう」
といい、中に入っていった。
中に入ると、病院のように大勢の患者はおらず、いるのは受付の係員だけだった。
誠は一人の受付に話し掛けた。
「すみません、伊藤純一さんはどこの部屋にいますか?」
「その前に、身分証明書をお見せくださいませんか?」
誠は桜楼学園の生徒手帳を見せた。受付の人は確認すると、パソコンを使って探し出した。
「申し訳ありません。伊藤純一さんは、すでに退院しております。今では、刑務所に入っております」
「どこの刑務所かわかりますか?」
「ここの近くの柊刑務所です」
あの新聞どおりだった。誠は礼を言うと次に柊刑務所に向かった。
泉はなにも言わず、誠のそばについて行った。
柊警察病院から歩いて五分、とうとう柊刑務所についた。
ここに泉のお父さんがいる。親子が対面する。
だが、まだ伊藤純一が泉のお父さんとは限らない。
泉をこれ以上悲しませたくない。
ならば、まずは自分が相手を確認しなければならない。
誠は前もって考えていたことを実行しようと思った。
泉はぼーと見上げていた。
「いいか、泉。まずは俺が入る。その後、お前が入ってくるんだ。いいな」
泉はよく誠の言っていることがわからなかったが、素直にうなずいた。
「……うん」
誠は泉の肩を掴むとはっきりと言った。
「絶対会わせてやるから」
二人は中に入っていった。
誠は警察に対面をしたいと言い、中に入っていった。
病院と同じように生徒手帳を見せ、伊藤純一を指名した。
対面場所に案内され、外で泉を待たせた。
しばらくして、部屋を二つに分ける分厚いガラスの奥からお目当ての伊藤純一が出てきた。
写真で確認すると、髭や髪が伸びているが間違いなく本人だった。
口を開いたのは伊藤純一からだった。
「俺はお前のことなんぞ知らないぞ。何のようだ?」
囚人だからか少し威圧感があり、退けそうになる。
しかし、誠は動じず時間は限られているのですぐに話しをすすめた。
「その前に質問があります。あなたの奥さんの特徴を教えてください?」
伊藤はふんと鼻を鳴らすと他所を向いた。
「知らねーな。あいつのことなんて」
「真面目に答えて下さい!」
誠が突然大声を出すと、伊藤純一も警察官も驚いた。
伊藤純一はしぶしぶ答えた。
「髪が長くて、背は160センチくらい。鼻の横にほくろがある」
誠はそれを聞いて少し嬉しかったが悲しくもあった。
どうやら本物のようだ。柏葉さんが教えてくれた情報と同じだった。
誠は息を吐くと、真剣な目をした。
「あなたの娘さんが会いたがっています」
「えっ?」
伊藤はあまりに唐突で驚いていた。
自分の娘が会いに来るとは思わなかったのだろう。なんせ、あんなひどいことをしたのだから。
しかし、それでも約束したから会わせてやりたい。
誠は話を続けた。
「彼女は今記憶を無くしています。あなたの奥さんがスカイを使いました。いいですか? 決して彼女を悲しませないでください。僕は彼女を喜ばせるためにここに連れてきたんです。約束してください」
「……ああ、分かった」
誠はそれを聞くと、椅子から立ち上がり、交代に泉を中に入れた。
とうとう出会った。離れ離れになった親子がとうとう再会した。
誠は泉を椅子に座らせると部屋から出て行った。
外で待っていると、複雑な気持ちになった。
再会した泉はどう思うだろうか。家族が囚人とは思えなかったろうし。
これからどうなるのだろうか。
泉の気持ちが気になった。誠はそっと空を見上げた。
今回は、失敗だったかもしれない。
十分くらいして中から泉が出てきた。
「泉。……ど、どうだった?」
しかし、泉は何も返事をせず、誠のそばに来ても俯いたままだった。
小屋に戻っても、泉はずっと黙ったままだった。
すでに陽は暮れてしまい、夜になっても夕飯を作ろうとはせず、ただじっと座ったままだった。
大好きな熊のぬいぐるみを抱こうともしない。
誠は代わりになにか作ろうかと問い掛けたが、
「いらない……」
といい、静寂な時間が続いた。
誠は後悔した。
やはり合わせなければよかった。
自分の父親が刑務所に入っているとは思わなかっただろう。
こんな泉を見るなら最初から調べなければ良かった。
泉は悲しげな顔でうつむいている。
いったい、どんな話をしたのだろうか。
そればかりが気になる。
「泉、お父さんと何を話したんだ?」
泉はそっと誠を見た。
しかし、その表情は言いたくないようだ。
誠はやはり遠慮することにし、その日はこれで帰ることにした。