069 村を縦断して
民家と思っていた物は、もはや「民家」と呼べる代物ではなかった。近づくまでその崩壊具合に気づかなかったほどだ。扉は蝶番が朽ちて外に倒れ、屋根は抜け落ち、ただ土壁だけが、かつての面影をわずかに留めていた。周囲を見渡せば、同様に朽ち果てた建物ばかりが並んでいる。
アルフと共に息を潜め、天馬は一棟の建物に忍び寄った。外れた扉から中を覗き込むが、視界を遮る霞のせいで、奥まで見通せない。反対側から様子を窺っていたアルフも首を横に振り、天馬に視線を合わせて頷いた。その意図を察し、天馬は意を決して足を踏み入れた。そこで目にしたのは、信じられない光景だった。
外から見た限りでは、せいぜい4m四方程度の広さだろうと予想していた。しかし、足元には石畳が敷き詰められ、壁は石造りに見える。天井も高く、何よりその空間は広い。ゆうに10m四方はあるだろうと天馬は感じた。辺りを見回して魔物がいないことを確認すると、天馬はその空間を後にした。
戻ってきた天馬から話を聞いたアルフは、
「厄介なことになりそうだな」
とつぶやき、隣の建物を指差して天馬に同行を促す。天馬もアルフに続いて隣の建物に近づき、同様に中を覗き込むが、やはり奥は見えにくい。
アルフの合図で中に入った途端、ゴブリンが天馬に斬りかかってきた。咄嗟のことで反応が遅れたが、胸甲に斬りつけたゴブリンは、その付与の効果で体勢を崩した。その隙を見逃さず、天馬は剣で一閃し、ゴブリンを倒す。部屋の中には、10匹近いゴブリンが天馬の隙を窺っていた。天馬はゴブリンの群れを突っ切るように走りながら剣を振るう。足を止めることなく、触れるか触れないかの間合いで次々とゴブリンを斬り伏せていった。部屋にいたゴブリンを一掃し、周囲を確認する天馬。部屋の広さも作りも、先ほどの空間と全く同じだった。
外に出た天馬は、中の様子をアルフに報告する。天馬の報告を聞いたアルフは、苦い顔でため息をつきつつ、次の建物へ向かう。その様子に、天馬は一抹の不安を覚えながらアルフの後を追った。
その後もいくつかの建物を探索し、中に巣食っていたゴブリンを倒しながら村の中を進むと、比較的広い道に出た。広いといっても、馬車一台がやっと通れる程度の幅だ。道の左右を見回したアルフは、天馬に周辺警戒を命じ、「リーフ、この道がわかるように、柵の向こうへ矢を射ってくれるか」と大声で指示を出した。リーフが手を振って後ろを向き、矢を番えるのと、天馬の前にゴブリンが現れたのは、ほとんど同時だった。十数匹のゴブリンをアルフと二人で倒し、その死体を回収する。
「アルフ、終わった? こっちも終わったよ」
とリーフが大声で報告する。天馬は警戒を強め、アルフはリーフの方を窺い、マリオも周囲を警戒した。しばらく待っても周囲に変化がない。アルフが息を吐いて緊張を緩め、大きく左手を挙げて静かに前へ振り下ろす。マリオとリーフが前へ進む。それを確認してアルフも歩き出す。天馬もアルフに続いた。
その後も、いくつかの建物を探索し、中に巣食っていたゴブリンを倒しながら村の外へ向かう。目の前に朽ちた柵が見えてきた。
「やっと外か。一度、外に出てマリオに壁を作ってもらわないとな。あと、ゴブリンの討伐証明の回収と処理もしてしまおうか? な、テンマ」
「そうですね」
そんな会話をしながらマリオの方へ歩いていくと、マリオもリーフの方へ歩いていく。リーフの向こうで壁を作り終えたマリオは、そのまま柵の方へと向かった。リーフもアルフと天馬も足並みを揃えて柵の方へ歩き出す。
柵を越えると、マリオが壁を作り始めた。その間に、天馬は回収したゴブリンの死体を『展開』する。その数は100匹を超えていた。それを見たアルフが、
「これだけあると、討伐証明の回収も一仕事だな。俺は、他のパーティーリーダーと連絡を取るから、先にリーフと一緒に回収しておいてくれ。警戒は怠るなよ」
と言って、離れていった。
「都合良いわよね、アルフは」
とリーフがぼやく。天馬はリーフと二人で黙々と討伐証明の回収作業を進めた。二人が10分の1ほど回収を終えたところで、アルフが戻ってきた。
「テンマ、出してもらったところ悪いが俺と一緒に来てくれ。黄色い熊の応援を兼ねて、柵に沿って向こうに行くぞ。リーフは回収、マリオは壁を作る作業を進めてくれ。
リーフ、矢を……3本、テンマに持たせてくれ。俺にも1本。テンマはさっきのリーフの役目を。俺の援護に回る時は、その場に矢を刺してから来てくれ。マリオ、ヤバいと思ったら、ギルドカードかデカい魔術を使って知らせてくれ。まあ、リーフもいるんだし大丈夫だとは思うがな。リーフもマリオに気を配っておいてくれよ。じゃ、行くぞ」
そう言って、アルフは天馬に付いて来いと合図を送り、柵の方へと向かった。天馬が申し訳なさそうな顔をリーフに向けると、リーフは肩をすくめ、仕方ないというように微笑んで頷いた。
柵を越えると、天馬は柵が見える位置に立った。その天馬を見ながら、アルフは村の中に向かって適度な距離を取り、立ち止まった。腰の魔法の皮袋から何かを取り出した。何を出したのか天馬が考える間もなく、「ピーーーーーーーーーーーーッ」と警笛のような笛の音が響き渡った。アルフが吹いたのだろうと考えた天馬は、言われた通りに矢を刺し、アルフの方に駆け出した。
アルフの笛の音に誘われ、十数匹のゴブリンが霞の向こうから現れた。お互いが死角を作らないように、突き刺した矢が見える距離を保ちつつ、アルフと天馬は次々にゴブリンを倒していく。ゴブリンを倒し、死体を回収している天馬に、
「テンマ、15mごとに笛を吹くから、そのつもりでいてくれ」
と笑ってアルフは言った。天馬はため息をついて元いた場所に戻っていった。
その後、アルフは天馬に言った通り、15mごとに笛を吹き、3回に1回はゴブリンが現れた。その度に天馬も一緒になってゴブリンを倒し、死体を回収した。そんなことを何回も繰り返し、天馬が数えるのを諦めて歩いていると、目の前に柵が見えてきた。
「まだ来てねぇか。手子摺ってんのかな? あいつら」
そう呟くアルフの向こうから、矢が飛んできた。




