080 魔樹
静かにマリオが告げた。
「魔樹、それが迷宮を創り出したもの正体かもしれません」
「魔樹? 樹人みたいなモノなのか?」
アルフの問いに、マリオは首を横に振って、
「違います。樹人やアルラウネの様な植物系の魔物とは、存在自体が異なっていると言われています。魔術師ギルドでも詳細な記録は無く、よく分かっていないのです。冒険者ギルドも似たようなものかと?
ただ、見た目が黒い木に見えるために魔樹と呼んでいるに過ぎません。植物なのかどうかさえ分かってないのです。危険度は未知数です。騎士団の生き残りも確保した現状で無理をする必要はないと思いますよ」
マリオの言葉に皆が押し黙る中、その沈黙を破って、
「行く」
アルフがそう言い放った。その言葉に周囲が驚きの声を上げる。
「本気ですか? 何を言っているのですか!」
「本気だ。一人でも行く」
マリオの言葉に即答したアルフの目には強い覚悟の光が在った。その事に気づいて諦めた様に、
「分かりました。一緒に行きますよ。ただし、ここから先へ行く、行かないの判断は、個人の自由として貰います。あと、ガルフさんに魔樹の事も含めて報告をして下さい」
マリオの言葉を聞いて、アルフはギルドカードを出し、目を閉じる。
「さて、リーフ、テンマ君、ミィジャさん。皆さんはどうしますか? ミィジャさんは自分のリーダーに判断を仰いでいただいても構いません。ここに残って、騎士たちを守ってくれてもいいですよ」
「聞く必要ある? 行くに決まってるじゃない! 私も大蛇の一員なのよ!」
リーフが即座に答えると、
「私も一緒に行くわよ。治癒師はいた方がいいでしょ?」
ミィジャも直ぐに続いた。
そんな中、天馬はこの世界に来て初めて、日本にいた頃も経験したことの無い、絶対的な死の予感とも言えるモノを初めて知って、不安と恐怖に悩んでいた。それが顔に出ていたのか、気が付くとアルフを含めた全員が心配そうに天馬の顔を見ていた。
「テンマ、大丈夫か? 無理する事はないぞ。ここに残っても良いんだぞ?」
アルフが天馬に声を掛けた。数瞬の逡巡の後、アルフの目を見て、
「僕も行きます」
と答えた天馬、その顔から不安の影は消えていた。
「そうか、来てくれるか」
嬉しそうに顔を綻ばせて、天馬にアルフが抱きついた。抱きついたアルフの手が微かに震えているのに天馬は気づいた。恐怖を感じているのが自分だけでないと分かって、天馬は安心した。
「マリオ、巻物を1本、騎士たちに渡してやってくれ。ガルフには状況は報告済み、もう少ししたら各パーティーも中に入って来るとの事だ。すでに『黄色の熊』は冒険者と共にこちらに向かっている。
俺達の目的は騎士たちの救助と中心部の確認。気絶している奴より、動いている奴を優先で助け、動いてる奴に気を失ってる奴を運んでもらう。
動いてる奴がいなければ、俺とテンマで運ぶ。戦闘は極力避ける。生きて帰れ、とガルフのオッサンにも念を押されたからな。では、前進しようか?」
アルフの号令で前に進む一行。天馬が「ゾクリ」と悪寒を感じた場所まで来て、『光球』に照らし出された光景を見た時、天馬を含めた全員が後悔した。
目の前にそびえ立つ漆黒の巨木。恐怖を具現化したような存在感がそこに在った。その前に何人かの騎士が倒れていた。
天馬は視線を感じ、横を見るとアルフと目が合った。天馬から視線を外して前を見たアルフは、
「行くぞ」
短くそう言うと倒れている騎士たちを助けに向かった。その後を追いかけた天馬の耳に、
「フオォーーーーーーーーーーー」
と言う叫びとも唸り声と言えない音が聞こえ、吹き上げるような突風と共に闇が駆け抜けた。
天馬は足を止めて、漆黒の巨木を見る。巨木に目立った変化はなかった。その代わり、前にいたアルフが雄叫びを上げて巨木に向かって駆け出した。「えっ?」と思った瞬間、
「いやーーーーー」
と後ろからリーフの悲鳴が上がった。思わず、後ろを振り返った天馬に、
「アルフを」
マリオの指示が飛ぶ。リーフの隣ではミィジャが詠唱を始めていた。天馬はアルフの方へと駆け出した。
近づくほどに存在感を増す巨木。その幹に取り付き、滅茶苦茶に剣を振り回すアルフ。近づこうにも近づけない状況に天馬は「どうしたものか」と考え、足が止まる。その時、アルフの足元の土が盛り上がり、蔦の様なモノが生え、アルフを絡め捕ろうとしていた。天馬はアルフに落ちついてほしくて、
「『平静』」
と咄嗟に呟いた。その瞬間、アルフの体が輝いた。
「飛んでください!」
天馬が叫んだ。
アルフは暗闇の中にいると思っていた。闇の中で悔しく、妬ましく、その相手に剣を振るっていた。突然、その闇が消えたと思った。次の瞬間、「飛んでください!」と声が聞こえ、訳も分からずに飛んだ。その足元を剣が走った。
アルフが飛ぶのを見て、足元から伸びた蔦の様なモノを一閃した天馬は、
「大丈夫ですか? 一旦、下がりましょう、アルフさん」
と声をかける。アルフは着地に失敗して体勢を崩し、巨木に左肩からぶつかった。「ボクッ」という音と共に幹が凹む。
「ギシャァーーーーー」
と絶叫が響き、巨木が震え、地面から蔦の様なモノがアルフと天馬を捕えようと生えて来る。それを大きく飛び退いて躱した先にも同じような蔦が生えて来た。二人は身を翻し、巨木から十分な距離を取ろうと駆け出す。その足元に次々と生えて来る蔦に足を捕られないように10mほど駆けると、蔦の挙動が変わり、地面から生えて来た蔦が水平に動き襲ってくる。しかし、その事にはアルフも天馬も気づいてはいない。
「『火炎』」
いきなり目の前に現れた炎を躱せずに、その炎に突っ込んだ天馬に、
「そのまま、こっちへ!」
とマリオの声がした。マリオ達の元に辿り着いた。天馬が後ろを振り返ると、天馬達を襲おうと迫っていた蔦が音を立てて燃えていた。改めて周囲を見ると、その黒々とした蔦は気を失っている者たちをも絡め捕っていた。
「アルフ、大丈夫ですか? テンマ君も」
「ああ、大丈夫だと思う。一体、何をされたんだ? あの蔦は何なんだ?」
「僕は大丈夫です。それより、魔術の利点をこの身を持って体験しましたよ」
そう言って、油断なく剣を構える2人に、マリオは言葉を続ける。
「それはすいませんでした。私達は騎士と同じように精神攻撃を受けたんだと思います。あの蔦も魔樹の攻撃の一つでしょう。しかし、厄介ですね。助けるにしても、倒すにしても。あれでは、おいそれと近づくこともできません。どうしたものでしょうね」
そう言って、魔樹を見ているマリオに、天馬は前を向いたまま思いついた事を話す。
「マリオさん、根を掘り起こすような魔術って使えませんか? あの蔦の様なモノも根の一部だと思います。魔樹の全容を把握するためにも、根っ子ごと掘り起こせれば倒し方も見えて来るかもしれません?」
「そうですね。テンマ君の言う通り、掘り起こしてしまえば、根の攻撃も見えますし、多人数での攻撃も可能となりますね。では、早速。大地よ、緑を成すモノの根源を断つべく、我が意思を叶えたまえ、『伐根』」
言うが早いか、詠唱と共に杖を地面に向けた。マリオの魔術が完成すると微かに地面が揺れる。その揺れは徐々に大きくなり、それに伴って、目の前に立つ巨木が前へ、後ろへ、
右に、左にと揺れ始め、その揺れが大きくなっていく。まるで、巨大な手が木を引き抜こうとしている様な光景な息を呑んで見守る天馬とアルフ。そんな中、前へと進み出たミィジャが、
「不可視なモノより我らを守らん! 『精神障壁』!」
と唱えた。その直後、「ブチブチ」と紐が切れるような音と、「ドシーン」と言いう音が聞こえ、巨木が根こそぎ倒れた。
露わになった巨木の根は、先ほどの蔦が絡み合い「ウネウネ」と動いていた。その蔦が突然、解けて放射状に広がると、その中心に種子のようなモノが在った。「パキッ」と言う音と共に一筋の割れ目が入り、血走ったような黄色の瞳が現れる。その瞬間、
「ブオォーーーーーーーーーーー」
鳴き声とも、唸り声と言えない音が聞こえ、再び吹いた突風と共に闇が駆け抜けた。
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