043 ルイズの配慮と教会図書館
マリオとルイがカウンター越しに話し込んでいると、身支度を整えた天馬が下りて来た。天馬に気付いたルイズが手招きをする。天馬がマリオの隣に立つと、
「マリオから聞いたんだが、お前、常識に疎いらしいな? そうは見えんが。本当か?」
「そうですね。そうかも知れません」
「そうか。まず、宿の鍵は4日後、朝飯を食ってから返してくれれば、それで問題は無い。寝間着やタオルの替えは、部屋にある物を持ってきたら替えを渡してやる。泊りの延長は、前日、3日後の朝、遅くても夕方には言ってくれ。
鍵の返却が無く、連絡も無い時。その後3日は使っている部屋を残す。その間にギルド等のそいつの関係先に問い合わせをする。鍵の返却が遅れている理由を誰かが知っていれば、部屋は取っておく。その間の料金は鍵の返却時に払って貰う。
理由が不明な時は、4日目の午前中。それまでに顔を出さなかったら、宿代の踏み倒しとして衛兵とギルド等に通報する。
これが、宿屋ギルド加盟店の客に対する対応だ。覚えておいた方が良いぞ」
そう言って、天馬に宿屋の常識を教えてくれた。
「テンマ君、まだ朝食は摂っていませんよね。一緒にどうですか?」
「構いませんよ」
マリオに誘われ、天馬は朝食を共にする。天馬が食べ終わるのを待って、
「テンマ君。今日はどこへ行くんですか? 町を散策すると言っていましたけど」
「そうですね。この町に図書館が在れば行きたいと思います。それと昨日、行けなかったお店にも行ってみたいです」
「図書館ですか? ありますよ、魔術師ギルドに。あとは教会にも図書館が。魔術師ギルドは魔術書が充実していますね。教会の図書館は神学の本が充実していますし、一般的な本も魔術師ギルドに比べると圧倒的に多いです。テンマ君は魔術師ギルドの図書館なら無料で使えまよ。教会の図書館は登録が必要になります。登録料は小銀貨1枚。昨日、結構な金額を使っていましたが、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。貸出はしてるんですか?」
「貸出? そんな事をやってる図書館は無いと思いますよ。魔術師ギルドでも、研究室への持ち出しに学長の許可が必要なぐらいです」
「そうなんですね。でしたら、先に紙と書く物を買ってから図書館に行く事にします。紙とか書く物を売ってるお店を教えて貰えませんか?」
「ご案内しますよ。魔術師ギルドは『後輩を教え導く事』を先達に義務付けていますので」
「そうなんですね。魔術師ギルドって中々に大変そうですね」
「そうなんですよ」
と言って、マリオと天馬は席を立ち、一緒に蟒蛇の寝床を出ていく。階段を下りて来たアルフがその光景を見て微笑んでいた。
マリオの案内で道具屋を訪れた天馬は、値札に書いある金額を見て驚く。日本だとB5のルーズリーフが400円しなかった。この世界では、B5判より小さい紙束が30枚で中銅貨6枚、60枚で銅貨1枚だった。羽ペンも安い物で中銅貨5枚、高いと銅貨3枚。インクは安い物で銅貨1枚、高いと銅貨5枚。天馬は紙を60枚、羽ペンは安い物を2本、インクも安い物を買った。
道具屋から教会に向かう道中、マリオが教会や宗教について教えてくれた。
この世界の宗教は、「始まりの神:カーズ」「光の女神:ルーナ」「闇の女神:イーザ」「戦の神:ウルス」のどれかを信仰している人々が多く、四大宗教とも言われている。人族の女性の名前、リーフの様に長音が入っているのは、女神に肖り美しい女性に育って欲しい親の願いが込められている。
教会には、戦の神を除いた三柱の神々を祀ってある。戦の神は、専ら傭兵ギルドが祀っている。三柱の神々の権能に基づいた事柄を行う事が教会の責務。その内容は、治癒や浄化、契約や誓約の管理と受諾、冠婚葬祭の取り仕切り等がある。
ゴメナの教会は、魔術師ギルドより奥の大通りに面して在った。「隣の建物が図書館ですよ」と、マリオが教えてくれた。
図書館の中に入ると、1階は奥に螺旋階段が有るだけの空間だった。壁際に見窄らしい恰好の人がしゃがみ込んでいて、饐えた匂いが天馬の鼻に漂ってくる。白い壁にしゃがみ込む人々の姿に、天馬は戸惑ってしまう。そんな天馬の様子を見たマリオが彼らの事を教えてくれた。
彼らは、教会に救いを求めて来た人達、宿無し、住居無しの人で、貧民街にも身の置き場がない人達が彼らだと言う。彼らに対して、日に1度の食事と1週間に1度の入浴、体を害した時の治療を教会が行っているらしい。
その話を聞いた天馬は、この世界の底辺を垣間見た様に感じた。
螺旋階段を上がると正面にカウンターがあり、その向こうに重厚な扉があった。カウンターには修道女が、2人座っていた。
ギルドカードと別のカードをマリオが修道女に見せると、修道女はカウンターの向こうにマリオを通した。残された天馬はギルドカードを修道女に見せ、初めて利用する旨を修道女に伝えた。すると修道女が呼び鈴を鳴らして人を呼んだ。修道士が銀板にカードと針、手拭きを持って脇にあった扉から出て来る。持って来た物を修道女渡すと戻って行った。
修道女が天馬に図書館の利用規則を説明して、心付を求める。天馬が小銀貨1枚を修道女に渡すと、修道女は天馬の手を取り、指に針を刺した。指から滴る血をカードに付けて手拭きで指を覆うと
「奇跡の光よ、ここにいる者に癒しを『小回復』」
と唱えた。自分の指先が熱を持ったように感じ、指先を見た天馬は、傷がきれいに消えいる事に小さく驚いた。
修道女が天馬にカードを渡し、奥に通してくれた。マリオと揃って扉を潜と、同じ様なカウンターがあり、修道女が二人、並んで座っていた。カウンターの向こうには、閲覧台が壁際まで続いていた。閲覧台の両側には書架が並んでいて、天井には見事なフレスコ画が描かれていた。
マリオがカウンターの修道女を無視して中に進んでいく。天馬は修道女に会釈をしてマリオを追いかけた。閲覧台に並んで立つと、マリオが小声で聞いてきた。
「テンマ君、どんな本を探しているのです?」
「百科事典? 専門書ではなく、専門書に出て来る言葉を調べるような本。そんな本はあるでしょうか?」
「ああ、百科全書ですね。ありますよ。付いて来て下さい」
そう言ったマリオに付いて、天馬は書架の中を歩く。
「これが百科全書になります」
と同じような装丁の本、14冊を指した。天馬はその左端から2冊を取って、閲覧台に戻った。戻った天馬は、百科全書を一心不乱に読み始めた。
天馬の読むペースは、傍から見ても驚くほど早く、一冊あたり30分のペースで読み終わる。時折、天馬が何かを紙に控えるのを見て、「本当にあの速さで読んでいる」と思ったマリオは呆れるしかなかった。
7冊目を読み終わるタイミングで、マリオは天馬に声を掛ける。
「テンマ君、お昼を食べに出ませんか?」
「そうですね。どこか美味しいところはありますか?」
「アルフ達が外で待っているようなので、教会の食堂で済ませましょうか?」
マリオの言葉に天馬は驚いた。教会に食堂があるのにも驚いたが、それより「アルフ達が外にいる事を知っている」マリオに驚いた。天馬は素直にマリオに聞いた。
「アルフさんが外に居ると、なぜ分かるのですか?」
「ギルドカードで連絡が来たからです。互いのカードに魔力を登録しておくと、連絡が取れるんですよ。こういう具合に」
そう言って、マリオが見せてくれたギルドカードの裏には、「外で待ってる。アルフ」と書かれていた。天馬にアルフからの文書を見せたマリオは、指でその文章をなぞった。すると文章が消えてしまう。そして、マリオがギルドカードを掴んで、目を瞑る。傍から見ると何かを思い出そうとしているようにも見えた。目を開いたマリオが、
「テンマ君、行きましょう」
と言われて、マリオと共に天馬が外に出ると、マリオが言った通り、アルフ達が待っていた。
「おお、待ったぞ。それよりこれは何なんだ」
そう言って、アルフがギルドカードの裏を見せて来た。そこには「今、図書館から出ます。これをテンマ君に見せるまでけさないで下さい。マリオ」と書いてあった。天馬が読んだと思ったアルフは、指でなぞって文章を消した。
「便利でしょ。テンマ君も私達と魔力登録しませんか? 登録はお互いのカードを重ねるだけ、送る時は、ここ。カードの模様が弧を描いているところに触って、送りたい相手をイメージして文章を考えれば送れますよ」
マリオに言われて、マリオのギルドカードを見ると、確かに右側の縁取りが弧を描いていた。便利そうだし、使ってみたいとの欲求に負けた天馬は、大蛇の面々とカードを重ね、早速、アルフと送受信を試してみる。天馬はその便利さに感動を覚えた。
「じゃあ、昼食を食べに行きましょうか」
教会の食堂がある教会の反対側へと、マリオが先頭を切って歩き出した。天馬から行き先を聞いたアルフが不満を口にした。リーフが「アルコールを売っていない食堂の1つがこれから行くとこなのよ」と天馬に耳打ちして、「お酒が飲めないのが不満なんでしょ」と声に出して言うと、アルフが頭を掻いて誤魔化した。
教会の食堂は中銅貨1枚を先に支払って、御盆を受け取り、それを持って給仕係りの修道士の所に行く、すると、修道士がパンやスープの入った椀を順番に御盆に載せてくれた。所謂、給食形式だ。盆の上には丸パン、スープ、から揚げ、サラダ、肉と野菜の炒め物が載っていて、どれも美味しそうに見える。空いているテーブルを探し、4人で腰を落ち着ける。今から食事と天馬が思った時、アルフが口を開いた。
「ゴブの事なんだけど、結構、まずい状況らしい」




