033 大蛇の由来
2025/7/13 改稿
天馬は左腕とアバラに何かが押し付けられる感触で目を覚ました。何事かとベッドを見ると、そこに某社御用達の「自動起床装置」にそっくりなものがあった。違いは、ホースが見当たらないことだった。
天馬は「これも魔道具なんだろうな」と思いながらベッドから起き上がった。身支度を整えて階下に降りるが、まだ、「大蛇」の面々は来ていなかった。空いている四人用のテーブルを見つけ席に着く。天馬が椅子に腰かけると、女給が近づいてきて、
「朝食を御持ちしてもよろしいでしょうか?」
「いや、連れがいますので、揃ったらお願いします」
「畏まりました」
女給が席を離れると、入れ替わるようにリーフが天馬の向かいに座った。
「おはよう、テンマ君。アルフ達は、まだ?」
「まだ、みたいですよ。それより、リーフさんって、『お酒』強いんですね」
「そうね。冒険者になったばかりの頃は、水代わりに飲んでたし。昨晩くらいの量じゃ、ほろ酔い程度かな」
リーフの説明によると、この世界では飲み水が水袋一つで中銅貨5枚するらしい。しかし、エールなら水袋1つを中銅貨3枚で買えるという。そのため、魔法の水袋を手に入れるまでは、水袋にエールを入れて飲んでいたそうだ。
「そう言えば、皆さんは『大蛇』を結成して長いんですか?」
「うーん。長い、のかな? 私が入って『大蛇』になったから。もう5年になるかな。
その前は、アルフとマリオで組んでいたと聞いたわ。出会った頃、アルフはCランク、マリオは私と同じDランクだったわね。で、私が入った初日、みんなで飲んで、翌朝マリオが『パーティー名は、「蟒蛇」ですね』って言い出してね。アルフが『それは勘弁してくれ』と言ったから、『大蛇』になったのよ。どっちも吞兵衛って意味があるから」
「マリオさんが『大蛇』の名付け親ですか? アルフさんが『蟒蛇』を嫌がった理由は、ここのことがあったからでしょうね」
「多分、そうね。アルフは、ここの伯父さんに頭が上がらないらしいわよ」
「誰が頭が上がらないって?」
アルフ達が近づいて来ている事に天馬は気づいていたが、リーフは気づいていなかった。そんなリーフに、いきなりアルフが声をかけたため、驚いたリーフが椅子から落ちそうになる。それを見たアルフとマリオは、肩を震わせながら笑いを堪えていた。
「何の話しをしてたんだ?」
「リーフさんから『大蛇』の名の由来を聞いてたんです。マリオさんが、名付け親だと伺いました」
話の内容を天馬がアルフに告げるとリーフは誤魔化すように言葉を重ねた。
「そうなのよ。それより、二人とも遅いじゃない!」
「そうか、お前らが早いんだろ? まだ、8時になったばかりだぞ」
アルフが遅刻していないと言い、マリオは冷静に朝食を注文した。
「それよりも、朝食にしましょう。すいません。朝食を4つお願いします」
「畏まりました」
と女給の声が返ってくる。
テーブルに朝食が運ばれてきた。メニューはコッペパン、野菜のスープ、サラダ、目玉焼きと何かの腸詰め(ウィンナー)。女給が「パンの御替わりは自由です」と言って、テーブルを離れた。
アルフ達は何も言わずに食べ始めた。天馬もアルフ達に倣い、心の中で「いただきます」と唱えてから朝食に手をつけた。
昨夜の料理と同じく、朝食も美味しかった。パンも日本で食べていた物と遜色がなく、「この世界にも小麦に近い植物があるのだろうか?」と天馬は思う。スープも具材の出汁が良く出ていた。
天馬は、この世界の食文化のレベルが高めであることに感謝していた。天馬の中には、漠然と「中世の食事=(イコール)粗末な食事」という勝手なイメージがあった。それが、こんなに美味しい料理を食べていられる。昨夜の魔道具の件もあり、この世界へ転移させられたこと、そして放置されていることが業腹なのは変わらないが、初めて異世界に来てよかったと思えた。
 




