073 ゴブリンの脅威と天馬の決断
毛布にくるまり、目を閉じても眠れない天馬は、これからのことを考えては悪い未来を想像してしまう。たまらず馬車を降りて空を見上げると、そこには大小三つの月が浮かんでいた。
「ああ、ここは異世界だったんだな。夜、外に出たのは初めてだったな」
と、今さらながら新鮮な気持ちになる。懐中時計で時間を確認すると、すでに午後11時半を回っていた。
物音がして辺りを見回すと、篝火の明かりに照らされた一人の冒険者が近づいてくるのが見えた。おどおどした様子の青年が
「あの、そろそろ交代の時間になるので起こして来いと言われたんですが・・・、大蛇さん達の馬車で合ってますよね?」
と尋ね来た。
「合ってますよ。僕が大蛇の皆さんを起こしておきますよ」
と青年に答えて、天馬は馬車に戻って仲間たちを起こして回った。青年は隣の馬車へ向かっていった。おそらく黄色い熊を起こしに行ったのだろう。
大蛇の面々が馬車から降りて体をほぐしていると、アルフが、
「さて、長丁場になるぞ。最低でも明日の昼までは仕事をしないとな。テンマ、これを噛んでおけ。苦味があるから眠気も覚めるし、空腹も感じ難くなる。多少の高揚感を感じる葉だ。俺達や傭兵が徹夜仕事に際して使うもんだ」
と言って、短い枝ごと天馬に投げ渡した。アルフ自身も手元の枝から葉を毟り取って口に入れ、噛み始めた。
天馬は渡された枝と葉を観察する。親指大で桜の葉に似ているが、葉脈がしっかりとして赤みがかっていた。『鑑定』と唱えて視てみると、
『ガートゥの葉 - 種別:複葉 分類:植物 状態:通常 品質:良質 効能:覚醒作用、興奮作用、空腹感の減少効果 中毒性:極小』
と表示された。『状態異常耐性』を持つ自分にどれほどの効果があるか分からないが、アルフの好意を無下にもできず、葉を毟って口に放り込み噛んでみた。口いっぱいに広がる苦みに天馬が顔をしかめると、大蛇の皆は口々に、
「大人の味よ」
「苦労の味でしょ」
「冒険の味だ」
と好き勝手に言った。天馬は皆の顔を見渡し、リーフの意見に同意し
「大人の味ですね」
と答えた。
アルフの号令で皆が村の入り口へ向かう。篝火に照らされた岩壁の間にぽっかりと口を開いた闇があった。間口15mほどの村の入り口、その前に大蛇と黄色い熊が陣取る。
村の入り口にはアルフと天馬、ダンドを始めとした黄色い熊の4人が等間隔に並び、それぞれの武器を構える。背後で『光球』という声がすると、前方にはゴブリンの死体が二十数体と数本の松明の燃えカス、そして一人の冒険者の遺体が照らされた。それを見た天馬は思わず目を逸らす。
「テンマ、目を逸らすな。しっかりと見るんだ。俺やマリオ、リーフもああなる覚悟を持ってここにいる。お前もその覚悟を持っている。だから、ここに立っているんじゃないのか?」
アルフの言葉に、天馬は冒険者の遺体を直視する。その生々しく血まみれの遺体に憐れみと、傷をつけたゴブリンに対して怒りを感じて、剣を握る手に力がこもる。見ているのが辛くなった天馬は、冒険者の遺体を『収納』し、ゴブリンへの怒りを強く意識した。
天馬が冒険者の遺体を『収納』した瞬間、「へっ」「ひょ」という声が上がり、アルフは頭を掻いて、大きく息を吐く、
「ふーーー、しゃぁねぇか」
と呟くと、隣に立つダンドのもとへ向かい、二言三言話して戻ってくる。天馬が何を話したのか聞こうとした時、アルフは懐からギルドカードを出して確認し、ダンドを見た。
「団長様が中に入ったとガルフ殿から連絡が入った。気を抜かず集中しろ。野郎ども!」
ダンドがそう叫ぶと、黄色い熊のメンバーはそれぞれ雄叫びを上げて気合を入れる。後ろに立っている女性からも野太い声が聞こえ、アルフと天馬は顔を見合わせた。
「そう言う訳だ。俺らも気を引き締めろ。リーフ、俺らとマリオの間に入れ」
とアルフが指示を出した。リーフがマリオの前に出て、天馬は左半身で構え、闇の中を見つめ警戒を強める。隣に立つアルフからもぴりぴりとした気配が伝わってくる。
「団長が中に入った」との連絡から30分ほど経った頃、村の中から閃光が走った。皆に緊張が走る。数瞬後、村の中が騒がしくなり、闇の中から大量のゴブリンが向かってきた。
たまらずアルフが声を荒げ、
「マリオ、デカいのを出せ。直ぐに!」
と叫ぶ。アルフの方に駆けながら
「紅蓮の業火よ、我が敵を阻む盾となれ『炎壁』」
と詠唱を終えたマリオは、皆の前に『炎壁』を出現させた。
向かってきたゴブリンは、炎の壁を前にしても勢いを変えることなく突っ込んできた。炎に包まれ、自らが燃えてもゴブリンの足は止まらずに近づいてくる。さすがに『炎壁』を抜けてくるゴブリンはいなかったが、続々と炎の壁に突っ込んでくるゴブリンを見て、出口を固めていた大蛇と黄色い熊はたじろいでしまった。
「何があったと思う、ダンドの爺さん」
「分からん。じゃが、あの閃光が原因なのは決まりだろうな」
と、アルフとダンドが言葉を交わす。アルフがマリオに、
「マリオ、何かわからねぇか。想像でも構わない。意見が欲しい」
と尋ねると、
「巻物か、魔装具なのかは分かりませんが、ゴブリンが恐慌状態に陥ったことからの推測になりますよ。おそらくは、浄化に属するモノを用いたのではないかと思います。それより、次が来ていますよ。どうします?」
と答える。マリオの言葉に皆が『炎壁』の方へ目を向けると、炎の壁の向こう、陽炎の揺らめきの中、殺気立つ醜悪なゴブリンの集団が見えた。
「マリオ、『炎壁』の向うに『岩壁』を出せるか?それと『岩壁』の巻物は残っているか?」
と問いかけたアルフに、
「残念ながら、巻物は残っていません。『岩壁』を出す事は出来ると思います。でも、いい所2m向うですよ。それと『岩壁』を出したら『炎壁』が消えますよ。それで良いですか?」
とマリオは返す。次にアルフは天馬に、
「テンマ、お前は水の壁を出せたよな。この出口を塞ぐぐらいの長さで出せるか?」
と尋ねる。
「分かりません。出来ない、とは言いたくありませんが、出来なかった時を考えると・・・・・・」
と天馬が答える。マリオと天馬の話を聞いて、アルフは考え込んでしまう。
「アルフ、『炎壁』がそろそろ消えます。早く決断を」
とマリオが促す。アルフは頭を掻き毟りながら「どうする、どうしたらいい、どうしたら」と呻くような声が天馬の耳に届く。
「アルフさん、『炎壁』が消えたら、僕が『水刃』で数を減らします。そしたら、また、マリオさんに壁を出して貰いましょう。マリオさんの壁が消える前に動くべきです」
天馬の声に、アルフはすがるような表情で天馬を見た。同時にマリオが
「もう、消えます」
と叫ぶ。その声を聞いた天馬は、炎の壁の前に詠唱しながら駆け出した。
報告と御礼(2025/6/10)
なんと一昨日(6月8日)、累計PVが300万を超え、昨日(6月9日)、総合評価も35,000pt 超えました。凄く嬉しく思っております。また、遅くなりましたが、総合ランキング、連載中の月間でもTop10に入りました。これも読んで戴いている読者、皆さまの御力添えの御陰と思い、一層の精進をして参ります。
誤字報告をして下さった皆様、この場を借りて、お礼を申し上げます。
感想を書いて下さった皆様、有難く拝読させていただいております。
ブクマが増えたり、リアクションを頂く事。感想やレヴュー、評価を頂ける事は、変わらずに執筆の励みです。
あと数話で、強制依頼の話は終わる予定です。
次は、騎士団長が主役の話。
今後とも、宜しくお願いします<m(__)m>。




