040 天馬君の言い訳と付与と品質
エルンに連れられて、2階の廊下を歩く。廊下の突当り「学長室」と書かれた部屋の扉をエルンがノックをする。中から入室を許可する声が返ってくる。同時に、エルンが扉を押し開け中に入る。天馬の入室を確認して、エルンが扉を閉めた。直後「カチャ」と鍵がかかる音が耳に入る。
室内には、イオとマリオが、応接セットに座っていた。お茶と茶菓子もテーブルに載っている。2人の視線は、エルンと天馬を交互に見て、何事かと訝しんでいる。エルンが、努めて冷静を装い口を開いた。
「学長、報告します。当ギルドから『賢者』。伝説の等級が誕生しました。彼です」
イオが、固まり、マリオは、お茶の入ったティーカップを膝の上に落とした。
「あっちーーー」
マリオの悲鳴で、イオが再起動した。
「『賢者』じゃと? 本当か? 本当なのか? ギルドの記録でも、過去100年は出ていない『賢者』が出たのか?」
「はい、出ました。間違いなく『賢者』です。テンマ君。カードを」
そう言って、天馬が、ギルドカードを出すのが待ちきれないエルンは、天馬ごとギルドカードを引っ張って、イオの目の前に掲げる。カードの組紐からやっとの思いで首を抜いた天馬は、固まっている3人を見ている。
頭の中では、嘘を吐かずにどう言って切り抜けるか、必死に考えを巡らせていた。
「テンマ。この結果に心当たりはあるか?」
「何とも言えません。僕も驚いていますので」
「他の属性の魔法を使った事は、あるのか?」
「先ほどの生活魔法、『洗浄』が光属性であれば他の属性も使える事になります。学長の意見が正しいのなら」
多少、怪しい言い回しの在るイオと天馬のやり取り。そのやり取りが終わると沈黙が支配する。暫らく、天馬の目を黙って見つめていたイオが口を開いた。
「いや、今まで、マリオとテンマの魔法の才に関して意見交換をしておったんじゃが、将来は、『賢者』も夢ではないかと話していたんじゃ。それが、こんな形で現実になるとは。
テンマは、Fランクの身で、既に魔剣士のジョブを持っている。これは、マリオから聞いたのじゃが、凄く珍しい事じゃと。つまり、テンマは、いい意味でイレギュラーな存在なのじゃろうな。つまり、『賢者』に至れる素養と才能はある。じゃが、今は『賢者』じゃないという事にはならんか? エルン」
「そうでしょうか。テンマ君が噓を付いている事もあり得るのではありませんか?」
「大丈夫じゃよ。修練場で『鑑定』を数人で使って、結果も皆、同じじゃった。それに、この部屋の中では、嘘は吐けん。お前らも知っておるじゃろ」
「そうですか。テンマ君は、賢者の卵と言ったところですね。今後を楽しみしていますよ。それより、この事をアルフが知ったら、真剣にパーティーに勧誘するでしょうね。どうですか、大蛇に加入しませんか?」
マリオが、冗談めかして天馬に話しかける。そのお陰で、部屋の空気が軽くなった。天馬も笑顔を浮かべて
「今は、大蛇に入る事は考えていません。将来は分かりませんが。賢者の事は秘密にしてください。この部屋にいる方にお願いします」
と返した。天馬の言葉を聞いて、イオもエルンも頷いている。マリオは、天馬の瞳を真直ぐに見ている。
「エルン。テンマの学びが滞る事の無いように、配慮するのじゃ。研究室の方にもワシの名で触れを出せ。差し当たり、ワシの遠縁で特別扱いとすれば良いじゃろう」
「畏まりました。そのようにいたします」
「我が師よ、今日は、この辺で失礼いたします。皆も待っていると思いますので」
そう言って、マリオが席を立つ。それを合図にしたようにエルンが、部屋のドアを開ける。イオも席を立ち、3人を送り出した。
階下に向かって歩いている中、天馬はエルンに質問をする。
「エルンさん、付与に付いて教えて貰いたいのですが」
「今ですか? あと、教えを乞うときは、師と呼ぶのが常識ですよ。それで、何を知りたいのですか?」
「今日、魔道具と武具を購入したのですが、その際に、普通の素材だと付与は3つまでと聞いたのですが、3つを超えて付与した場合は、その物はどうなるのでしょうか? あと、素材の区分とかが、在るなら、それも知りたいと思います。エルン師」
「そうですね。テンマ君、無属性に対して適性を持っていますか?」
「分かりません。でも、僕が『賢者』に将来なれるのなら、『使えるようになる』という事ですよね。使えるかどうか、では無く、知識として知っておきたいと思ったのですが、いけませんか?」
「良い心がけだと思います。マリオ、貴方も無属性に適性がありましたね。部屋に戻り、マリオの友人が許可を下さったのなら、簡単に教えて差し上げましょうか」
「ありがとうございます」
「エルン師、私もよろしいのですか?」
「構いませんよ。教えると言っても、付与術師なら知っていて当然の内容。秘匿する必要の無い知識ですから」
1階の部屋に戻り、待っていた二人と合流した。天馬とマリオが、二人に時間を貰えるように、その理由を含めて説明して許可を得た。
「それでは、付与に関して教えて差し上げます。先ほど『普通の素材』とテンマ君は言いましたが、付与を施すにあたって、素材の種類と品質は重要です。
素材は、素材自体が元来有している魔力量で、一般、魔含品、魔品、高魔品に分類します。一般とは植物や動物の素材や鉱石。魔含品とは魔力の多い場所で採れる植物や動物の素材や鉱石で、魔鉄はこの分類になります。魔品は、魔樹や魔獣の素材や鉱石で、トレント、魔法銀などですね。高魔品は、一部の魔樹や魔物の素材や鉱石。エルダートレント、ドラゴン、オリハルコンなど伝説級の品になります。
品質は、悪い方から粗悪、悪質、一般、良質、高質、上質、最上、絶品、珍品の順に品質が高くなっていきます。珍品の上に、伝説というのもあると言われています。鑑定魔術のLvが高くなると、品質が分かる様になります。
素材ごとに、一般の品質に付与できる数が決まっていて、一般が2つ。魔含品が5つ。魔品が7つ。高魔品9つ。品質が上がると1つずつ増えて行き、下がると1つずつ減って行きます。
品質に合わない付与を施すと、元の品質から超えた数の分、下がって行く事になります。一般の一般に同時に5つの付与を施すとその品は、形を保てなくなります。これは、実験で確認済みです。
これが、付与と品質の関係です。鑑定魔術のLvが高い者の補助があれば、上限まで付与を施せますが、通常は、一般は3つ。魔品は7つで止めます。
これは、付与を施す対象が、魔道具や武具として使用する前提の品で、一般では、その品質が、一般以下では無い事は間違いが無いと言えます。魔品は、上の品質で無かった時に、付与術師が賠償する事になるからです」
天馬とマリオが、真剣にエルンの説明を聞いた。一方、アルフとリーフは飽きている。アルフに至っては、目を瞑り、船を漕いでいた。




