037 マーニーさんの店 2階とお昼ご飯
2025/7/13 改稿
階段を上がると、1階とは趣が異なっていた。1階が黒檀の床に白い壁、白い家具で統一され、店としての品格を保ちつつ、多くの人が利用することを想定していた。
対して2階は、深紅の絨毯が敷かれ、白の腰壁と金色の蔦がデザインされた黒い壁が特徴的であった。中央には商談用の応接セットがあり、周囲に3つのショーケースが配置されている。少人数での利用を前提とした空間であることがうかがえた。
マーニーに案内され、「大蛇」の面々と天馬はショーケースの前に立った。
「こちらは一般的な宝飾品で、お値段は中銀貨1枚からとなります。主に貴族の方々が鑑賞用や自己顕示のためにお求めになりますね。
次が魔石を用いた宝飾品で、中銀貨5枚からになっております。貴族のご婦人方や冒険者の方々が護身用に購入されることもございます。
最後に、こちらが携帯時計になります。値段は中銀貨3枚からとなります」
天馬の様子を見ながら、マーニーは説明を続ける。
「安価なものは日に一度ネジを巻く必要がございますが、この辺りの品は、リューズに魔石を使用しているため、時間を確認するたびに魔力が補充され、ネジを巻く手間が省けるようになっております」
天馬はマーニーの説明を聞きながら、携帯時計=懐中時計を見ていた。中でも、シンプルな銀時計が気になった。
それは、銀の下地に黒で文字が書かれていて、装飾は最低限、文字盤の下には白いものが顔を覗かせていた。それがハーフハンターケースかどうかは、ショーケース越しでは分からなかった。
「マーニーさん、こちらを見せて頂いてもよろしいですか?」
天馬の願いをマーニーは快く承諾し、ショーケースから時計を取り出して渡してくれた。
手にした懐中時計は、ハーフハンターケースだった。裏蓋を開けると魔法の皮袋と同じ印がダストカバーに刻まれていた。リューズ部分には魔石がはめ込まれていた。
「携帯時計の持ち運びは、このままなのですか?」
天馬が尋ねると、
「紐か鎖を用います。このような物になります」
そう言って、ショーケースの下から、鎖、組紐、糸を出して、天馬が持っていた懐中時計を使って実際の使い方を示してくれる。
「この糸はスパイダーシルク。蜘蛛の魔物から採取される糸で、同じ太さの鉄の3倍もの強度がございます。鎖は魔法銀、金、銀。組紐は魔獣の革ですね。
この携帯時計に近いデザインのこちらの品は、ボウとステムが魔法銀でできておりますので、鎖に魔法銀か、スパイダーシルクを使うと、鎖に触れているだけで魔力の充填が可能になります」
「その分、お高くなるんでしょ?」
天馬がと尋ねると、マーニーは、
「そうですね」
と頷いて、言葉を続けた。
「最初にテンマ君が選んだ物が中銀貨4枚、鎖を魔法銀にすると中銀貨5枚、組紐は、サービスになっています。ボウとステムが魔法銀の物は、中銀貨8枚と小銀貨8枚になります」
天馬は悩んだ末に、ボウとステムに魔法銀が使われている方を買うことにした。
「それでは、中銀貨8枚と小銀貨8。・・・いえ、中銀貨7枚で結構です」
「組紐も頂けますか? あと、時間を合わせたいのですが、どこかに時計はありますか?」
「構いませんよ。時計はここに」
そう言ってマーニーが懐から時計を取り出し、時間を確認する。
「おや、もうこんな時間でしたか。テンマ君、今は11時50分です」
マーニーが天馬に時計を見せてくれた。
「『大蛇』の皆さん、テンマ君も。もしよかったら一緒に昼食はいかがですか? 領都から買い付けてきた物があるんですよ。保存が利き、調理も簡単、しかも美味しいと聞いて買ったんですが、妻にも薦め辛くて」
「いいぜ。マーニーさんにはいつも世話になっているしな。代わりにテンマを着替えさせてもらえないか? 色々と買って来たんでよ」
アルフの言葉に、マーニーは笑顔で、
「構いませんよ。では、上へどうぞ」
と答えた。マーニーの案内に従って3階へと上がると、そこはマーニーの自宅だった。一見すると質素な造りだが、細部にまで意匠が凝らされて、見る人が見ればその価値がわかる、といった趣の内装になっていた。
「では、先にテンマ君、こちらの部屋で着替えを。廊下で待っていますから、そのつもりでお願いします」
マーニーの言外のプレッシャーを感じながら、天馬は部屋に入った。「ここは下働き用の更衣室だろうか?」 そんなことを考えながら、急いで着替えを済ませ、廊下に戻った。
着替えた天馬は、長袖のシャツにズボン、靴を身につけ、その上からサマージャケットを羽織っていた。首にはギルドカードがかかっている。
天馬の恰好を見て、アルフが、口笛を吹いて揶揄う。
「変ですか?」
「似合っていますよ。テンマ君」
天馬の問いに、マーニーが答え、歩き出した。リーフとマリオは天馬の背中を軽く叩き、アルフは頭を撫でてから、マーニーの後に続く。天馬もみんなの後を追った。
「あら、あなた。どうしたのですか?」
部屋から出てきたアリアがマーニーに尋ねた。アリアは今日も豪華なドレスを着ていた。天馬は、「1日中この格好で過ごしてるいのだろうか?」とふと考えてしまう。
「いや、領都から買い付けて来た物を『大蛇』の皆と一緒に試食しようと思ってね」
「あら、そうなのですね。私もご一緒してもよろしいかしら?」
「ああ、構わないとも。ただし、味の保証はしないけど、それでもいいかい?」
「構いませんわ。それで、食堂と厨房、どちらに向かっていますの?」
「厨房だね。作る所から確認しないといけないからね」
そう言って、マーニーとアリアは歩き出した。その後を「大蛇」と天馬が無言で続く。
扉を開けて中へ入っていくマーニー夫妻に、「大蛇」と天馬も続いた。最後に部屋に入った天馬が扉を閉めると、マーニーは料理人へ指示を出し、料理長らしき人物に一枚の紙を渡した。
紙を受け取った人は、寸胴鍋に水を貯めて火にかける。その間に別の料理人が皮袋に入った物を持ってきた。マーニーがそれを取り出し、アリア、「大蛇」と天馬に見せた。それを見た天馬は、よく知る食材に驚き「パスタ?」と声を上げそうになった。
「これは最近、王宮に使える料理人が開発した『パスタ』という食材です。原材料は特殊な小麦の粉、水、塩だけでそうです。作り方も簡単で、沸沸騰したお湯に浸けて柔らかくなれば良いとのことでした」
「旦那様。お湯が沸きました」
「おお、そうか。では、これを浸けてくれ」
そう言って、マーニーがパスタを料理人に手渡した。
パスタを受け取った料理人は、それを寸胴鍋に入れる。天馬の体感で5分ほど経った頃、料理人は寸胴鍋からパスタをすくい上げ、人数分に分けて皿に盛り付けた。
テーブルに置かれたパスタを皆が見つめた。誰から手を付けるのか、緊張感が漂う中、アルフがフォークを手に取り、パスタを口に運んだ。他の者たちは、固唾を呑んでその様子を見守る。微妙な表情を浮かべたアルフが、感想を口にした。
「不味くは無いな。でも、美味くも無い。微妙だな」
アルフの言葉を聞き、各々がパスタを口に運ぶ。皆、一様に微妙な顔をした。天馬は「茹ですぎ。それに味が無い」と感じた。
「これは、ダメですね。結構な量を買い付けたのですが、売れる気がしません」
「そうね。美味しくはないわね。でも、王宮の料理人が作ったんでしょう? この味で王族が満足したとも思えないわ」
「そうだね。だが、買い取ったレシピ通りに調理したはずだ。レシピに問題があるのだろうか?」
天馬はマーニー夫妻の言葉を聞き、アルフたちの反応を見ていた。皆、同様に食事が進んでいない。原因が茹ですぎと味付けにあるのは明らかだった。どうすべきか悩んだが、今は我慢して伸びきったパスタを食べることにした。
天馬は、周囲がどう感じているか知る由もなかったが、率先して目立つことは避けようと考えていた。この考えには、アルフの言葉も少なからず影響していた。
付け合わせに出されたスープでパスタを流し込み、食事を終えた。
「この後は、どうする予定なのですか?」
マーニーに尋ねられ、アルフが答えた。
「武具屋だな。テンマの装備を揃える。その後に魔術師ギルドの予定だ」
「えっ、武具屋は見てないのですか?」
マリオがアルフの言葉に驚くと、
「わりぃ、午前中、回れなかったんだ」
とアルフが返した。
「アルフが、『靴屋』に寄ったからね」
リーフがからかうように言うと、
「それは、関係ねぇだろ」
と、アルフが反論した。アルフたちの会話が終わるのを待って、マーニーが口を開いた。
「そうですか。『大蛇』の皆さんは、本日のお買い上げはなかったと聞いておりますので、次の機会にぜひ。
『パスタ』も研究しておきます。うちの店『食料品マーニー』でも、今ある分は取り扱いますから、気が向いたら覗いてみてください」
その後、天馬たちはマーニー夫妻にお店の入口まで見送られ、店を後にした。
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