001 何処?
2025/6/14 改稿
彼は広がる草原に、一人ぽつんと立っていた。
草が揺れるさやさやした音が耳に届き、吹き抜ける薫風が心地よい。右手には鬱蒼と茂った森が広がり、樹海と言った方がしっくりとくる。その上に顔を出している太陽が、まばゆい光を投げかけていた。左手を見ると、遥か遠くに城壁らしきモノが霞んで見える。外国か何処かの絵葉書の様な長閑な景色だった。
「ここは、何処?」
彼、樹天馬は戸惑っていた。「夢」と言うには現実感があった。だが、こんな場所に居る覚えは全くない。試しに頬を抓ってみと、じんわりとした痛みが、この状況が現実であると告げてきた。
「なぜ、こんな事に?」
懸命に記憶を手繰ってみる。自分の名前、年齢、趣味。高校を卒業し、会社に就職したことまでは覚えている。けれど、両親の顔も、学友たちの声も、もしかしたらいたかもしれない恋人の面影も、一切思い出せない。何処の高校を卒業し、何て会社に就職したのか記憶から消えている。当然、この場所にいる理由も分からなかった。
樹天馬は、落ち着いた性格だった。時間的な理由で慌てる事はあっても、起きてしまった事に対して「仕方ない」と思うような、ある意味、諦観的な性格。だからこそ、この状況でも落ち着いていた。
まず、自分の記憶の欠落に関して、頭部に外傷がない事を手で触って確認した。次に、自分の服装に目をやる。身に着けているのはアンダーウェア、白のシャツ、ジーンズ、そして足元はスニーカー。黒のハーフコートを羽織っていた。どれも自分が持っていた物ばかり。新品のように見える事以外は。
「さて、ここが何処かも分からず、ここに来るまでの記憶もない。服を着替えた覚えもないし、記憶の欠落も理由が分からない。もしかして、ライトノベルやアニメで流行りの異世界ってこと? それなら、僕の場合は転移になるのかな? でも、チュートリアル的なモノは無かったよね。普通は神様が出てきたり、召喚の魔法陣とかあるよね。ボッチって・・・・・・、酷くない?」
改めて、天馬は周囲を見回した。やはり魔法陣はなく、神様が出てくる気配もない。
「とりあえず、ステータス、ステータス-オープン」
天馬の言葉に呼応するかのように、目の前に半透明のウィンドウが現れる。
「おおっ、なんか出た! やっぱ、異世界か」
ワクワクしながら、半透明のウィンドウを見る。