070 またもや作戦の変更?
飛来する矢を叩き落としたアルフは、警戒を一段と強め、霞の中を睨みつけた。その足元に矢が突き刺さるのを目にした天馬は、アルフの元へ駆け寄り、右隣に立って周囲に鋭い視線を巡らせた。
霞の向こうに五つの影がぼんやりと見え、こちらに近づいてくる。さらに警戒を深め、剣を構える。あと数歩で影の正体が判明する、と天馬が思ったその時、隣に立つアルフの肩から力が抜けた。その変化に驚く天馬に、アルフは、
「大丈夫、味方だ。そうだろ、黄色い熊」
と大声で呼びかけた。
その声に応じ、霞の向こうから現れたのは、いかにも戦士といった風貌の男が四人、そして彼らより頭一つ背の低いローブをまとった女性だった。見事な白髭を蓄えた老年の戦士がアルフに近づき、尋ねる。
「魔術師ギルドの実験台というのは本当だったようだな。そのせいか? それとも、そっちの新顔の力か?」
「両方だ。こいつはテンマ。俺たちの仮メンバーで、ギルド期待の新人だ」
アルフはそう言って天馬の背を軽く叩いた。
「初めまして、天馬と言います。よろしくお願いします」
「おう、俺はダンド、黄色い熊のリーダーをやっておる。まあ、年嵩って理由でな、ガハハ!」
ダンドと名乗った老齢の戦士は豪快に笑った。
「それで、中の様子はどうだった?」
アルフの問いに、ダンドは不吉な答えを返した。
「そうじゃなぁ、家の中がすっかり変わっておった。あれは、迷宮化の影響だろうな。外に近い場所であの状態だとなると、奥へ行けば行くほど厄介になるだろう。まともに攻略しようとすれば、多くの犠牲が出るかもしれん。
日が昇っているうちに周囲を囲めれば、明日の朝には妖術師たちに極大魔術で一気に燃やしてもらう方がいいかもしれん。どう思う?」
ダンドの提案に、アルフは頷いた。
「そうだな。昼の作戦変更はガルフが相手だったから楽だったが、夕方には騎士団も到着するし、そうなると面倒なことになるだろうな。まあ、ダンドの爺さんが俺と同意見で良かったよ。それより、巻物で壁を作ってくれよな」
「分かっておるわ」
ダンドはそう言うと、柵の方へ向かい、巻物を広げ「岩壁!」と呪文を唱え、壁を作り出した。ダンドと「黄色い熊」の面々、そしてアルフと天馬もそれに続いて村の外へ出る。
柵を越えたダンドに、アルフが指示を飛ばす。
「向こうの草叢の掃除、頼んでも良いか? 俺は、このまま右側を回って作戦の進捗報告と合わせて、ダンドと俺の意見としてガルフに話してくる。テンマは、戻ってくれ」
アルフの言葉に、天馬もダンドも頷いた。「黄色い熊」は草叢の方へ、天馬はマリオたちの方へ、そしてアルフはガルフの元へとそれぞれ動き出した。
天馬はすぐにマリオと合流できた。マリオはすでに半分以上の壁を作り上げていたのだ。天馬を見つけたマリオは、
「お疲れ様、テンマ君。とりあえず、リーフのところに行ってあげてもらえますか? 半分ぐらいは終わっているでしょうが、量が多いですから、手伝うか、一度アイテムボックスに収納して、こちらに来てくれても構いませんよ」
そう言われた天馬がリーフの元へ着くと、リーフは、
「あああ、もう。終わらない、終わらない、終わらない」
と半ば壊れたように呟いていた。
「リーフさん、手伝いますよ。回収が終わったものを収納しましょう。気持ち的に楽になりますよ」
天馬がそう声をかけると、リーフは泣きそうな顔で天馬を見つめ、
「やっと戻ってきた。テンマ君、手伝って、終わらないのよ」
と言って、天馬に抱きついてきた。ようやくリーフを落ち着かせた天馬は、回収済みの死体と未回収のゴブリンをそれぞれ『収納』し、リーフには『洗浄』を施した。
「マリオさんのところに行きましょう。まだ壁のない所で僕と一緒に討伐証明の回収をしましょう」
天馬の言葉に従い、リーフは重い足取りで移動を始めた。マリオは順調に壁を築き、残り1/4ほどで、「黄色い熊」が作った壁が見える位置まで来ていた。
「マリオさんは順調ですね。僕らはこの先で作業していますから、何かあれば声かけて下さい」
「分かりました。それより、リーフは大丈夫ですか? なんだかブツブツ言っていますけど」
「大丈夫だと思います。この後は僕もいますし、マリオさんも終わったら手伝ってくれますよね」
リーフと共に、マリオがまだ壁を作っていない場所まで進んだ天馬は、未回収のゴブリンの死体を『展開』し、リーフと共に討伐証明の回収を始めた。その作業が終わる頃、マリオも壁の構築を終え、天馬たちに合流した。マリオが加わったことで、回収済みの死体を『展開』し、焼却をマリオに頼む。皆が一息ついたところで、天馬は申し訳なさそうに切り出した。
「すみません、アルフさんと倒した分、出してもいいですか?」
天馬の言葉を聞いたリーフは、ものすごく嫌そうな顔を浮かべた。
「まだあるの? 何匹くらい?」
「200ちょっと。三人でやればすぐ終わりますよ……きっと」
天馬の答えを聞いたリーフは肩を落とし、マリオは深々とため息をついた。
三人が黙々と作業を続けていると、気配を感じた天馬が顔を上げ、周囲を見回して警戒した。天馬の様子に気づいた二人も辺りをうかがう。大勢の人の気配を感じた天馬はその方向を睨みつけた。しばらく様子を見ていると、天馬たちの目に戦士風の男が映り、その男が後ろを振り返って手を振っている。それを見たマリオは警戒を解いた。
「ああ、傭兵と騎士たちが来たようですね。ちょっと行ってきます」
そう言ってマリオがその場を離れると、天馬は作業に戻り、リーフは周囲の警戒を続けていた。
天馬が作業を終える頃合いを見計らったかのように、マリオが戻ってきた。
「彼らは陣地の設置に取り掛かるようですよ。向こうでは本隊が到着し始めたようです。アルフからのメッセージで、私たちは草叢の討伐をするようにとのことです。それよりも先に、ここにあるゴブリンを片付けましょう」
マリオはそう言って作業に加わった。作業を終え、マリオがゴブリンの死体を燃やす。周囲を見回すと、陣幕が張られ、岩壁と草叢の方に篝火が並んでいた。そこに草叢から出てきたダンドがマリオに声をかける。
「おお、マリオ、こっちの掃除は終わったぞ。まあ、奥の方は分からないが。アルフはどうした?」
「ガルフさんの元へ行ったきりですよ、ダンドさん」
マリオの代わりに天馬が答えると、ダンドは言った。
「そうか。じゃあ、俺も向こうに行くとするか。アルフの言葉だけでは足りないこともあるだろう」
そう言って、「黄色い熊」の面々を連れて、その場を離れていった。
「テンマ君、アルフはガルフのところに行ったのですか? 何をするつもりか聞いていますか?」
マリオに問われ、天馬はアルフとダンドの会話の内容を話し、作戦の変更を提案しに行ったのではないかと伝えた。それを聞いたマリオは、ため息交じりに口にした。
「また変更ですか? 今回は本当にグダグダですね」




