079 迷宮の奥へ
「光よ、暗闇にいる我らを導く明星となれ!『光球』」
マリオが唱えた魔術が、天馬達の前方を明るく照らし出した。しかし、マリオの出した『光球』の明かりは、天馬達の場所までは届かず、2mほど先から明るくなっていた。それを見たアルフが、
「さすがだな」
と小さく呟く。
「明かりの下は格好の的ですからね。今、左右にも出します。もう少し進んだら、後にも。そうすれば、不意打ちの心配が減りますからね」
と答えて、左右に詠唱と共に『光球』を出現させるマリオを見ながら、経験豊富な冒険者の知恵を垣間見た気がして、前を行くアルフの背中を見つめた。
大蛇とミィジャ、そして天馬は、ゴブリンと遭遇する事なく廃屋が視界に入る場所まで辿り着く事が出来た。前方の『光球』が照らす廃屋からゴブリンが出て来る気配は無い。
足を止めたアルフが振り返って、
「この状況をどう思う? 普通ならゴブが明かりに釣られて出て来るはずだが・・・、出て来ないって事は、ここにいた連中、全部が逃げて四方の出口に殺到した、と考えて良いと思うか?」
皆が顔を見合わせて、ミィジャを除く3人の視線がマリオに集まる。
「良いと思いますよ。ただ、屋内探索は行いながら進みましょう。万が一の事が無いとも限りませんから。でも、謎が深まりましたね」
マリオの言葉に皆が怪訝な顔をし、アルフが聞き返した。
「謎って、どう言う事だ?」
「それは・・・、ゴブリンの大半が逃げ出すような浄化か、それに類する魔術を使ったはずなのに、未だに迷宮自体は、その形を保っています。この事が意味するのは迷宮核が何かに守られているか、核以外が原因でこの状況が作られた事を意味します。どちらにしても、最悪に近い状況と考えておくべきです」
マリオの言葉に天馬は冷たい汗をかいた。誰かが「ゴクリ」と唾を飲む音が異様なほど大きく響いたように感じた。
「ミィジャさん、黙っているが何か意見はあるか?」
「大体、マリオさんと同じ意見だわ。私もゴブリンの気配は感じないわ。あと、300mほど先に人がいるわね。人数は・・・、30人はいないわね。ただ、気配がおかしいから、注意した方がいいと思うわ。それと、その辺りが村の中心よ。どうするの?」
ミィジャの意見を聞いたアルフは、黙考した後、
「よし、屋内探索をしながら騎士団の発見、救出。それと中心部までのルートの確認を最優先とする。屋内探索は、テンマとリーフ、2人に頼む。左右、一人ずつ交互に調べてくれ。慎重にな。外は、残る3人と中に入っていない者だ。進むぞ」
アルフの号令で皆が素早く動き出した。
四方の『光球』の光が届かない闇の中で、マリオが後方を警戒し、前方をアルフとミィジャが警戒する。その前方で天馬とリーフが交互の廃屋に入り、屋内探索をしながら進む。
廃屋を探索する天馬。中に広がる空間を一瞥すると、直ぐに次の廃屋に向かうべく外に出る。天馬が確認した廃屋の中にゴブリンの姿は1匹も無く、無残に傷を付けられ絶命した騎士の遺体を幾つか発見した。その遺体の冥福を祈りながら「収納」する。
結局、ゴブリンの姿を見ないまま、中心に近づいた天馬と大蛇、ミィジャの前に、『光球』の明かりに照らされ、騎士たちの姿が見えて来る。一行は警戒を強めつつ、慎重に近づいた。
多くの騎士が気を失っていた。気を失っていない騎士も正気を保ってはいなかった。ある者は膝を抱え座り込み、ガタガタと震えている。ある者は、腰を抜かし、手に持つ剣で泣き顔を浮かべて虚空を切っている。またある者は、地を這いずり回り、必死に逃げていた。
「この状況をどう思う」
足を止めたアルフが、前を見据えたまま皆に意見を求める。
「見たところ、何かに襲われた、と言う訳で無さそうですね。平静を保っている者がいないところを見ると、精神系、闇属性の魔術の影響が考えられます」
「助ける心算なら、近付いて貰わないと無理ね。『平静』や『覚醒』を使うとしても距離があり過ぎるわ。ああ、『平静』は恐怖を払う魔術で、『覚醒』は気絶から目覚めさせられるわ。それと、前の暗がりにまだ数人いるわよ」
マリオとミィジャの言葉を聞いたアルフは、
「助けるぞ。ミィジャさん、その魔術は何回ぐらい使える?」
「『平静』なら15回ぐらい、『覚醒』なら30回ってとこだと思うわ。効果範囲は私を中心として半径3mぐらいよ。どちらもね」
ミィジャの答えを聞いたアルフの決断は早かった。
「ミィジャさんは、『平静』を使って、正気を失ってる者たちを救ってくれ。その後、俺とテンマが一か所に気を失ってる者を集めておくから、『覚醒』を頼む。正気に戻った奴らも手伝ってもらう。リーフは、マリオとここに。弓で皆をカバーしてくれ。まず、見えている範囲を助けるぞ」
そう言うとアルフは光の中へ駆け出していく。ミィジャと天馬も続いて光の中に踊り出た。
ミィジャが場所を選び、詠唱と共に『平静』と唱えると、足元に陣が浮かぶ。その陣は、『光球』の中でも一際強い光を放って、陣の中にいる者だけではなく、陣に触れる者にも正気を取り戻させた。
アルフと天馬は、警戒しつつマリオの方へと気を失っている者たちを集めていった。その作業は、ミィジャが『平静』を唱えるたびに、捗っていった。
そんな中、前の方で気を失っている者を助けようと近づいた天馬に「ゾクリ」と悪寒が走り、飛び退いた。その様子に気が付いたアルフが天馬に近づこうとして、数歩手前で足が止まった。
「アルフさん、この向うに何かいます」
「ああ、分かってる。今は助けられる奴を助けろ。どちらにしろ、行かざるをえないからな」
アルフの指示に従い、後ろで気を失っている者を助ける事を優先する。一部を除いて後方に集めた。そこへミィジャが『覚醒』を唱える。まだ、正気を失っている者たちもいたらしく、数人が前へ、後ろへと駆け出してしまった。残った者たちにアルフが声を掛ける。
「俺らは大蛇、味方だ。ところで、何があった? 騎士団長は何をした?」
助けられた騎士たちが顔を見合わせ、年嵩の騎士が口を開いた。
「騎士団長と共に中心に辿り着いたところ、そこに黒い木が生えていました。それを見た団長が巻物を取り出して、詠唱と共に魔術を発動したのです。一瞬にして光が溢れ、目が潰れるかと思ったほど眩しいものでした。周囲でドタドタと駆けていく音が聞こえ、光が収まると闇しかなく、その中で風が、突風が吹いたと思ったら、夥しい数の蟲が私の体に這い上がって来るのです。それに恐怖して、方向も分からずに逃げ出しました。それから先の事は覚えておりません」
年嵩の騎士の話しを聞いていた他の騎士達が、「違うぞ、食屍鬼が襲って来たんだ」、「幽霊だ」、「いや、あれは蜘蛛の魔物だった」と口々に違う事を言った。
その話を聞いていたマリオが、
「相手は恐怖を見せて来る? 黒い木が生えていたと仰いましたが、間違いありませんか?」
その問いに騎士たちが頷く。それを見たマリオは思索を巡らす。その間に、
「もう間もなく日も出るだろう。お前たちは、これからどうする? 俺達は前進するが、ついて来るか? ここに残るか? それとも、出口を目指して移動するか? 大丈夫、ゴブは殆どでないはずだ。実際、ここまでの間、俺達はゴブと遭遇してはいない。で、どうする?」
と、アルフは騎士たちに選択を迫った。再び顔を見合わせる騎士たち。先ほどの騎士が口を開いた。
「申し訳ないが、ここに残る。下手に移動して迷う事もあるかもしれん。共に行くなど考えたくもない。すまぬ」
そう言って、唇を噛んだ。
「分かった」
と短く答えたアルフは、マリオに視線を移した。天馬、リーフ、ミィジャもマリオの言葉を待つ。その静けさに天馬は、悪い予感を募らせる。
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