四十二日目 夜明けの出発~赤い石
村の水浴場で身体を洗い終わると、一旦家畜小屋に戻って荷物を整え、ほぼ食事の為だけの身軽な装備になる。
そうして満月が山に沈みゆく中、履き物の紐を締めて、まだ薄暗い谷間へ降りていく。
杖の天辺にはまだ湿った腰帯を縛り付けたままだ。
坂道を下りきると、履き物を脱いで裸足で歩き出す。
真っ直ぐでよく手入れされた、広い谷間を突っ切る道をてくてく歩く。
谷間を最奥部から渓谷のくびれ目まで繋ぐ中央道にぶつかると、奥部へ暫く歩く。
谷間を挟んだ向かいの尾根には、中腹に小さな雲がかかり横に長く棚引いている。
そこだけ霧が這っているというべきか。
あれは上流の河原の辺り……山の冷気で、川から上がる湿気が冷やされるのであろうか。
やがて脇道が見えて来るので、そこで右折して小さな橋のたもとに着くと、また履物を履いて小部落前を経て、入り組んだ数本の小川が走る林へ。
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今日も小川で焚火。
食事と同時並行で燻す為に、先に薪や柴を採るとともに、燻し場に枝葉を少し足して整える。
最初に全員分の腰帯を燻し、あとは順番にズボンを燻し、肌着を燻し、菰を燻し、籠を燻す。
更に一時的に樹皮を足の下に宛がっておいて、お喋りして休みながら、履物も燻す。
さっさと漁を済ませて、罠を確認して、獲った魚の頭を落としたり腸を取り除いたり、手を洗い、壺に入れて煮たり、木串に刺して炙り焼いたりして、食事。
エイコが集めた草を引き千切り、壺に沸かしてある湯へ入れて煮て、少し冷ましかけたところへ更に別の草を加えて、それを各自の鉢へ移し分けて飲んだりもする。
今日は割合ちゃんと食べる事が出来た。
ガチャッ
「あ、あーっ」
ところが、どうした事か、食後の片づけの時に、マサが自分の鉢を落っことして割ってしまった。
「あー、もったいない……」
「うわー……」
「おい、だいじょうぶか?」
「気をつけてね」
落ちた所に運悪く腰掛けにしていた大きな石があったので、四割ほどは砕け散って欠片が散乱し、半分くらいがΛ状の尖った割れ口を二つ上に向けて地面に斜めに落ちた。
「新しい土器を作るのに使えるから、破片を拾おう」
と言うと、小さな破片をマサと拾い集めて、大きな残骸の中に集め入れる。
とりあえずは燻し場の焚火の横へ置いておいた。
「あー、今日は天気もいいから、オレがちょっとマサのそれの代わりを作るわ」
「そう? ありがとう」
「じゃあ、あたしも手伝うわ」
「他にも予備とか全然足りてねえし、壺ももっと欲しかったからな」
「疲れてない? 大丈夫?」
「オレはそんなじゃない。本当は置き場を先に作りたかったんだけど、土器の雨避け程度なら、燻し場で充分だからな」
片づけを終えた二人が、それじゃちょっと行ってくる、と云って、その時には肌着を乾していたので、上半身は菰だけ被って、粘土を採りに出かけて行った。
手で土器の粉を石の上から拭い取りながら、マサが
「あー、やっぱり今日はまだ駄目だなー……」
と溜息をついている。
「あんまり気にすんなよ。とにかくぼくたちはゆっくり休もう」
「そ~だよ、のんびりしよっ」
と言うエコは草を摘むのが習慣になっており、ミントなどの虫除けハーブも必ず摘んでいる。
「ん~、良い匂い」
「沢山生えている場所があって良かったけど、この辺りにも植えて殖やせたらいいんだけどね」
「たしかに、虫除けの草なら、いくらでも欲しいよ」
お喋りで気分転換しながら、今日は休みと決めているので、マサはいつもしている薪取りなどはせず、燻し場の前に座ってのんびり燻し具合をみていることにした。
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ぼくもお休みだから、薪取りもせず、天気もいいから閑潰しにぶらぶらと木漏れ日の中を小川の畔で一人歩いていると、川底に妙に綺麗な石を見つけた。
ズボンを脱いで首に縛り付け、気をつけて川に入って、石を拾い上げる。
ぐちゃぐちゃした芋虫みたいな不格好な形だし、筋や傷も入っちゃってるけど、結構大きくて親指ほどもあり、紅くて、ガラスがこんな場所に転がってるとも思われないから、
(これはもしや宝石の原石なんじゃないか!?)
と驚いて、辺りにもっと無いかと見回して探すが、他にはちっともそんな石は見当たらない。
これは珍しいので、こっそり隠して持ち帰りたいが、今のぼくには巾着一つ無い。
仕方ないので、目についた不格好な木の枝の股の凹部の水が溜まっている処に隠しておいた。
仮令宝石だったとしても、今はまだ価値すら分からないから、目が利くようになってから取り出して磨いて売ればよいだろう。
あ。
鴉なんかは光物が好きで集めるというし、上空から見つけて、咥えて持って行っちゃうかもしれない。
原石っぽいのへ小枝を何本か当てておいて、上から変哲もない石を載せておいた。
これで対カラス隠蔽工作もできた。
見忘れるかもしれないから、川から石を拾って、木の前に小さなケルンを積んでおく。
拙作をお読み頂き、実に有難うございます。