072 アルフの謝罪と迷宮攻略に向けて
天馬が夕食を作り終えた頃、アルフがダンドと黄色い熊を連れて戻ってきた。
「おお、飯か。俺の分もあるよな?」
アルフはそう言って地面に胡坐をかくと、マリオがすかさず
「戻るなり何なんですか。その前に言うべきことがあるでしょう」
と咎めた。リーフは無言でアルフを睨みつけている。険悪な空気を察した天馬は、黙ってアルフの夕食の準備に取り掛かるためにその場を離れた。
「何を言えって言うんだよ。この後の作戦のことか?」
アルフの言葉に、マリオは深々とため息を吐き、リーフはがっくりと項垂れた。
「まずは、私やリーフ、テンマ君にねぎらいの言葉をかけるべきでしょ。少なくとも、討伐証明の回収作業について進捗の確認と、ねぎらいが先でしょうに。今の私達は、以前の私達と違うことに自覚はないですか?」
「前と違うって、どういう意味だ? 変わんねぇだろ、俺達は」
「そうですね、私達は変わっていないのかもしれません。でも、テンマ君と共に動いているんですよ。彼の能力に助けられ、今まで以上の成果が上がっている自覚はあるでしょう? ゴブリンの討伐も楽にできるようになり、毎回の回収をまとめてできるようになった。その数が多いことを確認し、リーフや私に任せた自覚はありますよね」
マリオの言葉の中に、アルフは自分への苛立ちを感じ、押し黙った。そんなアルフを見て、マリオは言葉を続けた。
「まず、私達をねぎらい、回収の進捗状況を確認する言葉を一番に言うべきです。貴方のその大雑把というか、多少のことを気にしない性格は嫌いではありませんが、今回はさすがに酷いと思いますよ。色々と」
マリオの言葉に黙り込むアルフ。リーフとマリオは無言の圧をかける。数瞬の間の後、アルフは深々とため息を吐くと、胡坐をかいたまま頭を垂れた。
「すまなかった。もう少し気を遣うべきだったと思う。許してくれ、この通りだ。あと、ゴブの事、任せっぱなしにして悪かった。処理も含めてありがとな」
その時、天馬が食事を持ってきてアルフの前に置き、
「皆さんも冷めないうちにどうぞ」
と、サーペントの皆に食事を勧め、自分も口にした。
「テンマ、その、なんだ、色々と悪かった。以後は気を付ける。俺に言いたいことがあれば気にせずに言ってくれ。リーフもそうしてくれた方が、俺が楽だ」
アルフが天馬に謝罪の言葉を口にし、同時に天馬とリーフに自由に意見を言うよう促した。その言葉を聞いてリーフが天馬の方を見ると、リーフと天馬の視線が合った。
「何が悪かったと思っての言葉か、よく分かりませんが、アルフさんの謝罪を受け入れます」
天馬がそう言うと、リーフは、
「討伐証明の回収は、原則としてみんなでやること。これだけは約束して」
と付け加えた。アルフは大仰に頷き、
「分かった」
とだけ口にすると、パスタを皿ごと食べるような勢いで一息に啜り、咽せた。その様子にマリオは呆れた眼差しを向け、自分の食事に手をつけた。
皆の食事が終わり、天馬が片付けに立とうとした時、アルフから声がかかった。
「テンマ、ちょっと待ってくれ、マリオとリーフも。これからの動きを話す」
そう言って、アルフはガルフの作戦を話し始めた。夜半にサーペントを始めとしたBランクパーティーが出口の守りに就くことまで話し終えると、アルフは黙考してしまった。
「先を続けなさいよ。それとも、これで終わりなの?」
リーフが痺れを切らして、アルフに不平を口にすると、アルフは、
「あー、明け方まで出口を守って、朝日が昇ったらCランクのパーティーと冒険者で攻略の予定なんだが……、夜半過ぎに何か起こるかもしれん。まあ、メインは正面になると思うが、不測の事態も想定しておいてくれ」
と歯切れ悪く言った。
「要領を得ませんねぇ。何で、何かが起こると思うんですか? しかも夜半過ぎというのは、理由があって言っているんでしょ」
マリオの言葉にアルフは虚空を見上げ、言葉を探すように話し出した。
「騎士団長がダンジョンの攻略に向かうんだとよ、五十人の騎士と共に夜中に。最初は俺ら冒険者に夜の攻略を命じるつもりだったらしい、ガルフは当然、猛反対。それでダンドの爺さんが間に入って、思い止まるように言ったんだが…、渡りに船と言わんばかりに、自分が行くと言い出したんだ。団長が何を考えているか分からないが、何か考えがあっての行動だと思う。だから、何かが起こると思うんだが、それが分からない。確定じゃないから、不測の事態を想定してくれと言っている。マリオ、アイツが何をするつもりなのか、心当たりはないか?」
アルフの話を聞きながら、リーフは装備の手入れを始め、天馬は食器を持って片付けに向かう。アルフに問われたマリオも首を傾げて、
「分かりませんね。今の話から分かるのは、人数を当てにした作戦ではないと思えます。つまり、強力な魔装具かスクロール、兵器を使うのだろうと想像するだけですよ。でも、アルフの言いたいことは分かりました。テンマ君が戻って来たらスクロールを分配して仮眠をとりましょう。『帰還』のスクロールはガルフさんに渡しておきましたよ」
そう言ってマリオも自らの装備を確認し始めた。それを見て、
「そうか」
と一言返すと、アルフも自らの武器の手入れを始める。片付けを終えた天馬が大蛇の元に戻ると、アルフが顔を上げて、
「戻ったか。マリオ、リーフも確認だ。まず、仮眠の前にマリオからスクロールを受け取って『呪文名』を確認しておいてくれ。仮眠は長くとも夜半まで、眠れなくても横になること。騎士団と団長様が中に入る前に準備を整えてくれ。騎士団が中に入ったらガルフから連絡がある。その後は臨戦態勢でいてくれ。以上だ」
そう言って手をパンと叩いて話を締めくくると、マリオがスクロールを皆に配りながら説明を始めた。
「では、『光球』を4本ずつ。『治癒』を3本ずつ。
『光球』はその周囲、約20mの範囲を二時間程度照らします。夜の間は私の『光球』を使います。緊急の場合以外は使わないように。『呪文名』は『光球』。スクロールを広げて唱えてください。自分の傍から20mぐらい先まで飛ばせます。慣れないうちは剣の間合いを意識してみると良いかもしれません。
『治癒』は、自分でも、他者でも、手を触れた状態でスクロールを広げて『治癒』と唱えれば怪我を癒します。致命傷でもある程度の回復は見込めますが、失った体の部位は戻りませんから注意してください。ところでアルフ、私達はどの馬車を使えばいいのですか?」
マリオの説明が終わると、アルフは一台の馬車を指差し、
「あれだ」
と言った。するとスッとリーフが立ち上がって馬車に向かっていった。それを見て他の3人もリーフの後を追う。その途中、
「馬車?」
と天馬が漏らした言葉を耳聡く聞き取ったマリオが、
「来るときに乗ってきた馬車を天幕代わりに使うんですよ。湿気も上がってこないので快適ですよ。寝具は使い回しですけど……そうだ、テンマ君、寝具に『洗浄』をかけてください。シラミやダニに悩まされることがなくなりそうな気がします」
「気休めだと思いますけど」
マリオの提案を快諾した天馬は、馬車に乗ると寝具に『洗浄』を唱えた。
「嫌な匂いが消えただけで、快眠できそうに思えるから不思議よね」
リーフはそう言って毛布に包まった。皆が呆れた顔でリーフを見て、それぞれの場所で仮眠をとって、来るべき時に備える事となった。




