第一章 part9:決意
「……あった」
とうとう誠は、この桜楼町内で起きた事件に着いて書かれてある記事を見つけた。
今から五年前の六月十八日、桜楼町内に住む伊藤純一は、大量の麻薬や覚せい剤を所持し、それを高額のお金で売買をしていたことが発覚。
そればかりではなく、仕事などのストレスにより、本人も使用していることがわかった。
今では、柊警察病院で治療中。
そのあとは、柊刑務所に連行されるとのことだ。
仕事も無断欠席が多く、ギャンブルとお酒に明け暮れ、家庭内でも妻や子供に当たり暴力を振るっていたことも分かった。
近所では、毎日悲鳴や子供の泣き声が聞こえ、茶碗やガラスが割れる音が響き、それが当たり前になっているようだ。
誠はこれを読んでひどい話しだと思った。
察に捕まり、家族に手を出すなんて、人間として最低だ。
子供もかわいそうである。
これが泉でないことを誠は願った。
そして、この男が泉の父親でないことを願った。
しかし、他に事件はなさそうだった。
近くに伊藤純一の写真があったので、ばれないようにはさみで切り取ると、拝借して図書室を後にした。
そのあとは、いつもどおり泉のもとにむかった。
ポケットには伊藤純一の写真が入ってある。これを泉に見せるか迷った。
まだ確信は持てない。だが、時期は合っている。
五年前に事件が起き、それが噂になって広がり、中学からいじめられるようなった。
近所の評判も悪ければ仕方ないかもしれない。
おそらく、母親も父親の暴力でこの世が嫌になったのだろう。
このように考えると、すべて辻褄が合ってしまう。
誠は不意に立ち止まった。
こんなことを調べてどうしようっていうんだ。
泉の父親に合わせるのか。
警察病院の名前をメモしてパソコンなどで調べればすぐに分かるだろう。
いや、あんな最低な父親に合わせる必要はないのではないか。
それがいいに決まっている。これ以上泉を苦しませることはない。
このまま、このままがいいんだ。
このまま幸せに……。
誠はしばらく考えたが、その場を振り返ると急いで学校へ引き返した。
小屋に着くと泉は夕飯を作っていた。
フライパンを使ってオムライスを作っていた。
誠は中に入り床に座った。
泉が誠の分の作ろうかと聞いてきたが断った。
今日は湊の料理を食べなければならない。それに、今は食欲がない。
泉が夕飯を食べているときも誠は一人考え事をして、あまり会話をせずその日は帰った。
家に帰って約束どおり湊と食事をしていても、何度も箸が止まり、湊が話し掛けても誠は相槌をうつだけで内容はまったく頭に入らなかった。
それからも、誠はぼーとすることが多くなった。
ずっと悩んだ。悩みに悩んだ。
しかし、結論はなかなかでなかった。
どうしたら泉は喜ぶだろうか。
今のままがいいのだろうか。
それとも……。
誠はそっと携帯を開くと、中に入ってある湊の写真を出した。
湊が中学のころ、吹奏楽の大会で最優秀賞を取ったときの写真だ。
誠はその写真を大事にとってあるのだ。
誠はまた考えた。
今の俺には湊という家族がいる。
家族がどれだけ大切かを自分は知っている。
しかし、泉には家族がいない。
記憶も無くなり、家族のありがたみを知らない。
誠は携帯を閉じると小さく息を吐いた。
誠は午前中、休み時間に学校を抜け出した。
頭をすっきりさせたかった。この悩みを吹き飛ばしたかった。
誠はお気に入りの場所に向かった。
太陽に反射した泉に涼しい風が芝生を揺らす。最高の場所だった。
誠は鞄を放り投げすぐに芝生に寝転がった。
空が綺麗だった。薄いブルーが延々と続いている。その中にいくつもの白がある。
考えていたことがだんだんとちっぽけに思えてくる。
ここに来たのは正解だった。
今回も自分の思ったことが当たりだ。
誠は目を瞑り、軽やかな風を感じた。
すると、足音が聞こえた。
そっと目を開けると、太陽が逆光してよく見えない。
「……なにしてるの?」
そこにいたのは泉だった。
誠がここにいることを不思議そうな顔で見ていた。
誠はそっと笑って体を起こした。
「空を見てるんだよ。泉も座れよ」
「うん……」
泉は誠の隣に座り空を見上げた。
誠も再び空を見上げた。
「ここが俺の一番のお気に入りの場所なんだ。お前と会う前も、ここでこうしてたんだ」
誠は目を瞑り、昔を思い出しながら語った。
「俺の両親は、交通事故で死んだんだ。二人は同じ会社に勤めていて、そこで出会って、結婚して俺を産んだ。二人とも仕事が大好きで、楽しそうにするんだよ。だから、ちっともかまってくれなかった。けど、その日だけ早く帰ってくるって約束して、その帰り道、居眠り運転をしていたトラックと正面衝突をした。だからかな、家族というものが、どれだけ大切かをだんだんと分かってきた。お互いに笑ったり、励ましたり、時にはケンカをしたり、でも、最後には仲直りをする。一人のために一生懸命に考え、その人が悩めば一緒になって悩む。怪我をすれば心配するし、困ったことが助け合う。それが家族だ」
泉はじっと誠の話を聞いていた。
空を見ながら耳をかたむけていた。
そのとき、すすりなく声が耳に入ってきた。
泉は誠を見た。
誠の目から一粒の滴がこぼれた。
誠は目を瞑ると大きく背伸びをして倒れた。
「いやー、昨日寝ていないから眠い。あくびが出るぜ」
嘘だとわかるのにごまかしていた。
泉はそういうことにしようと思った。
しかし、泉は一つの言葉が脳裏に焼きついた。
家族。
家族とはどういうものなのかを知りたくなった。
私の家族は誰だろう。
家族に会いたい。
それが頭の中で響いていた。
泉は誠に聞いてみた。
「誠くん、私の家族って……誰?」
とうとう結論を出すときが来た。
誠は体を起こしそっと目を閉じた。
大丈夫だ。
今回もあっているはずだ。
いつもそうだったように。
誠は目を開けると、立ち上がり、泉にむかって手を伸ばした。
「ついてきな」
誠は泉の手を握ると、小屋の反対側の雑木林の奥へと進んでいった。
誠の手は震えていた。
しょうじき言うと、これでいいのか迷っている。
だが、もう引き返せない。
雑木林の中を誠が泉の手を握って導く。
泉は何も言わず、ただ引っ張られているだけだった。
あのときのように、目的の場所に歩いて行く。
もうすぐ見えてくる。もうすぐ……。
誠はある場所で立ち止まった。
泉のお母さんのお墓の前で。
とうとう着いてしまった。
二人の前には、十字に作られた木の枝が土に刺さっていた。
泉はわけがわからず誠を見ていた。
誠は少し声を震わせながら口を開いた。
「……この墓は、泉、……お前のお母さんの墓だ」
「えっ?」
泉は目を見開き驚くと、お墓に向き直った。
「この下に、泉のお母さんは眠っているんだ」
誠は目を閉じた。
これでいいんだ。これで……。
泉は墓の前で膝を着いた。
掌を土に触れそっと撫でた。手の甲に水滴が落ちていく。
「……お母さん」
記憶をなくしても、やはり心と体は覚えている。
無意識に涙が出るようだ。
わかっていなくても、体だけが覚えているのが救いなのかもしれない。
誠は泉の隣に座り肩にそっと手を乗せた。
「泉は、スカイって知ってるか?」
泉は首を横に振った。
誠はうなずくと全てを説明した。
「この島の住人は、みな一つだけ願いを叶えることができる。そのことを、みんな空からの贈り物と称してスカイと呼んでいるんだ。泉は自分の幼いころのこと、覚えてる?」
泉は首を横に振る。
「泉の記憶は、泉のお母さんが消したんだ。スカイを使って。そして、そのあとに自分の胸を指して死んだ」
泉はじっと十字架を見た。
思い出しているのだろうか。いや、覚えているはずがない。
泉の思い出はあの時から始まったのだ。
しかし、泉はまるで思い出しているように目を閉じて、そっと手を合わした。
誠は立ち上がると、重たい口を開き泉に言った。
「お父さんに……会いたい?」
すると、泉はすぐに誠に振り返った。
できれば言いたくなかった。だが、言うしかなかった。
家族を求めている泉を裏切ることはできなかった。
泉にも家族を知って欲しかった。
泉は立ち上がり、首を縦に振った。
「会いたい」
誠は視線を落として、ためらったが決意した。
「土曜日に会わせてあげる。約束する」
泉はそっと指を出してきた。誠も指をだし、固く結んだ。