第一章 part8:冒険
泉は小屋の中で大きなため息を吐いた。
誠は今学校に行っている。小屋に来るのはいつも五時ごろ。
泉はいつもそのときまでの時間潰しに困っている。
ずっと小屋の中にいても退屈でつまらない。日記も夜にしか書けない。
「はあ~、誠くん……」
今の時刻は午前九時を回ったところ。まだまだ時間はある。
そこで泉は決心した。
「……どこかに行こう」
泉は立ち上がると出かける準備をした。
今、泉の冒険が始まった。
小屋に出ると、山を下り、まずはあそこに向かった。
それは誠の家だ。
すでに道は覚えた。来てみてはいいものの誰もいないから寂しい。
泉は他の場所にむかった。
行き先は決まっていないので、適当にぶらぶら歩いた。
平日だからか、子供はもちろん人は少なかった。ほとんどいない。
周りは自分一人である。そう考えるとちょっと怖い。
誠くんは変な人が出るかもしれないから気を付けろと言っていた。
自分のことを心配してくれるのは嬉しかった。
泉は誰とも出くわさず歩いていくと、噴水のある公園に着いた。
ここは迷子になって誠くんが助けに来てくれた場所。
「怖かったけど、その反面嬉しかったな」
あんなにぼろぼろになっても、風邪で熱があっても、必死になって探してくれた。
誠くんがどんなに自分のことを大切にしてくれているかが伝わった。
泉はそっと目を閉じた。
風の音が聞こえる。噴水の音。木々がざわめく音。小鳥が鳴いている。
耳を研ぎ澄ますだけでいろんな音が聞こえる。
泉は笑みを浮かべると公園を後にした。
次に到着したのは桜楼学園である。
なぜかここの制服を持っていると誠くんは言っていた。理由は教えてくれない。
今誠くんはここにいて授業を受けているのだろうか。
「私も、一緒に勉強したいな……」
校庭では楽しそうにサッカーをしている生徒がいる。
ちらほらと生徒が校庭でスケッチをしている姿もあった。
「入ってみようかな」
泉は恐る恐る中に入っていった。
授業中だからか、廊下には誰もいない。静かな雰囲気が流れていた。
「誠くん、どこかな……」
泉は適当に歩いて奥へと進んでいく。
階段を登り、上にむかって歩く。
ドアを開けた。するといきなり突風が流れてきた。
泉は目を瞑った。
風が治まり、そっと目を開けると、そこには綺麗な青空が広がっていた。
街全体が見渡せる。泉は屋上に来たのだ。
「すごい。綺麗なとこ」
泉は両手を広げるとくるくると回った。
楽しくて、気持ちよくて、高まっている感情が抑えきれなかった。
泉は回り疲れるとその場に仰向けになって倒れた。
目の前で雲が流れていく。さっきとは違う、ゆったりとした風が髪をなびかせていた。
「この空、誠くんにも見せてあげたいな」
そのときだった。
誰かの足音が聞こえた。どんどんこっちに近づいてくる。
泉はいそいで隠れた。運がよく隠れそうな場所があった。そこに泉は隠れた。
すると、屋上のドアが開いて一人の生徒が入ってきた。
「ああ~、授業だり~。ここで寝るか」
その正体は誠だった。泉は時間を確認すると今は休み時間だと気づいた。
前に誠に学園の時間割りを教えてくれたことがあったのだ。
「誠くん、何してるのかな?」
泉はそこから動かずじっと誠を見ていた。
「いや~、いい天気だな。この青空を泉にも見せてあげたいな~」
誠はそう言うと仰向けに寝転がった。
泉はクスクスと笑った。
「誠くん、私と同じこと言ってる」
すると、またもやドアが開かれもう一人の生徒が入ってきた。
「兄さん! こんなところで何してるの。もうすぐ授業始まるよ」
入ってきたのは湊だった。
「湊? なんでお前が来るんだよ。……せっかくサボろうと思ったのに……」
「なんか言った?」
表情は笑っていても目が笑っていない。
「いや、なんでもないです……。それより、なんでここがわかったんだ?」
「兄さんの教室に行ったらいなかったの。兄さんが行くところはここしかないもん。ほら、さっそと行くよ」
「面倒なのに~」
誠は湊に手を引っ張られながら屋上から出て行った。
泉はその光景を見ておかしそうに小さく笑った。
「誠くん、あんなことしてるんだ。……さっきの可愛い子、誠くんの彼女かな? 仲良さそうだったし」
泉はまたばれないように屋上から出ると校門へむかった。
泉は上機嫌だった。
誠に会えたのもそうだが、意外な一面も見ることができたからである。
「日記のネタに使えそうだな」
次は商店街に着いた。
もうすぐお昼だからか、大勢のお客で賑わっていた。
「ここで誠くんは買い物してるのかな? 私も買い物したいな」
泉はいろいろな店に回っていった。
始めに目に付いたのはぬいぐるみだった。かわいいぬいぐるみがたくさんあった。
「かわいいな」
泉はたぬきのぬいぐるみを抱きかかえると頭を優しく撫でた。
本当にかわいく、もって帰りたかった。
誠からいくらかお小遣いを貰っているが値段が高く変えそうになかった。
「残念だけど、ごめんね」
泉は名残惜しそうにぬいぐるみを見ると、手を振って店を後にした。
次は本屋に寄った。泉は一冊の料理の本を手にした。
おいしそうな料理の写真が載ってあり、作り方も丁寧に書いてあった。
「誠くんに作ってあげたいな」
泉はさっそく料理の本を持って他の本も見ていった。
マンガコーナーではいろいろなものがあった。
「誠くんはマンガ読むのかな? あ、そういえば前に貸してくれたな」
泉はマンガにはあまり興味なかったので次にむかった。
泉は次のコーナーに向かった。
一冊の本を手にして中を開くとすぐに閉じて元に戻した。
その本の中は女の人の水着姿があったのだ。
泉は顔を赤くして心を落ち着かせた。そして、恐る恐るもう一度手にとって開いてみた。
しかし、十秒くらいですぐに元に戻した。
「……誠くん、こんなの興味あるのかな。買ったら喜ぶかな?」
泉は首を振った。
「やっぱりやめよう……」
泉は料理の本を買うと、一目あの本の方を見て本屋から出て行った。
時刻は十二時を回った。
泉は目に入ったレストランに中に入っていった。
「ご注文はなんですか?」
ウェイトレスにそう聞かれ、泉は少々戸惑っていた。
こんなところに入ったのは初めてである。何を頼んだらいいのかもわからない。
「え、えと……肉じゃがで……」
そんなこと言われたウェイトレスは困っていた。
「も、もうしわけありません。肉じゃがは当店にはおいてありません」
「あ、そ、そうですか」
「メニューからお選びください」
ウェイトレスはメニューを渡してきた。
「あ、ありがとうございます。じゃあ……、このフルーツパフェで」
「かしこまりました。少々おまちください」
少しして、注文のフルーツパフェが登場した。
「おいしいな。誠くんにも食べさせてあげたいな。……誠くんは何を食べているのかな?」
そのころ誠も昼食時間だった。
誠は湊から渡されたお弁当を食べていた。
「お兄さんはいつも湊のお弁当食べれて幸せですね」
瞳はあやしい目つきで言ってきた。
「なんだよその目。別に俺と湊には何にもないぞ」
「でも恋人同士に見えなくもありませんしね。せっかくですし、付き合ってみたらどうですか?」
「は? バカか! 俺と湊は兄妹だぞ。ふざけんなよ」
誠は立ち上がるとその弾みでお弁当が倒れてしまった。
「あっ! 兄さん何してるの!」
「わ、悪い湊。……でも、もう食えないな」
「もうないんだよ。どうするの?」
「うっ……がまんするしかないか」
瞳はおかしくてクスクス笑っていた。
「きっとおいしものを食べているんだろうな」
泉は食べ終わるとレストランを後にして、また歩き出した。
「次はどこに行こうかな」
泉は歩いていくと、一つの家の前に着いた。
「ここ……懐かしい。けど、怖い……」
一つのごく普通の一軒家。
二階建ての家は誰もいないのか静かだった。人が住んでいるという気配はない。
表札には伊藤と書かれてあった。
「伊藤さんっていうのかな? 伊藤……懐かしい響きがする」
泉はそっと玄関のノブに触れた。引っ張ると錆付いているような音が耳をつらぬいた。
「……開いてる?」
泉は恐る恐る中に入っていった。
中は蛻の殻というわけではなかった。家具も食器もテレビなどもあった。
しかし、どれも埃被っていた。床もべたべたしている。
「誰か住んでいたのかな? でも、なんか体が覚えている」
泉はどんどん奥のほうへ進んでいった。
自然とどこがどこなのかわかった。
ここが風呂場、ここがトイレ、この角が二階への階段。
階段?
泉は階段を登っていった。そして自然とある部屋の前に立った。
他の部屋には目もくれずここの部屋に来てしまった。
「ここ、誰の部屋なのかな?」
泉はノブに手をかけるとそっと入っていった。
中は女の子の部屋のようだった。しかし、やはり埃被ってしまっている。
泉は窓を開けた。そよ風が部屋に入っていく。
ピンクのカーテン、机、ベッド、そしてたくさんのぬいぐるみがあった。
「この人も、ぬいぐるみが好きなのかな?」
一つのぬいぐるみを手に取った。黒くかわいらしい熊のぬいぐるみ。これも頭に埃がついていた。
泉は優しく埃を叩いてあげた。
「かわいい」
泉は熊のぬいぐるみに向かって微笑んだ。
そして元に戻すと机に目が入った。
そこに一冊のノートが置いてあったことに気づいた。
泉はノートを手に取ると中を捲っていった。
そこには、日記が書かれてあった。
「この人も日記を書いてるのかな?」
一枚一枚捲っていくとある一つのページに目が入った。
「あっ……」
泉はそっとノートを閉じると机の上に置いた。
仲間がいたような感じがしてちょっと嬉しくなった。
自分と同じように日記を書いてる人がいる。
泉は大きく背伸びをすると、部屋を後にし、家から出て行った。
そのとき、風が吹いて日記のページが捲れた。そこには、
『辛いことがあっても、一人になっても、楽しいことを書いて思い出して』
と書かれてあった。
夕方になると、ようやく誠が来た。一緒に夕食を食べた。
「なあ、泉。今日はなんかご機嫌だな。なんかあったか?」
「ん? なにもないよ」
「ふ~ん」
「ふふ」
泉は小さく笑みを浮かべながら今日あったことを自分の日記に書いていった。