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香水といえば海外製のものが多い印象があるため、少し珍しい和のテイストのコーナーに近づく。ユリ、金木犀、桜など、確かに日本風な香りのラインナップが目を引く。パッケージは、その香りの植物のイラストが淡いグラデーションで描かれており、置いておくだけで心が華やぐような感覚に包まれる。が、日本風の香りをエタノールで溶け込ませると、良い香りに仕上げるのはとても難しい。いくつかのテスターを香ってみるが、芳香剤のような人工的な香りがしたり、苦味が出てしまっていたりと、残念ながらしっくりくるものがない。では練香水はと思いジャータイプの容器を手に取るが、こちらはミツロウやシアバターなどを基材としており、温度の影響を受けやすいことが玉に瑕である。特に日本の夏の暑さは言わずもがなであり、一度溶けて再度固まると成分が分離するなどしてしまうし、冬には固くなりすぎてテクスチャーが変わるし、量の調節も難しい。いずれも製品としての質が落ちることがあり、当然香りにも微妙な変化をもたらしてしまう。液体よりも持ち運びが便利で、ハンドクリームのように気軽に付けることも出来るので重宝するのだが、せっかくの香りに影響が出てしまうのはなぁ……。自分の世界に入り込んで思いをめぐらせていたが、けたたましい着信音で意識が現実に引き戻される。見ると、凛久が電話をしていた。このご時世と言うか、わざわざ携帯の音をオンに(それも爆音!)している若者は珍しいな、と勝手なことを考える。
「ごめん、急用ができちゃったので行くね! よかったらこれ、聴きに来てよ。待ってるから!」
と、彼は小走りで遠ざかる。ろくな挨拶も出来ないまま、私は渡された紙を持ったまましばらく呆然としていた。ようやく我に返り手元を確認すると、派手なメイクに髪型のグループがマイクや楽器を持ってポーズを取っており、端には切り取り線が入っていた。な、なにこれ……こわ……。よく見ると、下の方に日時などが書いてある。もしかして、ライブというものだろうか。そのチケットをくれたということだろうか。今まで縁のなかった世界で、ましてこのジャンルは私が聞いていた音楽とは正反対というか、全くかすってすらいない。いや、この系統のど真ん中をゆく人口は少ないのでは? (ただの予想だが)とすら思ってしまう。とにかく、聴きに来て、と彼は言ったのだから、もしかしなくても出演するのだろう。確かに先ほどの服装からすれば想像できなくもないが、それにしてもチラシの彼はメイクや髪型がかなり違うため、ぱっと見どの人物か分からない人もいるだろう。幸いというべきか私は、メイクに関する仕事をしているため、どんなに印象の異なったメイクを施しても、元の顔やパーツなどからすぐに同一人物と分かる。彼、ボーカルだ。問題は、このお誘いに乗るかどうかだ。というより、乗る勇気が出るか、だ。チケットは1枚しかないので、誰か誘うことは難しいだろう。せっかくの機会なので行ってみたいし、何となくまた彼に会いたいという気持ちもある。数日の猶予はあるし、最悪当日の気分で決めてもいいかな。その日は早番なので、仕事が時間通りに終わればライブの開始時間に間に合う時間だ。そのことが少し恨めしくも嬉しくもあり、複雑な気分でチケットを鞄にしまった。