034 商業ギルドと積立て
2025/7/13 改稿
すみません、長くなりました。
食事を終え、「大蛇」の面々が席を立ち、外へと向かう。天馬もその後を追った。
大通りに出ると、城門の方へ歩く3人に天馬は追いつき、アルフに尋ねた。
「商業ギルドは、こっちなんですか?」
「そうだ。城門のすぐ前にある。俺たちもそこに金を預けるんだよ」
アルフ達が商業ギルドに「大蛇」共用の口座と個人の口座を持っていることを天馬は知った。共用口座に入金すると翌日にはそれぞれの口座に振り込まれる仕組みになっているらしく、アルフは笑いながら「大蛇口座は常に残高ゼロなんだ」と教えてくれた。そんな話を聞いているうちに、目的地に到着した。
商業ギルドに入ると、正面のカウンターに二人の女性が立っていた。
「おはようございます。本日は、どの様な御用件でこちらに来られたのでしょう?」
受付嬢らしい彼女達に、アルフがぶっきらぼうに告げた。
「入金。それで、こいつは口座の開設と、商業ギルドの事を教えてやってくれ」
「畏まりました。ご入金の方は、あちらで手続きを。今、案内の者が参ります。口座開設の方は、私についてきていただけますか?」
「場所は知ってるから、勝手に行く。テンマ、彼女についていけ。終わるまで外にいる。先に終わってもマリオが外にいる。分かったな」
天馬はアルフの言葉に頷き、受付のお姉さんについて行った。
受付の後ろにはカウンターがあり、二人掛けの長椅子が置かれていて、それぞれの席は、パーティションで仕切られていた。そのうちの一つに案内された天馬が席に着くと、すぐにお姉さんが向かいの席に座った。
「この度、担当させていただきます、マリーと申します。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「天馬と言います。よろしくお願いします」
「テンマ様。本日は、口座の開設と当商業ギルドに関するご説明でよろしいでしょうか?」
「えーっと、口座の開設と預け入れ、両替をお願いします。あと、商業ギルドについても教えてください」
「畏まりました。まず、口座の開設には当ギルドへのご入会が必須となります。入会金は銅貨1枚です。ご準備はよろしいでしょうか? それから、身分証のご提示もお願いいたします」
天馬はギルドカードと銅貨1枚を『亜空間収納』から取り出し、机に置いた。その瞬間、中年の男性とマリーの鋭い視線が天馬に向けられた。しかし、何事もなかったかのように
「では、お預かりします」
と言って、マリーはギルドカードと銅貨を持って奥へと消える。入れ替わるように、中年の男性が天馬の向かいの席に座った。
「初めまして、テンマ様。私は、当ゴメナ商業ギルドの副代表を務めております。ガダンと申します。当商業ギルドに関して、ご説明させていただきます。
ガダンの説明によると、商業ギルドの主な仕事は以下の3つ。
1.商人登録の管理:商売を行うために必要な免状の発行と、その登録手数料がギルドの収入源になる。商人には、以下の5つの等級が存在する。
・鉄:行商人や露天商。
・銅:小売店。
・銀:貴族の御用達、あるいは複数の店舗を持つ商人。
・金:王族の御用達、他国の貴族の御用達、または商業ギルド指定の全都市への出店。
・白金:二つ以上の王族の御用達。
登録料は、鉄が銅貨5枚、銅が銅貨50枚、銀が小銀貨1枚、金が中銀貨1枚、白金が銀貨1枚。免状は、5年毎に更新が必要で、更新料は、鉄が銅貨5枚、それ以上は登録料の1/10。
2.顧客の資産管理:金銭を預かるだけでなく、不動産の賃借や売買の仲介、斡旋。さらに、顧客の了承を得て、事業への貸付金の出資、特定の事業や個人への貸付と回収の代行。
3.事業への貸付とその回収:商業ギルド全体、または各地の商業ギルド単位で、国や領地、個人事業主への金銭の貸付と、その回収。当然、回収時には利子も徴収する。
これが、商業ギルドの業務となります。何かご不明な点はございますか?」
「大丈夫です。良く分かりました」
ガダンが説明を終えると、隣にマリーが戻ってきて席に着いた。
「テンマ様。こちらのギルドカードはお返しいたします。ありがとうございました。こちらが金銭の入出金と決済用のカードになります。テンマ様の魔力の登録をお願いします」
そう言って、マリーは天馬にギルドカードを返し、カウンターに銀色の皿を置いた。皿には金色の針と布、商業ギルドの紋章が刻印されたカードが乗っている。天馬はどうすれば良いか分からずに皿を見ている。ガダンがその様子から察して、
「魔力登録は通常、ギルド内の水晶か血で行います。テンマ様は当ギルドの正会員では無いため、この場で登録をしていただくことになります。この針で指をさし、血を一滴、カードに垂らしてください。それで魔力の登録ができます」
ガダンの説明を聞き、天馬は言われた通り、カードに血を垂らした。カードが一瞬だけ淡く光る。
「これで、テンマ様専用のカードになりました」
ガダンがそう言うと、魔力登録を確認したマリーがカードの説明を再開する。
「このカードを使った決済は、銀以上のギルド会員の店舗で買い物や取引の際に利用できます。実際の取引額に1/1000加えた金額をテンマ様の口座から引き落とさせていただきます。決済の利点は、高額の貨幣を持ち歩かないで済む事ですが、テンマ様は『アイテムボックス』をお持ちのようですので、あまり必要ないかもしれませんね。裏面を御覧ください」
マリーがカードを裏返すと、そこに小銅貨以上の硬貨の種類、積立、預託金と書かれていた。
「こちらには、お預けになっている金額が表記される仕組みになっています。例えば、テンマ様が銅貨を1枚、当ギルドに預けてくだされば、銅貨の欄に『1』と表示されます。また、小中の硬貨は、自動的に上位の硬貨へ繰り上がります。例えば、中銅貨7枚に4枚、新しくお預けいただくと、銅貨1枚、中銅貨1枚と表記されます。ただし、銅貨が10枚になっても小銀貨1枚とは表記されませんので、そちらはご了承ください」
マリーはさらに説明を続けた。
「積立というのは、6ヶ月から10年の期間でお金をお預かりさせていただく代わりに、期間満了時に幾ばくかの配当を御約束するものです。
預託金とは、先ほどガダンからも説明があったかと思いますが、事業への貸付金や出資金として扱わせていただくものになります。こちらは短いもので1ヶ月、長いものなら30年までお預かりできます。積立てに比べて高い配当をご用意できます。その反面、出資した事業が頓挫してしまいますと、出資金を回収できないことも起こり得ます。その場合は、預託金が減る、最悪は0になる可能性もございます」
説明を終えたマリーが、
「それで、本日は、如何ほどお預かりさせていただけるのでしょうか?」
と尋ねて来たので、天馬は疑問に思ったことを尋ねた。
「預けた本人が亡くなった際、預けたお金はどうなるんですか?」
「ご本人様の遺言書がある場合は、その内容に従って手続きを進めさせていただきます。もし遺言書がない場合は、商業ギルドでご家族や血縁者を調査し、配偶者様、お子様などの子孫様、祖父母様、その他血縁者様の順で相続していただくことになります。その際、調査にかかった費用を差し引いた金額が相続額となります。
お預かりしている金額以上の調査は、商業ギルドでは行いません。その場合は調査を打ち切らせていただき、お預かりしていた金額を調査費に充当させていただきます。また、1年を超えて商業ギルドが調査を行うこともございません。
調査や捜索の結果、相続する方を見つけられなかった場合、調査費を頂戴した上で、残りの金額は教会に寄付させていただいたおります」
マリーに代わって、ガダンが答えてくれた。その答えを聞いた天馬は、銅貨を300枚、銀貨を50枚、金貨1枚をカウンターに置いた。それとは別に、銀貨1枚を差し出し、
「ガダンさん、説明をありがとうございました。では、こちらを預入で、こっちの銀貨は中銀貨8枚と小銀貨20枚に両替をお願いします」
天馬がカウンターに置いた硬貨の山を見て、ガダンとマリーの二人は固まってしまった。
「テンマ様。こちら、全てをお預かりしてもよろしいのですか? マリー、集金袋を持ってきて、両替の硬貨も頼む。私はテンマ様と話がある」
ガダンの言葉に、マリーが我に戻り慌てて席を立つ。ガダンは揉み手をしながら
「テンマ様。先ほどマリーが行った説明を補足させていただきます」
そう言いて、ガダンは説明を始めた。
「まず、積立についてですが、仮にテンマ様が銀貨10枚を積立てしたとします。その際、積立てた金額の9/10まではお使いいただけます。現在の積立ての配当は、6ヶ月で積立金額の3/100。1ヶ月毎に0.5ずつ増えていき、10年預けていただくと60/100の配当になります。
次に預託金は、1ヶ月で1/100の配当になっており、預け入れ期間が1ヶ月長くなるごとに0.5ずつ増えていきます。年単位でお預けいただいた場合、1年からだと6/100の配当が付き、年数が経つごとに0.5ずつ増えていきます。10年からの場合は60/100がスタートで、年が増えるたびに0.2ずつ増えていきます。20年からは85/100となり、0.15ずつ増え、30年預けていただければ100/100の配当になります。預託金は保証がない代わりに、配当が大きくなっています」
説明を終えたガダンは縋るような表情を浮かべて、
「ぜひ、どちらか、または両方のご利用をお願いします」
と、真剣な眼差しで懇願してきた。天馬は投資自体に抵抗はない。しかし、金貨や銀貨の具体的な価値がどれほどなのか、アルフから話は聞いてはいたものの、いまいちピンときてはいなかった。
「ガダンさん、すみません、基本的なことで恐縮なんですけど」
と、前置きをして、
「銀貨1枚って、具体的に何が買えるんですか? あと、金貨1枚の価値ってどれくらいなんでしょう? 実は僕も、故郷のみんなも、普段の生活でお金を必要とすることがほとんどなくて。町に出る時に餞別として貨幣をいただいたんですが、正直ピンときていないんです。貨幣の単位だけは教えてもらったんですけど・・・」
天馬の予想外の質問に、ガダンは「えっ?」と目を丸くして、まさかそんな初歩的なことから聞かれるとは思っていなかったガダンだったが、すぐに気を取り直し、
「そうでしたか…。分かりました」
ガダンは頷き、言葉を続ける。
「そうですね、銀貨1枚あれば、小さめですが庭付きの住居が買えます。そして、金貨1枚に銀貨を数枚から数十枚加えるくらいあれば、小さい町ぐらいなら、一年間運営していけるほどの価値があるんですよ」
ガダンの説明に、天馬は改めてこの世界の貨幣の重みに驚き、自分がとてつもない大金持ちであることも再認識した。そして、積立のシステムについて、疑問に思ったことを尋ねた。
「積立ての配当についてですが、もし僕が銀貨10枚のうち9枚を借り入れしていたら、その場合の配当はどうなるんでしょう?」
ガダンは即座に答えてくれた。
「例えば、テンマ様が9枚借り入れをされて、満期までに返済を済まされていたら、満額の配当をお返しできます。つまり、銀貨10枚を10年預けていれば、満額の16枚ですね。しかし、もし借り入れをしたままでしたら、お戻しできるのは銀貨1枚と中銀貨6枚となります」
天馬はその説明を聞き、しばらく考えを巡らせた後、
「分かりました。では、金貨を10年の積立で。それから、銀貨5枚を1年の預託金、銀貨10枚を10年の預託金として運用をお願いします」
天馬の言葉を聞いたガダンは、弾かれたように立ち上がり、深々と頭を下げて、
「ありがとうございます!」
と、天馬にガダンが感謝を伝えた。ふと気づくとマリーが、集金袋を持ってガダンの後ろに控えていた。
マリーが集金袋をカウンターに置くと、ガダンはすぐに積立と預託金の金額、期間を書き入れ、天馬に確認を求めた。
天馬が内容を確認する間に、マリーは素早く硬貨を数え、ガダンがその枚数を確認する。硬貨の枚数を袋に書き込み、再び天馬に確認を求める。天馬の確認が終わるのを待って、ガダンは慎重に硬貨を袋に入れていく。最後に袋の口をしっかりと縛り、ガダンとマリーが揃って袋に手を翳した。
天馬には、翳された手と袋の間で何かが動いているような感じがした。
マリーが集金袋を持って奥に下がると、カードに金額が反映されるまで30分ぐらいかかると、ガダンが教えてくれた。それを聞いて天馬が席を立つと、ガダンも立ち上がり、天馬に握手を求めてきた。その手をしっかりと握り返した天馬は、外に向かう。
天馬の後をガダンとマリーが追いかけてきた。二人は天馬を追い越して、外に出る扉を開けてくれた。天馬が外に出ると、二人が扉の前で深々と頭を下げ
「ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」
と声をそろえて言う。天馬も
「よろしくお願いします」
と返して振り返ると、そこには「大蛇」の面々からのジト目があった。
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