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 今日は時間に余裕を持って来ることができた。気持ちを整えながらゆっくりと病院へ入ろうとしたところ、横から突然腕をつかまれてよろける。見上げると、ほずみ先生が私服姿でこちらを見ていた。

「今日はこっち。俺非番だから。」

 と、私の腕を掴んだまま病院の入り口とは違う方へ誘導され住居スペースのエントランスへと歩いていく。その光景を強い視線で見ている人がいるとも知らずに。

 こっち、と言われてもと戸惑う私にお構いなく、エレベーターで最上階まで上がる。角部屋の鍵を開けるために腕を離されて初めて、しばらくの間先生の手が私に触れていた事、そして触れられていた部分が熱を帯びていたことに気づく。やだな、私ったら何を意識しているのだろう。

「はい、どうぞー。散らかってますが。」

 先生の勢いに押されて部屋の中に足を踏み入れてしまう。お邪魔します……という私の小さな声は、ドアが閉まる音でほとんどかき消される。

「そこテキトーに座ってて。」

 先生はそう言い残し、洗面台やリビングなどを何度か行ったり来たりする。そして、ピンセットやガーゼなどをテーブルに置き、私の隣に座った。

「こっち向いて。」

 顎を掬われ、反射的に身を引いてしまう。

「あの、何を……」

「傷の手当だよ。もしかして違うこと期待した?」

 彼のいたずらっぽい目がキラッと光り、心臓が跳ねる。軽口をたたく間にも、先生の手はテキパキと動く。至近距離で見る真剣な眼差しは医師が集中して処置をする視線そのもので、先ほどの雰囲気とは違う様子に圧倒される。睫毛が長い……まつ毛美容液とか使っているのだろうか。私の職場でも売っているけど、何を使っているか聞いてみたい……いやいや、医師と患者の立場でそんな個人的なことを聞いて良いわけがないし、第一何でこの男に聞こうだなんて。頭に浮かんだ考えを追い出すべく、ふるふると首を振る。

「わー、ちょっと。動かないで」

 はっとして処置中だったことを思い出し、顔を動かさないよう固定する。それにしても、肌綺麗……と、懲りずに同性に抱くような感想を抱いては打ち消すうちに、処置は終了する。

「はい、終わり。痛かった? 」

「いえ……」

「なら良かった。眉間にしわが寄っていたから、痛むのかと。」

 彼に見惚れた自分に戸惑い、苛立ったことが表情に出ていたようだ。仏頂面をしていた自分の顔が容易に想像つく。彼が後片付けをするために私から離れる間に、私は処置中に忘れていた呼吸を取り戻すように、大きく深呼吸した。

「順調に良くなっているね。多分痕は残らないと思うよ! 」

「少しぐらいなら、化粧でどうにかできます。テスターの残りとかもらえるし、いくらでも道具は揃う。」

 顎の下~首のあたりの怪我であり、顎を引いていれば日常生活で目に入る場所ではないことも幸いした。

「テスター? そういえば何のお仕事してるの? 」 

 彼には私の職業1つ伝えていなかったのだと思い出しながら、頷く。

「化粧品の販売員です」

「どうりで綺麗な顔してると思った~肌もきめ細かいし」


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