039 魔術師ギルドと入会審査
2025/7/28 改稿
ドランの店と通りを挟んで向かいに魔術師ギルドはあった。聞けば、ゴメナにあるギルドの大半がこの通り沿いに集まっているらしい。
マリオが先に立って魔術師ギルドの扉を開け、天馬を待つ。天馬が躊躇しているのを見たアルフが、その背中を押した。
天馬が中に入ると、マリオは迷わずカウンターに声をかけた。
「学長を。それから、修練場の使用許可を。学長には、『魔法使い』を連れてきたと伝えて下さい」
「魔法使い・・・・・・ですか、かしこまりました。すぐに学長を呼んでまいります。修練場も手配いたしますので、使うときは声を掛けてくださいね。お願いですよ」
そう言って、受付嬢は奥に消えた。
しばらくすると、「ドッ、ドッ、ドッ、ドッ」と何かが落ちるような音が響き、杖をついた老人が尻をさすりながら現れた。後ろに控える受付嬢は肩を震わせ、天馬も先ほどの音の原因に思い至り、笑いをこらえた。見るとマリオもまた肩を震わせている。後ろのリーフは「ぷっ」と吹き出していた。
「ワシが魔術師ギルド、ゴメナ支部の学長を務める、イオ・ガンダルフじゃ。マリオ、魔法使いを連れて来たと聞いたが、嘘はないな? 杖に誓えるのだろう?」
「もちろんですよ、我が師。杖に誓って。それに、冒険者ギルドのギルドカードもあります。テンマ君、ギルドカードを見せていただけますか?」
マリオに言われ、天馬は、懐からギルドカードを取り出して、イオに渡す。イオは、ギルドカードの両面を確認して、
「テンマ。お主、Fランクで魔剣士とは、魔術の才が高そうで何より。魔法は『水魔法』と『生活魔法』。『生活魔法』とは、どんな魔法じゃ?」
「師よ。私が見たのは、『洗浄』と言う呪文名タイプの魔法です。効果は汚れや匂いを取るもので、ゴブリンの血の匂いも消せます」
「何と、それは凄いのぉ~! 『生活魔法』は、他に何が出来るんじゃ?」
天馬にギルドカードを返しながらイオが口にした質問に、マリオが答えてくれた。やはり、ゴブリンの匂いを消せるのは、凄いことらしい。
「他には、『乾燥』と『水創造』が使えます。他は、分かりません」
天馬は言葉を選んで答えた。多分、光を出したり薪に火をつけたりすることも可能だろうと天馬は考えている。使ったことはないが、「生活に必要な事」が出来るのが「生活魔法」なのだから。ただ、嘘を言わない事を1番に考えた。
「そうか。では、『水魔法』は、どのようなことができる?」
「多分、『水刃』、『水弾』、『水球』、『水壁』は使えます」
「そうか。では、修練場で見せてもらおうか? マリオ、行くぞ」
「見学者の同行を許していただけますか、我が師よ」
「構わんぞ。ほれ、ついて来んか?」
そう言って、部屋の奥に向かうイオの後を追った。下に降りる階段の前で、
「お前さんは下じゃ。他の者はマリオに付いて客席へ」
イオは天馬に付いて来るよう促し、マリオたちとはここで別れることになった。
イオについて長い階段を降りていく。魔道具の明かりが照らす階段の先には、一際、明るい光が見えた。階段を降りきった天馬の目に飛び込んできたのは、2階分の吹き抜けを持った空間だった。
天馬は「闘技場のようだ」と感じた。
その瞬間、複数方向から風が吹き抜けるような感覚を覚えた天馬は、「多分、『鑑定』をかけられたのだろう」と考えた。
イオに続いて修練場の中央まで進み、あたりを見回と、客席にはすでに観客がいた。
その多くが杖を持ち、ローブを身に着けていて、見るからに魔術師ギルドの関係者とわかる格好で、ざわついている。その中で、周囲と違う格好のアルフとリーフは目立っていた。目が合うと、リーフが手を振ってくれた。イオが杖を上げると、ざわめきは静かになる。
「テンマ。これから、お前の魔法を見せてもらう。まず、『生活魔法』じゃが、あれにかけてくれ」
そう言って、イオが示したのは酷く汚れた革鎧とローブだった。
「革鎧もローブも匂いがきつく、魔術で消臭してくれと頼まれた物なんじゃが、いかがせん、匂いがきつ過ぎて、断ろうかと思っておった品じゃ。うってつけじゃろ?」
イオの説明に天馬は苦笑する。要するに、魔術師ギルドで手に余った依頼を天馬にやらせて、うまくいけば儲けものと考えているのだろうと天馬は察した。
「いいですよ。魔法の順番は、任せてもらってよろしいですか?」
「構わんぞ。好きにせい」
革鎧とローブに近づき、天馬は呪文を唱えた。
「『水創造』・・・。『洗浄』・・・・・・。『乾燥』」
天馬が呪文と唱えると、宙から滝のように水が落ち、革鎧とローブ、修練場の床を濡らした。次に、淡い光が革鎧とローブを包み込む。光が消えた次の瞬間、床はすっかり乾いていた。
「イオさん。終わりましたよ」
天馬の言葉を聞いて、イオが近づいてくる。天馬を通り過ぎて、革鎧とローブに近づくと、触ったり匂いを嗅いだりして、確認している。
「はぁ~。凄いのぉ~! 汚れも匂いもないのじゃ。しかも、完全に乾いておる。驚くのは、革鎧の中まで、乾いておることじゃな。・・・水を出すのと乾かすのは『水魔法』の派生とも考えられるが、あの光は説明がのぅ。テンマ、『生活魔法』の属性は何じゃ?」
「分かりません。僕は、無属性と思っていたんですが。違うんですか?」
「う~む、無属性、無属性のぅ。…かも知れんし、光属性の可能性も…。今後の研究じゃな」
最後にイオが小声で言った言葉が聞こえ、天馬はイオを睨んだ。しかし、イオは気にした様子もなく、言葉を続けた。
「次じゃ、次。『岩壁』」
イオの呪文で、岩の壁がせり上がる。2m▢、厚さは50㎝といったところだろうか。これを無詠唱で作り出せるイオの魔術師としてのレベルは、相当高いのだろうと天馬は感じた。
「テンマ。これがマトじゃ。全力で行っても構わんぞ」
イオの言葉に頷いた天馬は、矢継ぎ早に呪文を唱える。
「『水球』・・・、『水弾』・・・、『水刃』」
天馬の掌に現れたバレーボールほどの水球 が投げつけられ、当たった部分の岩が凹み、ひびが入る。天馬の指先から放たれた水弾は岩を貫通し、水刃と言いながら振り下ろされた手刀の先から出た刃は、岩を通り抜けた。
イオは、マトとして出した岩壁に近付き、凹みを触り、穴を覗き込み、岩の表面を確かめる。
「凄い! 凄いのじゃ! 何なんじゃ、この威力は! 『水魔法』ってこんなに力があったのか? 記録にこんな威力はないぞ。・・・・・・使用者が隠していた? ・・・テンマが特別? まぁ、これも今後じゃな。
さて、テンマ。最後じゃ。ワシが放つ魔術を防いでみよ。防げなくとも死ぬことはない。これを付ければな。これは、守りの指輪じゃ。付けておけ」
そう言って、イオが無造作に投げた指輪を天馬は受け取り、指にはめた。
「じゃ、行くぞ。『火球』」
詠唱破棄と思えないぐらいの巨大な火球が天馬に迫る。慌てて呪文を唱え、しゃがみ込む。
「『水壁』」
天馬の前に水の壁が吹き上がる。その壁は天馬の方に傾いた形になっていた。イオが放った火球は、天馬の水壁に触れると激しい蒸気を出しながら、その上を滑るように客席に向かった。そして、客席が、阿鼻叫喚の地獄絵図に・・・・・・ならなかった。修練場と客席の間にある壁を越えずに霧散した。
あとで、天馬にマリオが、結界の効果だと教えてくれた。
「ほほぅ。受けるではなく、いなすか。ワシの『火球』を。見事、見事。これでお主も当魔術師ギルドの一員じゃて。文句はなかろう?」
「いや、僕、まだ入るとは言ってませんよ。マリオさんにも。大体、魔術師ギルドがどんなところか知りませんし」
「そうなのかぁ? ワシはてっきり、入会するもんじゃと思っておったわい。そうかそうか。入会資格はあるのだ。上に戻って魔術師ギルドについて教えてもらえ」
1階に戻ると、先ほどの受付嬢とアルフ、リーフが待っていた。受付に戻らず、奥の部屋に通された天馬とアルフ、リーフの3人。椅子を勧められて座ると、お茶と茶菓子が用意された。
そこへ、扉から一人の青年が入ってきた。3人の前に座るとお茶を飲み、茶菓子に口をつけ、天馬たちにも勧めた。
「私はエルン。ここの事務局長を務めています。先ほどは学長が失礼いたしました。悪い人ではないのですが、好奇心が強くて、偶にあのようなことをするんですよ。それで、テンマ君、アルフさん、リーフ嬢の3人には、学長とマリオから魔術師ギルドについて教え、テンマ君に入会していただくように言われています。始めに、魔術師ギルドについて説明させていただきます。
魔術師ギルドとは、魔術を使える者が所属する組織です。他に教会はありますが、錬金術師ギルドなど、他の術師ギルドは元々魔術師ギルドから枝分かれした組織となります。
魔術師ギルドに入会すると、多くの恩恵が得られます。始めに、図書室にある魔術書を自由に閲覧できるようになります。次に、先達から魔術に関しての指導や助言を受けられます。施設利用に関しても、修練場や研究室を自由に利用できます。研究室を立ち上げることも可能です。特に価値のある研究には、ギルドが予算をつけ協力します。
魔術師ギルドの収入は、魔石の加工や充填の手数料、杖や魔装具、巻物、魔術書Lv3以下の販売、物品への付与手数料、そして鑑定士や付与術師等の派遣手数料など、多岐にわたります。
これが魔術師ギルドの概要と、入会した場合の主な利点となります。他に何か知りたいことはありますか?」
エルンの説明を聞き、天馬は入会を考え始めた。その前に、いくつか分からないことを尋ねる。
「マリオさんから、魔術を使えれば入会できると聞いたのですが、僕の場合も問題はないのでしょうか? あと、先達からの指導や助言は、いつでも受けれるんですか? 最後に、魔装具とは何ですか? 魔道具との違いは、何でしょうか?」
「まず、テンマ君の入会は問題ありません。むしろ、入会いただいて、研究にお付き合いをお願いしたく思っています。
先達からの指導等は、いつでも受けられる、と言えるかと。基本的に、ギルドの内勤者は、研究室に属しています。教えを乞う場合は、その研究室に赴いていただければ、誰かしらがいます。その者が答えられない時は、その上職が対応する事になっています。ちなみに、私は付与魔術研究室の室長も務めています。
魔道具と魔装具の違いですが、受動的な物が魔道具、能動的な物が魔装具と分類しています。魔法の皮袋は、使わないと魔術の効果を発揮する事はありません。しかし、炎の剣は使い手の意志を受けて刀身が炎に包まれ、炎を飛ばします。魔術を内包しているだけのものが魔道具。持ち主の意志で魔術を使える道具や武具が魔装具となります。よろしいでしょうか?」
「分かりました。僕は入会したいと思います。研究へのお付き合いは、時間とタイミング、研究の内容によって応相談とさせてください」
「分かりました。アルフさん、リーフ嬢はいかがでしょうか?」
「いかがも何も、俺もリーフも魔術なんて使えねぇから、入れないだろ?」
「あれ、マリオが伝えてないのでしょうか? Cランク冒険者は中銀貨1枚。Bランク以上なら小銀貨1枚で、魔術が使えない人でも入会できますよ。
高位の冒険者の方ほど、探索は、過酷になります。その負担軽減のため、魔装具や巻物を購入していただいております。先ほど言ったように一般人の6割で買えるので、魔術師がいないパーティーでは、メンバーの中で1人は、入会しているパーティーが多いですね」
「そうなのか。でも、いいや。マリオがいるからな」
「分かりました。では、テンマ君。こちらへ」
エルンに案内され、奥の部屋に入ると、そこには冒険者ギルドで見たのと同じ水晶と操作盤の様な物があった。
「では、テンマ君。ギルドカードを貸してください」
そう言われ、エルンにギルドカードを渡した。そして、水晶に触るように言われて従うと、エルンは水晶玉に触れ、操作して・・・・・・、そのまま固まってしまった。
「エルンさん?」
「ああ、失礼しました。テンマ君、貴方、水以外の属性も使えるんじゃないですか?」
天馬の言葉に我に返ったエルンが、唐突に尋ねてきた。天馬は息をするように、嘘を吐いた。
「使えませんよ。使った事がないです」
その言葉に納得していない顔を浮かべたエルンが、ギルドカードを天馬に返して、
「学長の部屋に一緒に来てください」
と言い出した。返されたギルドカードを見た天馬も、その理由がすぐに理解できた。増えた所属ギルドの隣に記された等級。
『魔術師ギルド-等級:賢者』
原因はこれだった。
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