匙加減
〈晝飯を待ちつ酷暑も太平樂 涙次〉
【ⅰ】
ところは「開發センター内・方丈」。カンテラは水晶玉を覗き、未來の事を見てゐた。さう云ふと、大した秘術のやうに思へるが、水晶玉の魔術は、魔導士の習ふ初歩の初歩、なのである。
カンテラは、* 近い將來、魔道に墜ちると予測してゐた子供、昂太の事が氣になつたのだ。5年後、或ひは6年後だらうか‐ そこに映るカンテラ、じろさんは、大して變はりないやうに見受けた。尾崎一蝶齋は杖を突いてゐる。昂太は、躰も大きくなつてゐたが、その【魔】としての顔つきの険しい事と云つたらない。
昂太「やいやい、俺に出任せの『強さ』を教へやがつて、その報ひを受けて貰ひに來たぞ!!」‐尾崎「坊や、人間強さだけが全てゞはないぞ」‐昂「やかましい。爺イは引つ込んでろ!」
* 当該シリーズ第49話參照。
【ⅱ】
昂太は一丁前に使ひ魔を使ふ。「夜鷹」がそれだ。人間の女(怪しげな)の腕が黑い翼になつてゐるキメラだ。彼女が近付くと、尾崎の目はとろん、とした。「をぢさん、遊んで行かない?」カンテラ、彼女を斬り捨て、「尾崎さん、だらしがないぞ! 昂太の妖術にもう引つ掛かつてゐる‐」‐尾崎「はつ。私とした事が」‐カンテラ「さ、じろさん、やるなら今だ!」
昂太は魔術・「冷凍玉」を使ふ‐ 冷凍彈丸を専用銃より發射した。じろさん、手先が凍りついてしまつた。じ「暑い季節には丁度いゝや」‐昂「なんだとお!? 強がりを云ひやがつて」‐じ「貴様、俺が教へた『武の道』は、何処に置いて來たのだ?」‐昂「五月蠅い! あんなもの、弱い連中の護身術に過ぎないぢやないか!」
そこでテオ(片耳が喰ひ千切られてゐる。一體、彼の將來に何があつたのか?)が割り込んで來る。
【ⅲ】
テオは手に鉄板を持つてゐた。テオ・ブレイドと同じ材質で造られた、「猫の盾」だ。それで冷凍玉から身を防ぎつゝ、じろさん、じり、じりと昂太に間合ひを詰める。(奴は俺が殺すしか、ない)じろさんにはさう云ふ思ひ詰めた氣持ちがあつたのだ。襟首を摑んだ! 昂太を裸締めから必殺の蟹挾みのパターンで攻めた...
水晶玉で見る事が出來たのは、そこ迄だつた。じろさんは昂太を殺したのか? それは誰にも分からない。
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〈出つ張つた腹も引つ込む暑さにはもつともつとゝMつ氣ちらほら 平手みき〉
【ⅳ】
カンテラは、嫌なものを見た、と思つた。好畸心が猫を殺した。この場合、殺されたのは、俺だ。カンテラは思つた。
だが、この事はじろさんだけには話して置かうと思ひ直し、「じろさん、聞くとちよつとショッキングかも知れないが... ちよつといゝかい?」‐「一體何?」‐じろさんは、カンテラの顔色からある程度の事は讀めた。水晶玉で見た一件を、カンテラ、じろさんに話して聞かせた。
聞き終はり、じろさん「それは仕様のない事だよ。それもこれも俺の不徳の為した事、さ。未來は、受け入れるしかないぢやないか」‐現時點では、昂太はまだじろさんに「古式拳法」の稽古を付けて貰つてゐる段階。だが、カンテラの八卦に依る預言では、そのレッスンも昂太は間もなく逃げ出す事になつてゐる。
【ⅴ】
「俺もさうだつたのから、よく分かるが... 貧乏人の倅は『強さ』を求めるものさ。それは決して惡い事ぢやない」とじろさんは云ふ‐ 續けて「だがそれも際限がなくなると、近未來の奴みたいに魔道に墜ちてしまふ。匙加減が大事だね」
匙加減‐ 甘過ぎても辛過ぎてもいけない。昂太は辛めの道を撰んだ。それも、自らの意志なのだ。誰にだう出來るものでもない。
この件は二人だけの秘密とする事にした。特に、昂太には、固く秘する事‐ じろさん、少し道が逸れてくれさへすればなあ、と思つたのだつた。
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〈カナブンよ名付けたやこの小生命 涙次〉
【ⅵ】
と、云ふ、カンテラ一味の近未來譚。これから何が待ち受けてゐるのか。決して安寧な仕事をしてゐる譯ではないから、或る程度の危険は伴ふのは確かだ。だが、カンテラ、水晶玉の秘術は封印する事にした。可哀相な昂太。然し、同情心に流されたつて、物語が變はる譯もない...
それでは、また。お仕舞ひ。