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「はぁーーーっ、いい香り~」

「ん、これはデキるビジネスマンって香り」

「うわぁぁぁ甘―い」

  私は今お気に入りの香水屋さんにいるのだが、横で1つずつ香りを試しその感想をいちいち声に出す男性が気になりすぎて、全く香水選びに集中できない。好きな香りを嗅ぐこと、香水屋さんをめぐることが私の一番のストレス解消法であるのに、これでは逆にイライラが募ってしまうではないか。これほどまでにツイていないのか、最近の私・・・数日の間に起こったトラブルや災難を思い出して、思わずため息が出る。


 私、物部あかりはデパートで化粧品販売員をしている。25年間の人生、大きく人道を外したこともなく、大人しく、一応それなりに規則正しくも楽しい生活を送ってきた。ただし、どうしても納得のいかないことがある。とんでもなく運が悪いのだ。世の中で起こるありとあらゆる小さいトラブルや災難が私に狙いを定めて急行直下してくる。数日前には職場でクレーマーに目を付けられるし、昨日はロングスカートでエスカレーターに乗ったところ、裾が巻き込まれそうになって危うくお気に入りのスカートがダメになるところだった。大事には至らなかったが、一部が破れて足が少し露出してしまった。そう、これは私にとって一大事。むしろ一番の大問題。そして、そういう時に限って、決まっていつものタイツは履いておらず(もちろん家には山ほどのタイツがある)、慌ててその場で買い足したために無駄な出費となってしまった。デパートで購入するものは、質は良いのだろうが緊急で購入して行う措置にしては意外と値段が張る。少しでも贅沢をすればひと月の出費が月収を上回るような、一見キラキラ実際崖っぷちOLにとって、臨時出費ほどの大惨事はない。大げさな、と言われるかもしれないが、これがほとんど毎日ひどいときには1日に何度も起こる。日々飽きもせず、取るに足らないような災難に見舞われるのが私なのだ。一つ一つは大したことがないはずなのに、毎日毎日手を変え品を変えやってくる小さな災難が溜まると、行動することすら嫌になってくる。にもかかわらず何故か懲りることを知らない私は、気分転換のため張り切って出かけてきたのだった。その出先でまた災難が降りかかるなんて、なんて私らしいのだろう……。


「あれ、お姉さんどうしたんですか。好みの香りがないの? 」

 声のする方を向くと、そこには先ほどの独り言男。あぁ嘘、面倒な人に絡まれてしまった。重なる災難の予感に声を失う私に、男性が更に話しかける。

「俺は逆でさー、どれも良い香りだから迷っちゃって。」

 あからさまに会話を歓迎していない顔をしているであろう私のことは意にも介さず、ぺらぺらと彼のお喋りは続く。

「ある人にお勧めしてもらって来てみたんだけど、こんなに種類があると思わなくて。しかもどれもすごく良い香りなのね!やっと3つに絞ったんですよ~。でも、これ以上絞れないなぁ。ね、お姉さんはどれが良いと思います?」

 そんなの知るか、と言いたいところだが、香り自体への興味が強い私には、この男性がどんな香りを選んだのか気になってしまった。思わず差し出されたテスターを順番に嗅いでいると、1つとても覚えのある香りが鼻の奥へ広がった。

「あ、これ。」

 と声に出してしまう。

「ん?それが良さそ?」

「いえ、あの。すごく嗅ぎ覚えがあって……私の弟がこれ使ってます。」

「え? そうなの? ぐうぜーん! じゃあ、これも何かのご縁だから、お姉さんの弟くんと同じ香りにしよーっと。」

 にこにことレジに向かう男性を、私は慌てて追う。

「ちょっと、そんな簡単な理由で即決しちゃっていいんですか?」

 ここの香水、即決でおいそれと買える値段ではないのに……少なくとも私にとっては。

「いいのいいの。お試しとして一番小さい瓶にするし。実際俺も好きな香りだったから最終候補に残っていたんだよ」

 ふわりと微笑まれて思わずどきりとしてしまう。よく見るとこの男性、服装はかなりロックだけど眼はパッチリ二重だし肌は白いし、かなり整った顔してるな……。こういうのを職業病と言うのだろう。ついつい人の肌質や顔のパーツに目がいってしまう。性格は私の理想と真逆だけど、悔しいが顔だけはタイプかもしれない。いやいや、何を考えているんだ私は。人の楽しみを邪魔してきた失礼な男に一目惚れしそうになるなんて!それにしても綺麗な肌だな。そんな葛藤を脳内で繰り広げるうちに男性は会計を済ませ、連れだと思われたのか、2人して店員に丁寧にお見送りされてしまう。仕方なく一緒にお店を出て、しばらく並んで歩いたところで私が別れようとすると、

「あ! あそこも香水のお店じゃない? 見てみようよ! 」

 と無邪気に誘われる。そのお店に行く予定ではなかったのに断れず、え、うん……と流される私も私だ。彼の勢いに押され、それから彼の見た目と香水にも釣られ、彼の指さすお店へと足を向ける。それは、いくつかのブランドの香水が並ぶセレクトショップのようなところだった。インフルエンサーが紹介して以来話題を呼んでいる香水や、和のテイストを取り入れた古風な見た目のものまで様々あり、彼のペースに巻き込まれていることなど忘れて自然と顔がほころぶ。


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